第13話 秘策
昼頃になると酒場には次々と衛兵たちがやってきては武器を受け取りにやってくる。
場末の酒場は静かな熱気に満ちていた。
腹を決めた男爵様は次々と兵士たちに指示を飛ばす。
決行は今夜と定め、その準備に余念がない。
今酒場の二階の部屋には私、男爵様、ラウーロ、グレイの四人が集まり、最後の打ち合わせを行っていた。しかし状況は良くない。
政庁にいる兵の数がどう考えても多い。
無理に押せば、数がすくないこちらが負けてしまう。かといって、大勢の前で魔法を使うのはためらわれる。
魔法の力で政庁を占領できても、私の力がみんなにバレるのは避けなければならない。
シルヴァが生まれた瞬間に使った魔法が原因で悪魔の子と呼ばれたことからも分かる通り、魔法という存在は今の世では便利なものではなく、ただの悪魔の力だ。
まだ男爵様なら理解してくれるかもしれないが、一兵卒となるとやたらと迷信深かったりするから大混乱になりかねない。
それではせっかく、馬鹿なロングウィンを領主の座から引きずり下ろせても、民を助けるどころの話でなくなる。
「……休憩にしましょ。頭を整理する時間が欲しいから」
というわけで三十分の休憩を取ることに。
私は酒場を出て、大通りに出てみる。あいかわらず活気に溢れている。
「すげえゴチャゴチャした街だよな」
グレイがぼやく。
「大きな街はみんなこんなものよ。王都なんてこの何倍もゴチャゴチャしてるんだから」
「うへえ、うんざりだな」
「ふふ。ま、森みたいにシンプルじゃないわよね。でもこうして物がたくさんあって便利な街に住むことが富の象徴でもあるのよ。人にとっては」
「分かりやすい暮らしは嫌なのかね」
「嫌とは違うと思うけど、物に囲まれていると安心するっていう人もいるから」
と、街行く人たちが、華やかな大通りには似付かわしくない露出過多なグレイをチラ見していた。
「あぁ、なに見てんだっ」
すかさずグレイが一喝する。
「ひ!」
「グレイ、ステイっ。道行く人たちを威嚇しないのっ」
「フン、じろじろ見られるのは気分が悪いっ。てか、ステイって何だ?」
「……やめなさい的な?」
王都にいた時には当たり前のようにこんな大きな道を闊歩できたのに、街から一歩外に出れば飢えたり、汚染のせいで水の調達にさえ苦労している人が大勢いると知った今となっては、華やかさがただただ煩わしい。
すぐに大通りから一歩道を外れ、裏路地に入る。
あいかわらずそこはいい天気だというのに、日陰で薄暗く、ジメジメしていた。
本当に裏路地ってどうしてこうも無駄に入り組んでるんだろ……。
二人で歩くのがやっとの幅しかなかったり、一人しか通れなさそうだったり。
静かな分、考え事をしながら歩く分には悪くはないような気がするけど、油断すると石畳みの剥げた場所に足を取られて転びそうになってしまう。
「――あ」
その時、閃いた。
そうよ、これよ!
「グレイ、酒場へ戻るわよ!」
「いきなりどうした!?」
「思いついたの!」
私はすぐに宿屋へ戻る。階段を一段飛ばしに駆け上がり、扉を開け放った。
男爵様とラウーロがぎょっとした顔で私を見る。
「思いついたわ! 数の有利を覆せる……かどうかは分からないけど、互角に戦う方法!」
「本当ですか、アンネローザ様。どうやって……」
「敵兵を裏路地へおびき出せばいいのよ。まず、男爵様とラウーロ、それからグレイには正面から政庁を攻めてもらうわ」
私が言うと、グレイは眉をひそめる。
「俺はお前を守るのが仕事だ」
「分かってる。でも今回は男爵様たちに協力して欲しいの。ただでさえ人手が足りないんだもの」
「……そいつ、腕は立つのか」
「立ちまくり。ね、グレイ」
グレイはラウーロを見る。
「ま、お前よりはな」
ラウーロは笑う。
「大口を叩くな。足手まといになると判断したらどんどん置いていくからな」
「フン、なんなら俺だけで相手をしてやってもいいぜ」
「グレイ、ステイ!」
「わーったよ。そのステイってのは、なんか嫌な響きだぜ」
「こんな大事な時に自慢とかどうでもいことをしないで。それより話の続きね。正面から攻めたら、わざと負けて欲しいの。そうして路地へ逃げ込んで」
「撤退するのですか?」
「わざとよ、男爵様。路地はそれこそ二人が通るのがやっとだったり、場所によっては一人しか通れない場所だらけ。政庁にいる兵は確かに数は多いかもしれないけど、路地で戦えば相手は数の有利を活かせない」
相手の戦法は数の多さを活かして、こちらを包囲する、というものだろう。
しかし裏路地ならそもそも大勢の兵を展開することはできない。
大勢で路地に殺到しても、一人、二人しか通れる幅がないのだから、たとえ相手の数が
多くても、こっちが相手にするのは一人、二人の敵で済む。
「それだけじゃないわ。裏路地には建物がある。その屋根に兵を潜ませ、敵兵がやってきたら、頭の上から矢の雨を降らせることもできるでしょ」
「なるほど……」
男爵様はうんうんと頷いてくれる。
「伏兵と一緒に戦えば、互角以上に戦えるはず」
「……アンネローザ様、兵をそれで倒せたとして、侯爵はどうされるおつもりですか? 兵を倒せたとしても侯爵の身柄を押さえなければ我々の勝利はありません。しかし政庁はそれこそ要塞のようです。そこに立てこもられ、王都から援軍を呼ばれでもしたら……」
「安心してください、男爵様、侯爵は立てこもったりはしません」
「何故そう思われるのですか?」
「あれは卑怯な男ですから。自分が危ういと分かればすぐに逃げるはず」
ラウーロは首をかしげた。
「どうしてそこまで分かるんだ。まるであの男のことをよく知っているような口ぶりだが」
「人となりなど知らなくても、残虐で人を人とも思わぬ人間はみんな、自分かわいさです。男爵様のように自分より他人のために生きられる方とは違うんです。これが根拠。そして、侯爵の相手は私にお任せを」
「なら、兵士の一部を回そう……」
「その必要はないわ」
私はラウーロの提案をやんわりと拒絶した。
「しかし」
「私ひとりのほうが動きやすいから。それに、裏路地作戦を使っても相手の兵の数が多いことは変わらない。一人でも味方が必要なのでは?」
「……アンネローザ様、本当に大丈夫なのですか?」
「男爵様、私はあなたを無事に牢より助け出したのです。心配はご無用です」
「……分かりました。あなたがそう仰るのならば、お任せしましょう」
ラウーロは私と男爵様の関係がよほど気になるのか、しきりに視線を向けてくるが、余計な口を挟むことはなかった。
「――では、ラウーロ。各責任者への伝達、頼んだ」
「はっ」
ラウーロは男爵様に頭を下げると、足早に部屋を出ていく。
ラウーロの足音が遠ざかると男爵様は口を開いた。
「アンネローザ様、お教え願いませんか。あなたがこれまでどこで、何をしていたのか……。公爵様たちは無事なのでしょうか?」
男爵様の顔に好奇の感情はなかった。ただお父様たちを心配してくれる真摯さだけがある。
お父様をこのように慕って下さる方もいるのだなと、私は胸が熱くなった。
「正直なところですが、お父様たちの行方は分かりません。私は王国からの追跡を振り切る為、お父様たちと途中で別れましたから。私もお父様方がどこで何をしているのかは分からないのです」
帝国にいるのか、仮に帝国でいて無事に過ごしているのか。
「では、あなたが王国にいるのは……。私を脱獄させてまでこの州を救おうとしているのは何故なのですか」
「今、そのことが大切ですか?」
「私にとっては。あなたは婚約者から裏切られ、国から見放され、公爵家そのものも取りつぶされた。この国を恨めこそすれ、危険を冒してまで助ける義理はないはずでしょう」
私は首を横に振った。
王国なんて助けているつもりなんて最初からない。
「私はなにも王国を助けようとは思っていません」
「は?」
「私が助けたいのは民です。この国など、ましてや国王がどうなろうとも知ったことではありません」
きっぱり言い切る。嘘いつわりのない本音だ。
男爵様は眼を細めた。
「……あなたが王太子殿下の妻であれば、このような事態は避けられたのかもしれませんね。ではまた夜にお会いしましょう」
男爵様は部屋を出ていく。
私が王妃として玉座にある――。
そんな未来も、もしかしたら作ることができたのだろうか。もし、私という人間がもっと早くに前世の記憶を取り戻していれば可能だったかもしれない。
しかし私は死ぬ運命にあった悪役令嬢。
今こうして命があるのは、フラグをへし折って生き残ったすぎない。
今ここにいるのは、やるべきことだと信じているから。
これはきっと魔法を習得した自分にしかできないことだと確信しているから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます