第11話 隠れ家
「――眼を開けていいぞ」
「……っ」
おそるおそる眼を開ける。眼がどんどん大きく見開く。
私の目に飛び込んできたのは、二キロほどさきにある城壁都市。
「あれが州都ってので問題ないか?」
「ええ」
太陽の位置を見る限り、僅か半日たらずで、私たちは普通ならば馬を走らせておよそ二、三日、人目も憚らず空を飛んでどうにか一日の距離にある州都に、わずか半日で到着してしまった。
間もなく日が落ちる。すでに東の空からは夜の色が忍び寄り、星がキラキラと瞬く。今夜は雲も少なく、三日月が綺麗な晩になりそう……というのはともかく――。
「グレイ、どうやってこんなに速く走ったの!?」
「実は、アンネと一緒に出ると知ったシルヴァから一つだけ魔法を教えてもらった。風のように駆ける魔法らしい」
「動物も魔法が使えるの?」
「普通は使えないらしいが、森の濃度の高いマナを含んだ果実や水を飲んだり食ったりして、一年ちょっとででかくなったりした効果の延長らしい。他にも何かとくどくど言ってたが、あとは覚えてない」
「すごいじゃない、グレイ……!」
とんでもないサプライズ。
私は「ありがとう」とグレイの首に抱きつき、そのふわふわの毛並みを優しく撫でれば、心地よさそうに金色の瞳を細めた。
「じゃあ、あの街に忍び混みましょう」
「よし」
私は再びグレイを人の姿に変え――。
「っ!!」
また、うっかりしてしまう。
動物に戻った瞬間、魔法で使った服が破れてしまったのだ。
私は急いで服を再び魔法で編み上げ、またかとぶつくさ言うグレイに着させ、服を着たグレイは当然のようにシャツの裾を破り捨て、腹を出した。
街へと通じる門は日没と同時に閉じられる。開くのは、明日の早朝。
だからこその潜入。
「逆巻く風、我らを運べ。翔ぶが如く……」
私は魔力を自分の両足、そしてグレイの足へ集約させ、渦巻く風の力を利用して地面を蹴り上げた。
「! こいつはいいなっ!」
グレイが表情豊かに輝かせる。
私たちは人間離れした跳躍で城壁の内側に降り立った。降り立つ瞬間も再び浮力を生み出し、音を立てないよう軟着陸。
降り立った場所は外灯や店の明るさから遠い路地。
「それで? 次は?」
「まずは協力者を見つけるのが先決ね」
「そんな必要あるか? お前だけで十分だろ」
「そうね、街を占領するだけなら」
「占領するつもりなのか?」
「当然じゃない。領主を無理矢理にでも変えなきゃ。それを実行するには、私だけじゃ無理」
「ま、考えるのはお前の仕事だからな」
城壁の一歩外は荒れ果ててひどい有り様だというのに、街の中は華やかだ。店先には物が溢れ、大商人や貴族たちの乗っているだろう豪奢な馬車で通りを行き来している。
街にはそこを統治している領主の人間性――そうお父様は仰っていた。
ロングウィンの見栄っ張りが如実に表れている。
華やかな表通りとは裏腹に、裏路地の石畳みは整備されることなく荒れ、溜まった汚水からは悪臭が漂う。
「吠えるような大音声、秘めやかな囁き、全てを我が元に」
私は眼を閉じ、意識を集中させる。魔力で聴力を上げる。
往来で交わされる店主と客の何気ない会話、バーの乱痴気騒ぎ、兵士のぼやき、政庁での事務的なやりとり……。
全ての声に耳を澄ませ、求める会話を選別していく。
――速やかに兵を挙げ、ロングウィンを排除するべきだ……。
――そうだ。政庁内部にも、我々の協力者は増えつつある!
――……だが、誰が指揮をとる? 俺たちでは誰もついてこないぞ。
――やはり男爵様しか……。
――男爵様は厳重な監視の下、囚われの身。どうやって助け出せと。無理だ……。
怒りと諦念の会話。
私はゆっくり眼を開ける。
「見つけた。グレイ、こっち」
向かったのは、酒場。
大通りにある華やかな酒場ではない。よく言えば隠れ家的名店、悪く言えば今にも潰れそうな(物理的に)ぼろい店。
店のオーナーがカウンターの奧に、あとはカウンターやテーブル席に三人の客がいるだけ。席のほとんどは空いている。
「お嬢ちゃん、悪いがここは大人の店だ。家に帰りなさい」
オーナーが静かに言う。
「お酒を飲みに来たんじゃないわ。話がしたくて来たの」
「そうか。でも見ての通り、忙しいんだ。他の客モもそうだ。話がしたいんだったら友だちとすればいい」
「友だちがいれば、ね。実は色んな人に裏切られちゃって……」
私は店の中を歩く。
ギィッ、と床が軋む。私はその場で大きく足で床を踏みしめた。明らかに音が違う箇所。
ここには地下が存在する。
「じゃあ、下にいる人たちと話したいの」
「何だって?」
「だから下にいる……」
その時、店の中にいた男たちが立ち上がった。しかしすかさず、グレイが男たちと私の間に立ちふさがってくれる。グレイの迫力のある眼光に、男たちが明らかにうろたえた。
「安心して。私はあなたたちと協力したくて来たの……って言っても、信じられないんでしょうけど」
「何の協力だい? その妙ちくりんな衣装で大道芸の一つでもやってくれるのか?」
「あなたたちが望むなら。でもそんなことは望んではいないでしょ? 私も男爵様を助けたいと思っているの。彼にはもう一度、この州を立て直して欲しいから」
「男爵は国王陛下に逆らい投獄された犯罪者だ」
「私は男爵様が罪人だなんて思わない。どうかしているのは国王だから。民に重い税を課すのを諫める臣下を投獄するなんて正気じゃない」
「…………」
いきなり現れた謎の娘から突然そう言われても、すぐに反応できないだろう。
「――男爵を無事に脱獄させたら、私の話を聞いてくれる?」
「もしそんなことができるのなら……」
ようやくオーナーがまともに話をしてくれた。
その言葉に、他の客たちが驚いたように見る。
「ちなみに男爵様が捕らえられているのはどこ?」
「……罪人は政庁の北側の建物の牢獄にいれられるのが普通だ」
「ありがとう。それじゃ、来るわ。――グレイ、行きましょう」
グレイと一緒に店を出た。
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