第7話 魔法習得
「ふんふんふ~ん♪」
私は姿見の前で、この日のためにチクチクと針仕事で縫い上げた衣装に袖を通す。
RPGの魔法使いのイメージだ。
黒い三角帽子にケープのついたローブ。
前をチェック、それから背中側もチェック。どっちもよし。
「すぅー、はー……」
大きく深呼吸。
「よしっ」
私は部屋を出た。
そこで何度も食事をした居間にシルヴァはいて、読んでいた本から顔を上げる。
「どう?」
「……その尖った帽子は一体なんなんだ?」
「え、この帽子、魔法使いぽくない?」
「……魔法使いは、この世で俺とお前だけだぞ。俺がそんな帽子をかぶったことなんてあるか?」
「あ、そっか」
「まあいい」
「デザイン性はともかく、似合ってるでしょ?」
「知るか」
「そこは、『そうだな』で良くない?」
「そうだな。これで満足か?」
「うん!」
「これを……」
それはオレンジがかった黄色い宝石のついた首飾り。
「これは?」
「餞別だ」
「綺麗ね……」
「琥珀だ」
「……あ、ありがと」
「! お、おい、なぜ泣くんだ」
シルヴァはおろおろする。
「ご、ごめん。魔法を教えてもらえただけじゃなくって、こんなに綺麗なものまでもらっちゃって……」
「ま、一応は弟子の旅立ちなわけだからな。だが……いや、なんでもない」
「シルヴァ、遠慮せず聞いて。今日で今生の別れってわけじゃないけど、しばらくは会えないかもしれないんだから」
「……本当に行くのか?」
「うん。いつまでもここでお世話になるのは、ね。それに、お父様たちのことも気になるから、だいぶ時間が空いちゃったけど、一度は帝国は行くつもり。それから他の国々も見て回って……」
「覚悟を決めて出るんだな」
「大丈夫」
「……くれぐれも」
「うん、魔法は考えて使え……よね」
「それから、余計なことには関わるな」
「分かったわ」
それは口が酸っぱくなるほど言われた言葉だ。森の中で獣に遭遇した時も強い力で相手を消し炭にするような威力の魔法は使うなとシルヴァからはしつこく言われていた。
それは命を軽々しく奪うな、ということだけではない。
魔法の万能さに馴れると、人は変質する。
お前自身の心を守るための忠告だ――と。
「そうだ。私はここで魔法を研究して分かったことがある。魔法を消し去ろうとした聖王の判断は間違ってはいない。魔法は超常の力。人は常に強い力を求め、やがて自らそれに絡め取られて溺れる。例外はないだろう……」
「それでも私に教えてくれた」
才能があったとしてもシルヴァという先生がいなければ、私が自在に魔法を操ることなんて出来なかっただろう。
「森がそれを望んでいたから、な」
「じゃあ、そろそろ……」
シルヴァと一緒に館を出る。柔らかな木漏れ日が心地よく、思わず伸びをする。
「行くのか」
外で寝そべっていたグレイがむくりと身体を起こす。
「うん」
グレイがしゃべれるようになったわけではない。
動物の声を理解できる魔法を私が使っているのだ。
それにしても、たった一年であの丸っこい子が二メートル近い大きさにまで成長したのは驚いた。
シルヴァによると、これはマナのこもったエサを食べていたから、みたい。
「グレイ。アンネローザのこと、頼んだぞ」
「任せておけ」
「そんなに心配してくれるなんて……」
「当然だ。時間をかけて鍛えた魔法使いが不用意なことで死ぬようなことになったら、俺の苦労が水の泡になるだろう」
「期待に応えられるよう頑張るわ!」
「そうしてくれ」
「ねえ。シルヴァも来ない? 王国のことはいい気分はしないだろうけど、旅はきっと楽しいはずよ」
「そのつもりはない。俺の世界はこの森の中だ。外界に興味はない。会いたいと思う人間もいないし、な」
「そっか」
「早く行け」
「今までありがとう。また遊びに来るから」
「ああ」
シルヴァに深く頭を下げた私はグレイと共に歩き出す。一度、後ろを振り返ると、すでにシルヴァは館に戻ったみたいでその姿はない。
すぐに前に向き直り、歩きだした。
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