第6話 覚醒

 さて、お腹も満ちたし、ノドの渇きも癒えた。

 あとはどうやってシルヴァに魔法を教えてもらえばいいのだろう。

 日参することは決めた。でもただ漫然とお願いしたところであの様子を見る限り、受け入れてもらえる可能性は無いだろう。

 私は考えをまとめるために辺りを散策することにした。

 じっとしているより、歩き回った方が考えがまとまる。

 と言って、何か特別な何かがあるような森には見えないけれど。

 犬はすっかり私に馴れたみたいで(私と一緒にいればエサがもらえると思ってるだけかもしれないけど)、短い手足をちょこちょこと動かして後をついてくる。

 まるでカルガモの子ども。

 かわいい……!

 って、犬の可愛さに参ってる場合じゃない。考えないと。

 あぁもう、シルヴァの詳細な設定とか設定集に掲載してくれれば何が好きかとか、趣味とか、そういう方面から攻められたのに。


「ねえ、何かいい考えはない?」


 歩き疲れた私はその場でしゃがみ、犬に語りかける。

 しかし犬は純真無垢な表情のまま、首を少しかしげるだけ。


「あはは。聞いても答えられないよね……。ていうか、呼び名がないのは不便か。うーん……。あ、グレイ。灰色だから……って安直だけど。どう、グレイ」

「わん!」


 ハッ、ハッと舌をべろんと出したグレイが元気に吠えた。


「ま、名前は安直なほうが覚えやすいから」


 その時、犬のピンと張った三画の耳が動き、森の奥をじっと見つめる。

 釣られて私もそちらを見る。


「…………」


 息を詰め、微動だにせず。


「…………」


 息を吐き出し、全身から力を抜く。


「な、なーんだ! 何もいないじゃない、グレイ。びっくりさせない……」

「ウウウウ……ッ」


 グレイは毛並みは逆立て、小さな身体をせいいっぱい大きくしながら、彼方をじっと見すえる。

 私はグレイを抱き上げると、後退った。

 同時に何もいなかったはずのそこに、黒く大きな影が現れる。


「っ!!」


 クマだ。

 腕の中ではグレイが「ウウウウッ」と唸る。

 私は踵を返し、駆けだす。

 クマは四つ足を力強く動かし、追いかけてくる。

 人がクマを振り切れるはずもない。


「っ!」


 さらに木の根につまづき、その場に倒れこんだ。

 グオオオオオオオオ!

 クマが猛り、二本足で立ち上がり、両手を振り上げる。


「グレイ! 逃げてっ!」


 私は腕の中の犬をできるだけ遠くに放り出す。しかしグレイはその場で、「わんわん!」とクマに向かって吠え続ける。

 しかしグレイのことをいつまでも心配している場合ではない。

 クマがその巨体で襲いかかる。


「っ!!」


 目を閉じる

 あぁ……私、こんなところで……。

 結局、死ぬという運命は避けられなかったなんて――。

 その時、私の身体を引き裂こうとしていたクマの腕が何かに弾かれた。

 同時に火花にも似た極彩色が、火花のように爆ぜる。

 な、なに?

 クマはその衝撃に大きく仰け反ったかと思えば、怯えたように一目散に逃げていく。

 何が起こったの? 今のは、爆発?

 よく分からないけど……。


「た、助かったぁ……」


 私は全身から力が抜け、その場にぺたんと。グレイは「わん!」と元気一杯に吠えると、ぺろぺろと私の顔を舐める。


「グレイ……くすぐったい……!」


 私はグレイの少しごわついた身体を撫でる。


「くぅうんくぅんくぅうん……」


 グレイは身体をすり寄せ、喉を鳴らした。


「――驚いた。覚醒したか」

「シルヴァ!」


 何の前触れもなく、シルヴァが姿を見せた。


「あなたが助けてくれたの! ありがとう!」

「いいや。万が一の時は手を出そうとはしたが……」


 シルヴァの右手には小さな火の玉が握られていた。しかしそれはすぐに消え去った。


「お前から魔力の増幅を感じて、見守っていたんだ」

「魔力の、増幅……?」

「魔法を使う前の兆し、というものだ。だがまさか……」

「でもこの世界の人はみんな、魔法が使えるんでしょ? そんな驚くこと?」

「無意識のうちに発動するわけじゃない。手順を踏まなければ本来でれば発動はしない」

「でもシルヴァは生まれた時に魔法を……」

「そう。だからお前には私と同じ、魔法の才能があるのかもしれない――そういう話だ」

「そう、なんだ……」


 実感がないから、すごく不思議な気分。


「これで、森がお前に手を差し伸べていた理由がこれで分かった」

「……森?」

「この神秘の森は魔法を使うのに必要なマナと呼ばれる物質が凝縮された竜脈の上にある。この森はマナの影響を強く受け、意思を持っているんだ。お前が木の実を採り、川と出くわしたのは偶然ではない。その狼の子と遭遇したのも」

「狼……犬じゃなかったんだ」


 森が助けてくれたと言われても実感が薄い。


「気付かなかったか? この森は見た目はそれほど大きくも深くもないにもかかわらず、どれだけ歩いても出られない」

「……あ、そう言えば……」

「その時点で森がお前を受け入れた証拠だ。森に拒絶されれば、それこそすぐに森から出ただろう。そもそも俺の館には隠匿の魔法をかけてあるにもかかわらず、お前はなぜかたどりつけた……。その秘密を知りたくて、尾行していたが……森に認められるとは」

「ありがとう……?」


 シルヴァは踵を返して歩き出す。

 私がそれをぼけっと見ていると、シルヴァは不意に足を止めて振り返る。


「何をしている。ついてこい」

「え?」

「魔法を教えて欲しいのだろう。ついてこい」

「! あ、はいっ! 師匠!」

「師匠?」


 シルヴァは眉をひそめた。


「あー……先生?」

「シルヴァでいい」

「じゃあ、頼むわね、シルヴァ!」

「わん!」

「グレイもよろしくって言ってるっ!」

「グレイ?」

「この子。灰色だからグレイ! 覚えやすいでしょ?」

「……喋ってないでさっさと歩け。おいていくぞ」

「ま、待って!」


 私は慌てて、後を追いかけた。

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