第4話 別れ

 幾度か休憩を挟みつつ、夜を日に徹し馬車を走らせた。

 帝国への旅路は順調だった。

 持ち出した僅かな食糧が尽きれば、お兄様やシャリオが協力して狩りをしてくれた。

 私は水や果実を採った。

 シャリオはお兄様から剣の手ほどきを受け、一振りの剣をもらっていた。

 さすがは星と森の国というだけあって、王国は温暖な気候で、自然が豊かだ。

 しかし王都を発って一週間でにわかに事態が変わりはじめた。

 いつしか気付けば街道で兵の姿が増えてきたのだ。

 様子を窺うため、斥候役を買って出てくれたシャリオが首を振りながら戻って来る。


「街道はやめたほうがいいです。関所がひどく厳重になっています……。でもどうしてバレたのか」

「考えられるのは、あの墓守……」

「あのジジイが?」

「おそらくたれ込んだんでしょう。金と引き替えに」

「あいつ……!」

「シャリオ、落ち着いて」

「でも!」

「金で転ぶ人間は結局、金で転ぶ。ただそれだけのこと」


 お兄様は頷く。


「アンネの策がなければ、追っ手に捕まっていたかもしれないんだ。一週間という貴重な時間を稼げただけでも御の字だと考えよう。さて……街道が使えないとなると、間道を行くしかないな」


 そうして私たちは間道を使って徐々に国境へ近づくことを決めた。

 しかし間道ばかり使っては結局、余計に日数がかかるだけで、王国兵に補足されるのも時間の問題だ。

 だから私は最後の手段に打って出ることを決めた。

 まだ動物や虫さえ眠りについている早朝、こっそり起き出した私はドレスを脱ぎ捨てシャツに乗馬ズボン、ブーツに履き替えると、最低限の荷物だけをずた袋に詰めて肩に負う。

 そしてみんなへの置き手紙を残し、朝露に濡れる草を踏みしめ歩き出そうとした。


「どこへ行く?」

「……お兄様」

「“私が囮になります。どうか、その間にお逃げ下さい。私も帝国へいずれ合流します”。なぜこんなことを……」

「元はと言えば、私が蒔いた種。お兄様たちは巻き込まれたにすぎません」

「しかし家族だ。一蓮托生なんだぞ。それに、妹に全てを押しつけて逃げおおせて、何の意味が……」

「そうです。私たちは家族です」


 私は力強い眼差しで、お兄様を見上げた。私の眼差しに、お兄様が怯む。


「だからこそ、これ以上巻き込めません。ここから一時間ほどの距離に街があります。そこで馬を買います。支払いは金貨で。おそらく私の行動は衛兵の耳にも入るでしょう。そうすれば、王国の注意はそちらに向く。その間に帝国へ」

「だが」

「戦で肝要なのは定めた目的を的確に履行すること。大局を見誤れば全てを失う。そのためには多少の犠牲を恐れてはいけない――お兄様がいつか教えてくださいましたよね?」

「お前は多少の犠牲ではない」

「ありがとうございます。しかしここで言う大局は、ジフリタス家の血統を絶やさぬことでは? それはつまりお兄様が無事であること。それに、私のことなら心配はいりません」


 私はお兄様をじっと見つめる。

 お兄様は小さく息を吐き出し、目を反らす。


「シャリオは怒るだろうな。お前を慕っている」

「はい。謝っておいてください……。お父様にもお母様にも」

「馬鹿。謝るのならば生きて、自分の口で謝罪しろ。帝国に合流するんだろう」

「はいっ」


 私たちは笑い合う。久しぶりの兄妹の語らいがこんなことになるなんて。

 もしもなんてありえないけれど。

 もしも、私が真っ当な令嬢であったのなら、幸せな未来が掴めていたのだろうか。

 今もあの屋敷で笑いあい、幸せな結婚生活を営めていたのだろうか。

 まあ、私が、というよりアンネローザがまともであったら、そもそも乙女ゲームとしてそれはそれで問題だろうけれど。

 と、お兄様からの眼差しに、私は首を傾げた。


「何です?」

「……お前、変わったな。この状況では、変わらざるをえないだろうが……なんだか、別人――いや、すまない。今のは忘れてくれ」


 私はかすかに口元を緩めて微笑んだ。


「変わりました。でも悪い方向ではありません。ではお兄様、またお会いしましょう」

 深く頭を下げ、朝靄の中を私は進む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る