第3話 偽装工作

 屋敷はひっそりと静まっていた。

 私とシャリオ、そして出迎えに出た何人かの下男たちの手で、棺桶を玄関に並べる。

 そこへお兄様たちが現れた。


「お兄様、静かですね。侍女たちは?」

「大方の者たちには金を渡し、暇をやった。残っている者たちは善意だ」


 お世話になりましたから、と下男たちは神妙な顔つきで呟く。


「ありがとう、みんな……」


 お兄様が下男たちにも金銭を渡し、家に帰らせた。

 ついに広々とした屋敷には、私たち家族と、シャリオだけになった。


「それで、アンネ、その棺は何だ?」

「私たちの身代わりです」


 棺を外す。お母様が「ひ!」と声を震わせ、顔を背けた。

 私は自分とそれほど歳の変わらない少女に、自分が身につけていたアクセサリーを装着させた。


「なるほど」


 お兄様は意図を察して、荷物からこれまで王国に奉仕した証である勲章を取り出すと、自分の身代わりである遺体に身につけさせた。


「お前たち、何をしているんだ?」

「お父様、私たちが家を出ると同時に館に火を放ちます。この美しい宝飾品は私たちには不必要なものですから。そして燃え落ちた館から身元不明の遺体が発見される。その遺体の顔かたちは分からずとも、身につけた装飾の類いは辛うじて区別がつくはず。きっと王国の方々は私たちが絶望して屋敷に火を放って自害したと考えるでしょう。そうして逃げる時間を稼ぎます」

「分かったが、私には装着させるものなど」

「その指環がございますわ」

「! これは公爵家の当主の証だ。聖王陛下より我らが先祖が受け継いだ……」

「そうです。だからこそ、その指環を装着した遺体がお父様であるという説得力が出るのですわ。逆にその指環がなければ、王国側は偽装をあっさりと見抜く恐れがあります」

「父上、迷っている時間はございません。我々は帝国に亡命すると決めました。最早、聖王陛下より賜りし宝物は無用です」


 お兄様からの言葉がだめ押しになったのか、お父様は「分かった……」と無念そうに顔を伏せ、外した指環を誰とも知れぬ遺体に身につけさせた。


「お母様も、どうか」

「……ええ。でも遺体には……」

「私が代わりにします」


 お母様からアクセサリーを受け取り、遺体に身につけさせる。


「お兄様の荷物は?」

「必要最低限のものをまとめて馬車にのせてある」

「では参りましょう。――シャリオ、あなたもよく付き合ってくれたわ」


 シャリオに金貨の入った袋を渡そうとするが、首を横に振って受け取ろうとしなかった。


「お願いします、俺も連れて行ってください!」


 その場でシャリオは土下座をする。


「何でもやります! だからお願いします! 俺には家族がいません! ストリートの連中は大切だけど、今はアンネローザ様や旦那様、奥方様、ゲオルグ様のほうがずっとずっと大切なんです……っ!」


 私たちは顔を見合わせた。


「私は、賛成です」

「分かった。シャリオ、こき使うぞ」


 お兄様は笑顔で言うと、「はい!」とシャリオは応じた。

 私たちは住み慣れた屋敷に火を放ち、馬車を飛ばした。

 王都の門番に金を握らせて通してもらい、城を出る。

 王都を望む小高い丘で一度馬車を止めてもらい、私は外に出た。

 月明かりにぼんやりと浮かび上がった王都の空の一画が、赤く光っているのがうっすらとだが見えた。

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