盲目だった少女の言葉責めは、辺境伯のお気に入りです

アソビのココロ

第1話

 ライラは英雄と呼ばれた騎士ボルクスの娘だった。

 五年前の辺境伯領ククールを襲った魔物大侵攻の際、身体を張って町を救い、魔物の王と相打ちになった英雄ボルクスのことは誰もが尊敬していた。

 だからその時に母をも亡くし、自身も視力を失ったライラには皆が気を使い、親切にしていたのだ。


 ある日のこと、買い物に出るため家を出たところでライラは何かを踏みつけた。


          ◇


(あら、何かしら?)


 本でしょうか?

 本は貴重なものです。

 落とした人は困っているに違いありません。

 役所に届けておきますか。


『あっ、すみません。それは私のものなのです!』


 不思議に響く声です。

 あっ、この本はこの人のものなんだと無条件に信じることができました。


「よかったです。お困りでしたでしょう」

『そうなんですよ。人別調査票を紛失したなんて知れたら、大変なことになるところでした。……ところでこれは人間には見えないはずなんですけど、どうして拾われたんです?』


 人間には見えないとはどういうことでしょう?


「私は目が見えないのです。踏んでしまったものですから、何だろうと思いまして」

『何と。それはお気の毒に』

「皆さんに支えられて生きております」


 本当に皆さんのおかげです。

 お返しできないのを申し訳なく思います。


『……実は私、神の使いでして』

「さようでしたか。道理で威厳のあるお声だと思いました」

『えっ? 威厳がありますか? そう言われると嬉しいなあ』


 その言い方は威厳がないと思います。

 でも親しみやすいのかもしれませんね。


『人別調査票を拾っていただいた礼をせねばなりません』

「いえいえ、いいんですよそんなのは。お力になれて嬉しいです」

『威厳のある声と褒めてくださった礼をせねばなりません』

「……」


 変な人ですね。

 いえ、神様のお使いなら人ではないのでしょうか。


「……希望を申せば、よく見える目をいただけると嬉しいです。目が見えないと皆さんに迷惑をかけどおしで、心苦しいですから」

『よく見える目、わかりました。それから?』

「えっ?」


 本当に見えるようにしてくださるのでしょうか?


「いえいえ、見えるようにしてくださるのならそれで十分です」

『二つの事象の礼にお返し一つでは、私が心苦しいのですがね。まあいいや。もう一つは恋愛方面で勝手にサービスさせていただきます』

「はあ」

『失礼』


 お使い様が私の頭に触れます。

 これは魔力ですね。

 ああ、染み透ります。


『さて、こんなところですか。どうでしょう? 見え具合は』

「……見えます」


 くっきりと見えます。

 ああ、何て素晴らしいんでしょう!


「ありがとうございます! 御恩は一生忘れません!」

『よろしいんですよ。ただの礼ですから』

「ああ、お使い様は大変な美形でいらっしゃるだけでなく、慈悲の心に溢れていらっしゃる!」

『えっ、美形? 慈悲?』


 何をソワソワしていらっしゃるのでしょうか?


『これ以上褒められると、返礼が大変なことになりそうです。私はこれにて天界に帰ります。お返しは適当にさせていただきますので。それから最後に』

「何でございましょう?」


 少々慌てていらっしゃいますか?


『私が人別調査票を落としたことは何とぞ御内密に』

「はい、わかりました」


 口止め料の意味もありましたか。


『失礼いたします』


 キラキラ輝く光の欠片を振り撒きながら、お使い様が姿を消しました。

 でも本当に目が見えるようになっています。

 ウソみたい。


「あれあれ、ライラじゃないか」

「ベラウさん」


 ベラウ婆さんは私の家の隣に住んでいます。

 目が見えなくなってから一番お世話になっている、とても親切な方です。


「買い物ならわしがついていってやろう」

「ありがとうございます。でも私、目が見えるようになったので大丈夫ですよ」


 目が見えるようになって初めて知りました。

 ベラウさんヨボヨボではないですか。

 長い距離を歩かせてはいけません。


「ええ? 本当かい?」

「はい。今朝急に」


 お使い様との件は他言無用でしたね。

 相手がベラウさんといえども、説明はまずいでしょう。


「そうかいそうかい。よかったねえ」

「ありがとうございます!」

「あんたが真っ当に生きているから、神様が見てくださっているんだよ。ああ、それともあんたの父親英雄ボルクスの遺徳のおかげかもしれないねえ。感謝するんだよ」

「はい、そうですね」


 そうだ、お父様のおかげだったかもしれません。

 天に祈りを捧げましょう。


「では私は出かけてきますね」

「行っといで」


          ◇


(何だかおかしいですね)


 新たに得た視力の異常さにはすぐ気付きました。

 すれ違う道行く人がいい人か悪い人か、何を考えているのかということがうっすらとわかってしまうのです。


(どういうことだろう? あっ!)


 私はよく見える目が欲しいと言いました。

 お使い様の解釈でよく見えるとはこういうことなのでは?

 何てこと!


 いえいえ、お使い様はきっと御好意でこうしてくださったのでしょう。

 良きように使えということに違いありません。


(あっ、すごい!)


 遠くのものもビックリするほどよく見えます。

 意識を集中するだけで拡大されてピントが合う感じです。


「おや、ライラか」

「お肉屋さん」


 街中でお肉屋さんの主人にバッタリ会いました。

 あれ、お肉屋さんは目が見えなくなってから知り合った人なのに、どうしてわかったんだろう?

 これも多分目のおかげなのでしょう。

 

「今日は一人かい? いや、目はどうしたんだ?」

「あっ、今日急に見えるようになったんです」


 集中すると、知らないはずのお肉屋さんの名前までわかります。

 ちょっとこの目すご過ぎませんか?


「そういうことってあるんだなあ。奇跡ってやつだな。何にせよめでたい。骨をタダで分けてやろう。まだ肉がこびりついてるやつな」

「わあ、ありがとうございます!」


 おいしいスープが作れます。

 嬉しいな、ん?


「おや、どうした?」

「いえ、何でもないです」


 背後から視線を感じました。

 どうしてこの目はそんなことまでわかるんでしょう?

 物陰からじっと私を見ていた人がおりましたが、嫌な視線ではなかったです。

 多分私の目が見えていなかった時に支えてくれていた方の一人でしょうね。

 ありがたいことです。


「じゃ、店まで来てくれよ」

「はい」


          ◇


 ――――――――――辺境伯の屋敷にて。辺境伯シルヴェスター視点。


「確かか?」

「はっ、間違いなく」

「クソが」


 黒き森の魔物が活性化しているとの報告を受けた。

 調査隊を出したら、五年前に英雄ボルクスと相打ちになった魔王ザガンが復活したとのこと。

 調査隊には魔道士もいたから、見誤りってことはあるまい。


「早かれ少なかれ復活してくることはわかってた。が、早過ぎるだろ。ボルクスが浮かばれねえわ」

「いえ、ボルクス殿が作ってくださった貴重な時間です」

「まあな」


 五年間遊んでたわけじゃねえ。

 魔王ザガンは複数の命を持っているので、倒しても復活しちまう。

 ならば封印しちまえばいい。

 うちの領の魔法団長を中心に宮廷魔道士と聖女の協力の下、ザガンの野郎を永久に封印する装置を作らせてはある。


「いつ頃に侵攻してくるかわかるか?」

「魔王ザガンの身体が馴染む頃合い、魔物の軍勢の膨れ上がり度合いを考えると、おそらく二〇~三〇日後であろうと」

「ちっ、王都からの援軍は間に合わねえな。まあいい。王都と近隣諸領に急使を出す」

「はっ!」


 面倒なことになってきやがったぜ。


          ◇


「あっ!」

「へっ、嬢ちゃん、隙だらけだぜ。あばよ」


 手提げ袋をひったくられてしまいました。

 目が見えなかった時は皆さんが注意してくださっていたせいでしょうか?

 こんなことはなかったのですけれども、一人で遠出するようになったらこれです。

 世知辛い世の中というか、私が抜けているというのか。

 これからは気を付けねばなりませんね。


 あっ、ひったくりが取り押さえられました。

 助かります。


「これはあなたの持ち物でしょう?」

「ありがとうございます!」


 ひったくりを捕まえてくださった方は、これまでもしばしば私に力を貸してくれていた人です。

 この前物陰から見ていた方と同一人物ですね。

 目の力でわかります。

 優しい人なのですね。


「えっ?」

「何か?」


 よく見てみると、この方が辺境伯様の跡継ぎ息子イーデン様であることがわかりました。

 ええと、どうすればいいのでしょう?

 お忍びのようですから、騒いでも迷惑がかかりそうです。

 しばし固まっていると……。


「目が見えるようになったんですね?」

「は、はい。おかげ様で」

「あなたが英雄ボルクス殿の娘であることは存じております。少々お時間をいただけないでしょうか?」

「わかりました」


 いい人なので、ついていっても問題ないでしょう。

 跡継ぎ様がホッとしたように言います。


「ではこちらへ」


 跡継ぎ様とその従者とともに高そうな料理屋に案内されます。

 個室ですから、少々込み入った話でも問題ないということでしょう。


「あ、あの。不躾で申し訳ありません。あなた様は辺境伯の御子息様でいらっしゃいますよね?」

「ハハッ、見抜かれていましたか。僕のことはイーデンとお呼びください」

「イーデン様」


 ニコッと微笑みかけてくださいます。

 秀麗なお顔にドキッとしますね。


「参考までに、どこで僕とわかりました?」


 どう答えましょう?


「これまでもずっと私を助けてくださっている方だなと、雰囲気でわかりまして。お顔を拝見して、ああこれは辺境伯様によく似ておられると」

「ふうん? 僕は母似だと言われるんだけど」

「何というか、正義感溢れるところが」

「そう言われると嬉しいな」


 ふう、誤魔化せました。


「それでイーデン様は私に何の御用だったでしょうか?」

「英雄の娘であるライラ嬢とは以前から一度話をしてみたいとは思っていたんですよ」

「まあ、そうでしたか。光栄です」


 父も喜ぶと思います。

 あれ、イーデン様の顔が急に真剣になりましたね。


「ライラ嬢にはこの辺境の町ククールから逃げていただきたい」

「逃げろ、とはどういうことでしょうか?」

「正式発表はまだですが、再び魔王の軍勢が攻めてくるのです」


 何と!

 いずれ魔王は復活するだろうとは言われていましたが、もうですか。


「英雄ボルクス殿にはククールを救っていただきました。その遺児ライラ嬢にもしものことがあっては、ボルクス殿に申し訳が立たないのです」

「イーデン様の頼みとあっても、それは聞けません。魔物が攻めてくるから逃げ出したとあっては、私こそ冥府の父に顔向けできないのです」

「おお、それでこそ婦女子の鑑! 英雄ボルクス殿の娘!」


 従者さんのテンションが妙に高いですね。

 どうしたことでしょう?

 イーデン様が頭をかきながら説明してくれます。


「いや、たまたま辺境伯領に遊びに来ていた僕の婚約者が、魔物が大挙して攻め寄せることを知って実家に逃げ帰ったんですよ。婚約破棄を僕に言い渡してね」

「ひどいですね」


 領主の一族たろうとする者が民を見捨てて逃げるとは。

 恥知らずにも程があります。

 考えられません。


「イーデン様、私も微力ながらククール防衛の一員にお加えください。お力になれるかも知れません」

「しかし……」

「イーデン様、英雄ボルクス殿の娘が決起したとなれば士気が上がりますよ。御助力願ってはいかがですか?」

「士気か……そうだな。ライラ嬢、父に会ってはもらえないだろうか?」

「喜んで」


 辺境伯のお屋敷にお邪魔します。


          ◇


「ほう、騎士ボルクスの娘? ほうほう!」


 辺境伯シルヴェスター様に謁見すると、ジロジロ眺められます。

 ホーホーってフクロウみたいですねと思ったのは内緒です。


「いいじゃねえか」

「ありがとうございます?」


 何をいいと言っていただいてるのかわかりかねますが。


「ボルクスの娘がククールにいるなんて知らなかったぜ」

「父上には言っておりませんでしたから」

「あん? 何で俺に秘密なんだよ!」

「父上はきっとライラ嬢のことを気に入ると思ったんですよ。そうすると僕の婚約者を挿げ替えようとしたでしょう?」

「えっ?」


 挿げ替える?

 私をイーデン様の婚約者にってことですか?

 あり得ないあり得ない。

 イーデン様の婚約者がどういう方だったか知りませんが、おそらくどこかの大貴族の御令嬢でしょう。

 一騎士の子たる盲目の私が代わってよかったわけがありません。


「トールボット侯爵家と揉めたらえらいことですよ」

「だがイーデンお前、今ライラ嬢を連れて来たってことは?」

「はい、婚約の許しをもらえればと」

「えっ?」

「おう、ライラ嬢。構わねえか?」

「えっ?」


 ノリが軽くないですか?

 私は貴族でも何でもない孤児なのですけれども。


「ええと、あの。私は教養もマナーも何も身に付けていないのです。イーデン様の奥様はムリだと思いますけれども」

「気にすんな。俺もそんなものは縁がねえ」


 ガハハと豪快に笑うシルヴェスター様。


「マナーなんてものよりもよ。俺がこんだけ威圧してるのに平気な顔してるお嬢なんて、ライラ嬢の他にいねえんだよ」

「あっ、プレッシャーが強いなあとは思いましたが」

「その程度かよ。さすがにボルクスの娘だけのことはある。自信なくすぜ」


 おかしなところが評価されています。


「辺境ではそのクソ度胸が必要なんだぜ」

「恐れ入ります」

「まあ教養やマナーも必要かと思ってよ。イーデンを王都のロイヤルスクールにやったのさ。そしたらつまらん婚約者がついて来やがってよ」

「トールボット侯爵家の申し出じゃ断れないじゃないか」

「それな。まあ、おん出てってくれて助かったぜ」


 アハハガハハと不謹慎に笑い合う父子。

 やっぱり似ています。


「まあ今すぐ答えを出せとは言わねえ。前向きに考えてくれよ」

「はあ」


 イーデン様がとてもお優しくて親切なのはよくわかっております。

 婚約者にしていただけるなんて私にとっては願ってもない話です。

 けれども辺境伯家に得がないような。

 いいのでしょうか?


「魔王の軍勢が攻めてくると伺ったのですが」


 じろりとイーデン様を見るシルヴェスター様。


「喋ったのかよ」

「ああ。そうしたらライラ嬢も協力してくれるって言うんだ」

「おお? マジか! ボルクスの娘は度胸があるな!」

「私は前回の魔物の襲来で目を傷めて、ずっと見えなかったんです。それが先日急に見えるようになりました」

「ほう?」

「むしろ見え過ぎるというか、その人の弱いところなどもわかるようになったんです」

「……つまり魔物の弱点も見ればわかるかもしれない?」

「面白えじゃねえか」


 このくらいまでなら話しても構わないでしょう。

 お使い様の件には触れていませんし。


「ちなみにライラ嬢、俺の弱点は何だ?」

「そうですね……生タマネギ、蚊、幼い頃の家庭教師でしょうか?」

「ハハッ、すげえ! 本物だ!」

「父上、生タマネギ苦手だったんですか?」

「刺激が強いじゃねえか。あんなもん生で食べるやつはバカだ」


 サラダもそれなりにおいしいですけれどもね。


「ライラ嬢、明日魔物軍勢の下見に行くんだ。ついて来てくれねえか?」

「もちろんお供いたします」

「父上!」

「黙ってろ」


 何でしょう?

 少々危なくてもお供くらいしますよ。

 魔物の弱点がわかれば、被害を少なくできるでしょうから。


「じゃあ今日は泊まってってくれよ。すぐ部屋を用意させるぜ」

「はい、ありがとうございます」


          ◇


 ――――――――――辺境伯子息イーデン視点。


「ライラ嬢の視力は、おそらく加護だ」


 ライラ嬢に休んでもらっている内に、父上と話をする。


「加護だあ? 神にもらえるとかいう?」

「ああ」

「ウソくせえ」


 父上は神なぞ信じていないのだろうけど。


「神学で習ったんだ」

「ハハッ、神学だってよ」

「黙って聞いててよ。奇跡というものはあるんだ。これは記録も多いし、否定しようがない」

「その奇跡を神が起こした証拠がないだろうが」

「まあそうなんだけど。神は多くの信仰心を欲してるわけだよ。神にとって信仰心は人間で言う財産みたいなものだから」

「金を欲しがる人間と一緒かよ。浅ましいな」

「でもわかりやすいだろう? で、神が信仰心を得るためにどうするかというと、たまに奇跡を起こすわけだよ。信仰心の篤いものには加護があるぞと」

「……ボルクスが熱心に神に祈るのは見たことがある」

「だろう?」


 父上は首を振る。


「いやいや、ボルクス自身は戦死したじゃねえか」

「英雄殿が加護で助かったというのと、英雄の娘の目が見えるようになったというのの、どちらが一般に膾炙すると思う?」

「ははーん、単純にボルクスが勝ったんじゃ、ボルクス自身の武勇が喧伝されるだけで、神への信仰心に繋がらねえってことかよ」

「そうそう」

「だからボルクスを殺して娘を救うのか。わかりやすい理屈じゃねえか。本当に神がいる気がしてきたぜ」


 父上は神を鼻で笑いたいだけなのだろうけれども。


「名称は神じゃなくてもいいんだけどさ。上位存在がいてそれが恣意的に奇跡を起こしていると考えるのが、統計上正しいんだって。それが神学の結論」

「思ったより神学ってのが愉快な学問だってのはわかったぜ。で?」

「最初の話に戻るけど、ライラ嬢の視力は加護なんだよ」

「何でも構わねえ。弱点が見えるってのが本当でありさえすればな」

「これも神学の統計上の話なんだけど、加護を与えられた者は早死にすることが多いんだ」

「あん? それは何故だ?」

「加護を与えられた者は神に愛されているからって解釈されているよ」

「気に入ったものは早く天に召すってことか。ますます人間っぽいじゃねえか」


 ガハハと笑う父上。


「笑いごとじゃないよ。ライラ嬢を魔物の軍勢の下見になんか連れてったら、危なくて仕方がない」

「惚れたな?」

「……うん」


 以前からだ。

 長期休暇で辺境伯領に帰ってくるたびにライラ嬢の姿を探していた。

 初めは英雄ボルクス殿の娘という興味からだった。

 次第に目が見えないからといって卑屈にならない、その凛とした姿勢に惹かれていったんだ。


「俺も気に入った。腹の据わった娘だ。お前の嫁にピッタリだわ」

「だったら……」

「結論としては変わらねえ。ライラ嬢も下見に連れて行く」

「どうして!」


 危険だと言ってるじゃないか。


「下見にはランディとオーウェンも一緒なんだ」

「ランディ騎士団長はわかるけど、オーウェン魔法団長も?」

「危険は百も承知だ。本来は俺がノコノコ出て行くことで魔王ザガンを誘き寄せ、オーウェンの転移術式で封印装置に放り込むつもりだったんだ」

「!」


 何てことを考えているんだ。

 危険過ぎる!


「囮の役割としては、俺だけよりもにっくきボルクスの忘れ形見が同行した方が、ザガンの野郎を釣り出せる可能性が高い」

「そ、そうかもしれないけど……」

「頭を冷やして考えろ。成功すれば民を一人も犠牲にせずに脅威を消し去れるんだぜ」

「くっ!」

「お前は留守番だ」

「な、何で……」

「俺が殺られたらお前が指揮を執るからだよ。当たり前じゃねえか」


 みすみすライラ嬢を危険に晒す羽目になるとは……。

 しかし父上の考え方は正しい。


「ライラ嬢には俺から話す。あの肝っ玉娘は断わりゃしねえよ」


 そうかもしれないけど。

 ライラ嬢を騙したみたいでムカムカする。


「さて、飯食って寝ようぜ」


          ◇


「わあ、よく見えます!」


 辺境伯シルヴェスター様に、魔王軍の野営地を見下ろす崖の上に連れてきていただきました。


「最前衛があの辺りですね……オークとリザードマンです」

「え? ライラ嬢見えるのかよ?」

「はい、神経を集中すると遠くも見えるんです」

「メチャクチャ便利な目だな。しかしオークとリザードマン?」

「その後ろにゴブリンとオオカミの魔物の部隊です」


 ランディ騎士団長が仰います。


「おそらく突破力のあるオークとリザードマンを当ててバリケードを破壊してから、より機動力のあるゴブリンとグレイウルフでかき回すつもりでしょうな」

「なるほど、魔王の野郎、考えやがったな?」


 五年前は確か弱くて数の多いゴブリンとオオカミを先に突入させたはずです。

 オークとリザードマンを先発させた方が被害を大きく与えられる、と魔王ザガンは見たようです。


「オークやリザードマンはおそらく盾を装備してきますな。飛び道具の効果は薄いと思われますが、どうします?」

「ハハッ、その代わりゴブリンやグレイウルフより数は少ねえ。油と火矢で応戦しろ。丸焼きにしてやる」

「御意!」


 敵の出方がわかりさえすれば、対処方法はあるものなのですねえ。


「ライラ嬢、他はどうだ?」

「数は多くないですけれども巨人、おそらくオーガとトロルだと思います。あとはクマと何でしょう? 大型のネコのような魔獣がいます」

「ふうむ、アンデッドはいねえか?」

「見える範囲ではいません」

「アンデッド兵は敏捷性がありません。前回も戦場に間に合いませんでしたので、出してこないんじゃないんですかな?」

「あっ、最後尾に何かいます。多分飛竜です! およそ一〇体!」

「一〇体の飛竜だと?」


 飛竜は強力な空の魔物。

 一体でも大変な脅威です。


「オーウェン任せたぜ。飛竜は魔法で撃ち落とせ」

「はい、少々準備が必要ですが、事前に知ることができてよかったです」


 よかった、私もお役に立てたようです。

 ん? これは魔力の高まり?


「へえ、マジでおいでなすったぞ?」


 事前にシルヴェスター様に聞いておりました。

 魔王が直接やって来るかもしれないと。

 しなやかで邪悪な笑みを浮かべる黒い人型の魔物が出現します。

 これが父の仇である魔王ザガンですか。


「バカかお前。俺の目の前にのこのこと現れやがって。無事に帰れると思うなよ?」

「ちょっとそこの崖から落ちただけで死んでしまうか弱い人間のクセに。よくそんなことが言えたもんだね」


 邪悪な笑みはシルヴェスター様も同じでした。

 いい勝負です。


「何のためにオーウェン魔法団長を連れて来たと思ってやがる。お前の魔法が通じると思うな」

「おお、怖い怖い」


 首を竦める魔王。

 割とひょうきんな方ですか?


「君はボルクスの娘だね?」

「はい、ライラと申します」

「ボクが憎くはないかい?」

「憎いと言えば憎いですけれども」

「ボルクスのやつはボクの心臓を一突きにしたさ! 代わりに至近距離から闇魔法を浴びせてやったけれども」

「そうでしたか」

「ああ、今でも忘れないよ! 胸の大穴から血を吹き出すボルクスの姿はね!」


 呵々大笑する魔王ザガン。

 しかしすぐ不快そうな顔をします。


「動じないね? さすがボルクスの娘と言ったところか」

「可哀そうな方」

「……何だと?」

「五年も昔のことを誇らしげに語っちゃうところが進歩がないなあと言っているのです」

「な!」


 悪魔は人間の怒りや焦り、絶望などの感情を好むらしいです。

 魔王ザガンも顔見せがてら悪感情を回収していこうとしたのでしょう。

 でも私には魔王の弱点が見えました。


 ……シルヴェスター様が目配せをしてきます。

 時間を稼げ?

 了解です。


「御自慢の闇魔法が魔法兵団に防がれちゃうから、わざわざ手駒を使って街を襲おうとしているのでしょう?」

「ち、違う! ボクの魔法は……」

「はあ、仮にも魔王と名乗ってるのにガッカリです」

「仮じゃない!」


 目の前の魔王は、敵意もなく淡々と見下されることに耐えられない。

 それが弱点です。


「大体人間の悪感情が好みなら、人間を殺してはダメじゃないですか」

「人間なんていくらでもいる! ボクの恐ろしさを見せ付けてやることが……」

「あるあると思ってムダにしているものは、いつの間にかなくなってしまうのですよ。お金だってそうではありませんか。まったくおバカさんなんですから」

「ボクはバカじゃない!」

「自分でバカじゃないと仰る方はほぼ……」

「ボクはバカじゃない!」

「はいはい、言うだけなら自由ですよ。事実は変わりませんけどね」

「なっ……」


 こんなところでしょうか?

 シルヴェスター様が僅かに頷いています。


「おのれ小娘の分際で言いたい放題言ってくれるものだな!」

「間違ったことだとは思っていません」

「死ね!」

「おっと、お前そんなに短気だったか?」

「武器も持たないレディに死ね、はいただけませんな」


 シルヴェスター様とランディ騎士団長が割って入ります。

 驚愕する魔王ザガン。


「なっ、聖剣だと?」

「鞘から抜くまで気付かねえとはな。どこまで阿呆なんだ」

「何の準備もなく魔王と対決しようと思うほど、我らは愚かではありませんのでな」

「今対決するつもりなんか……あっ、お前ら謀ったな?」

「美味そうなエサにすぐ食い付く。間抜けな野郎だ。オーウェン!」

「はっ!」


 オーウェン魔法団長の魔法発動!

 動けない魔王ザガンを白い魔力が包みます!


「ち、畜生!」

「褒め言葉として受け取っとくぜ」

「さようなら」

「覚えてろよオオオオオ!」


 恨みたっぷりの捨てゼリフを残して、魔王ザガンが消えます。


「どうだ、オーウェン」

「ハハッ、あれだけ時間をもらえれば完璧ですよ。聖牢にぶち込んであります」

「ライラ嬢も、完璧な言葉責めだったぜ」

「ありがとうございます」

「才能があるんじゃねえか? イーデンをあんまり虐めないでやってくれよ?」


 あんまりな言いように閉口していると、ランディ騎士団長が言いにくそうに言います。


「ライラ嬢。そのう、大丈夫ですかな? 魔王はボルクス殿を貶めていましたが」

「いえ、父は父のお役目を果たしました。私は私の仕事をしただけです」

「ボルクス殿も天晴れな娘を持って鼻が高いでしょうな」


 ちょっと誇らしい気分になりますね。

 天国のお父様、見ていらっしゃったでしょうか?


「残りの魔物の軍勢はどうなりますか?」

「指揮官がいなくなりゃ空中分解だろ。ランディ、一応西門北門は警戒しておけ。斥候も出しとけよ。オーウェン、魔物の駐屯地に魔道砲を景気よく撃ち込んどきな。できれば飛竜の数を減らしてくれよ」

「「はっ!」」

「さて、帰るべ。イーデンのやつがライラ嬢の帰りをヤキモキして待ってるだろうからな」


          ◇


 辺境伯シルヴェスター様の屋敷に戻って祝勝会です。

 魔王の脅威がなくなったと思うと、晴れ晴れした気分ですね。


「いや、ボルクスも大したやつだと思ったが、ライラ嬢も負けちゃいねえぜ。魔王を言葉責めするところを、イーデンにも見せてやりたかったわ」


 シルヴェスター様は上機嫌ですが、恥ずかしいです。


「僕を連れて行ってくれなかったのは父上じゃないか」

「怒るな。役割ってもんがあるんだからよ」

「わかるけど……」

「で、どうだライラ嬢。イーデンは」

「はい?」

「夫としてどうかってことだよ」


 どう、と言われても、私とは身分が違い過ぎますので。


「イーデンがライラ嬢に惚れちまっててよ」

「えっ?」

「本当なんですよ」

「俺もイーデンの嫁にはライラ嬢以外考えられねえわ」


 すごく買っていただけているのですね。

 嬉しいです。


「前のひでえ婚約者何て言ったかな? 名前忘れちまったが」

「アンジー嬢だよ」

「まあどうでもいいけどよ。あんなのがマジで嫁に来るのかと考えて辟易してたところなんだ」


 ランディ騎士団長もオーウェン魔法団長も頷いていらっしゃいますね。

 私も領を見捨てて逃げるなんて、言語道断だと思いますけれども。


「父上はどうでもいい人間の名は覚えようとしないんだ」

「そうなのですか?」

「ああ。女性の名を一発で覚えるのは本当に珍しい」

「で、どうだライラ嬢」

「はい、ありがとうございます。お世話になります」

「やったぜ、イーデン!」


 皆さんが喜んでくださいます。

 私なんてただの孤児に過ぎませんのに、もったいないことです。


「ありがとう、ライラ」

「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」

「ちゅーしろ、ちゅー!」

「しないよ! 今は!」


 アハハ、歓迎されているのはわかります。

 これもお使い様のおかげでしょうか?

 大変ありがたいことでございますね。

 私も父に倣って神様に祈りを捧げましょう。


          ◇


 神のお使いとしてライラの前に現れた者が満足そうに下界を見つめる。

 その男は神だった。

 従者が言う。


「ライラは、早々に天界にお召し上げになるのですか?」

「そのつもりでしたが……。とてもいい笑顔でしょう?」

「はい」


 ライラはイーデンと結婚した。

 親子二代にわたってククールを救ったとして、絶大な人気を誇っている。


「ライラにはいくつも借りがありますのでね。祝福を授けますよ」

「何の祝福ですか?」

「長寿と子だくさんと安産です」


 神と従者は笑う。

 イーデンとライラ、あの微笑ましい二人の幸せは決まったようなものだ。


「我らに比べれば人間の寿命など短いものです。もう少しあのイーデンなる若者に預けおこうかと思いましてね」

「それが良かろうと思います」


 ライラは活発に動き回っていた。

 やはり魔物には興味があるらしい。

 ハンターギルドに出資し、冒険者の育成や回復魔法の普及に力を注いでいる。

 また魔物由来の素材や肉を積極的に経済に組み込み、近隣諸領との交易が活発化した。


「そろそろ寿命なのですよ」

「どなたがですか?」

「ライラをよく世話してくれたベラウという老女です」


 神は手にしていた人別調査票をテーブルの上に置いた。


「召し上げるのですね」

「ええ、善良な者です。ライラの話でも聞きたいですからね」


 神の従者は死後の人間の最高の扱いだ。

 その老女もライラに親切にしたがために恩恵を受けることになる。


「ボルクス」

「はい」


 ボルクスと呼ばれた、神お気に入りの従者はいう。


「ライラに会いたいかもしれませんが、寿命まで待ちましょう」

「はい、心得ました」


 二人は静かな笑顔を湛えて下界を見つめるのだった。

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