第7話 思わぬ刺客

 (『自分自身の置かれている状況や自分の価値を知ることを自覚という。』・・・なるほど。この本は勉強になるな。)

ゼンマイさんは辞書という分厚い本を閉じる。

(辞書に夢中になりすぎてしまった。早く所定の位置に戻らないと。)

ゼンマイさんは自分で自分の背中にあるゼンマイを回し、置かれていた箱の中に戻る。

(ふう。間に合った。)

その直後、家の鍵が開く音がする。ヒナギクさんが買い物から帰ってきたのだ。

(危なかった。)

ヒナギクさんはさっきまでゼンマイさんが動いていたことに全く気付くこともなく、買ってきた野菜を仕舞う。

「午後の準備をしましょう。」

(野菜を刻み始めた。しばらくこちらに気づかないだろう。)

ゼンマイさんはゼンマイを外し、磨き出す。

(ゼンマイさん、見つかっちゃいますよ。)

(大丈夫、抜かりはない。)

ゼンマイさんは余裕そうに磨き続ける。今日は来客もあるというのに。僕が不安に思う中、来客が訪れる。

「ヒナギク様、今日もよろしくお願いいたします。」

「はい。」

診察が終わって、ヒナギクさんがもてなす料理を食べる。

「ご馳走様でした。美味しかったです。」

「良かったです。」

「折角用意して頂いたので頂きました。しかし、これは必要のないことですので、今度からは用意して頂かなくて結構です。」

「そうですか。」

「では、時間ですので、失礼いたします。」

ヒナギクさんの寂し気な顔を見て僕も寂しくなる。

(なんだ、彼女の好意を断るなんて、許せない女だ・・・おらは怒った。)

(まあまあ、ゼンマイさん、落ち着いてください。)

(いや、辞書に書いてあった『魚心あれば水心』を守らないとどうなるか見るがいい!)

ゼンマイさんはゼンマイを回して箱の外に出て、クモのオモチャを動かす。

「きゃあ!クモ!」

(どんなもんだい!)

驚いた来客がクモの来た方を見る。その時、箱に戻ろうとするゼンマイさんが見つかる。

(ゲ・・・)

「オモチャが動くなんて、気味が悪い!」

来客が逃げるように家を飛び出る。僕はヒナギクさんが心配だったが、予想とは違って、ゼンマイさんを笑顔で見る。

(なんだ、おらを捨てるのか・・・?)

ヒナギクさんはクモのオモチャを元の位置に戻して、何事もなかったように片づけを始める。

(ヒナギクさんは、僕たちを捨てることはないですよ。)

(そうか・・・)

ゼンマイさんは反省してしばらく自分から動かなくなった。次の週になって、ヒナギクさんはもてなしの用意をしないで待っている。家のチャイムが鳴って、ヒナギクさんが玄関に行く。家の中に入ってきたのは新しい来客だった。来客は辺りを見回している。

「あの、」

「すみません。私は、体調不良になった担当の代理です。まずは、診察ですよね。」

新しい来客はいつもの診察を行う。

「ふむ、異常はないですね。では、来週また来ます。」

「はい。ありがとうございました。」

新しい来客が帰って、ヒナギクさんは虚ろな表情で座っている。僕は疑問を投げかける。

(来週また来るって、おかしいと思いませんか?)

(なんでだよ、毎週来ることになってるだろ)

(いや、来客は毎週ありますけど、あの人は代理なので来週来ることはないかもしれません。まるで、体調不良が決まっているかのようです。)

(じゃあ、何か目的でもあるのか?)

(うーん、わかりませんけど、良い事ではないような気がするんです。)

それから、一週間経って、あの来客が訪れる。来客はしっかりと僕を見る。

「そのぬいぐるみ、いいですね。」

「私が作ったんです。」

「すごいですね。名前もあったりするんですか?」

「はい。ソラっていいます。」

「へえ。ちょっと触ってもいいですか。」

「どうぞ。」

来客は僕に近づいて来る。僕は何故か恐怖を感じる。僕は持ち上げられる。

「よく出来てますね。」

来客は力を入れて僕の腕を引っ張る。

(いてて。)

「ちょ、ちょっと・・・」

ヒナギクさんが立ち上がった時、ゼンマイが飛んでいって来客の頭にぶつかる。それに伴って、僕は解放される。

「いてて・・・」

来客は頭を擦りながらゼンマイを取る。そして、ゼンマイさんを掴む。

(な、なんだよ、離せ!)

「どうやら間違いなさそうだ。」

「どういうことですか?」

「あなたも気づいている通り、ここのオモチャは自らの意思で動いています。今も私から逃れようとして暴れています。」

(離せよ!)

「あなたは?」

「私はあなたの担当のカウンセラーの方に依頼された探偵マタと申します。ここのオモチャが動くかどうかの調査でした。もし、今日動かなければ気のせいということになっていました。」

「その子をどうするつもりですか?」

「勿論、処分させて頂きます。」

「そんな・・・それはハセガワさんに頂いた大切なものなんです。」

「そうですか。しかし、私も依頼料を頂いているので、引き下がるわけにはいきません。全く同じ物を後日持参します。但し、名前は付けないようにして頂きたい。名前が命を与えている可能性がありますので。」

その後、来客は暴れるゼンマイさんを無理やりケースに入れる。僕はわすれない。暴れるゼンマイさんの声、制止するヒナギクさんの姿を。

(離せー!)

「来週は、担当の方が参ります。では、失礼します。」

バタン。来客が帰ってもしばらくヒナギクさんは玄関から戻ってこなかった。

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