第17話

 すると再び玄関の方から足音が聞こえてきた。


 誰だ……?


 思わず身構えてしまう。


 だんだん近付いてくる足音が止まり、ドアノブがひねられた。


「お疲れ」


 影山先生だ。


 先生はきょとんとした表情を浮かべて聞いてきた。

「さっき坂道がとんでもない形相で出て行ったんだが、何かあったのか?」


 ……やっぱり、すれ違ってますよね。


「……え、えっとー」


「それと、色部はなんでへたり込んでいるんだ?」


 彼女は自業自得です。


 僕がどう説明していいのか、口籠っていると葉月くんが先に説明してくれた。


 すると影山先生は呆れたように肩を落として息をついた。


「なるほどな……初日からやらかしたわけか」


「本当に申し訳ございませんでした……」


「俺じゃなくて本人に謝ってくれ」


「はい……」


 影山先生の言う通りだ。


 状況的に色部さんが悪いのは間違いないんだけど……。


「……あ、あの」


 僕は低めに手を挙げて説明を求めた。


「……坂道さん、どうしてあんなに怒ってたんですか?」


 僕の言葉に色部さんが僕の方を見上げてきた。


 むすっとしているのか、睨みつけようとしているのか、分からない顔だ。


 どうしたんだろう……。


 僕が首を傾げていると、葉月くんが色部さんに訊いてきた。


「ねえ色部さん」


「な、なんですか……?」


「さっき、ゆうちゃんを見てすっごく驚いてたよね? どうしてかな~って思って」


 言われてみればそうだ。


 色部さんは再び目を伏せて、いつもの覇気がない声で答えた。


「灰原くんは知ってると思うけど……あたし、『shamuse』のあさひ様を推してるの」


 とんでもない熱量で語っていたから、めちゃくちゃ覚えている。


 あの時は推しがいる者同士、ちょっと気が合いそう、とか思ってたのに……。


「影山先生からPROJECTメンバーの名前と専攻聞いてて、もしかしたらって思ってたけど……」


「思ってたけど、どうしたの?」


 言いかけた色部さんに葉月くんは首を傾げる。


 少し黙り込んだ色部さんは……何故か、急に顔を真っ赤にした。


「まさか、あさひ様の実の妹がいるとは思わないじゃない……!!」


「あ~……なるほどね。そういうことか~」


 葉月くんは大いに納得したようで、天井を仰いでしまった。


 だけど、僕はまだきょとんとしていた。


 どうして坂道さんがそのアイドルの妹だと分かったのか、その根拠が分からない。


「どういうことだ?」


 僕と同じく、Rabbyくんも納得できていない様子だ。


 すると影山先生がスマホの画面を僕たちに見せてくれた。


「こういうことだ」


 影山先生に促されて、僕とRabbyくんは先生のスマホを覗き込んだ。


「……あっ」


「えぇっ!?」


 僕は小さく声を零し、Rabbyくんは目を見開いて声を上げた。


 画面に映されたのは、アイドルが満面の笑みでファンにファンサをしている写真。


 髪型こそ違うが、その顔は間違いなく坂道ゆうさんのそれだった。


 いくら血を分けた姉妹だとしても、こんなに似ることがあるのだろうか。


「双子なのか?」


「あさひ様は今年で23歳よ」


 Rabbyくんが僕が思ったことを先に言ってくれて、色部さんが即座に解説してくれた。


「へぇ~、ちょっと離れてるんだね~」


「ええ、それもあってあさひ様は妹を溺愛しているのよ。……実際は、分からないけれど」


 葉月くんの言葉に色部さんは悲しそうに表情を曇らせた。


 本当に溺愛されていたとしたら、坂道さんはあんな顔をしないだろう。


 真相が分からないなか、影山先生は色部さんに告げた。


「色部、あとでちゃんと和解しておけよ。マネージャーがタレントに避けられるのは問題だからな」


「はい……以後気を付けます」


「……えっ?」


 ちょっと待って影山先生、今なんて言いました?


「色部さん……マネージャーって?」


「ああ、まだ灰原には言っていなかったな」


 僕の疑問に影山先生が説明してくれた。


「本人の希望で、色部はマネージャーとして『PROJECTぱらいそなた』に参加することになった」


「本人の希望……?」


 色部さん、無茶だ無謀だとは言ってた記憶はある。


 だけど僕と違って、決して嫌がっていたわけではなかったはずだ。


 むしろ向上心の塊である色部さんのことだ。


 『あたし以外の凡人がプロデューサーなんて有り得ない!』とか言いそうなのに……。


 どういう風邪の吹き回しだ……?


「まあ、坂道のことはさておき」


 影山先生が話題を変えてきた。


「さっそくだが、君たちに案件だ」


「……案件、ですか?」


 立ち上げたばかりのプロジェクトに、いきなり案件……?


 僕は思わず首を傾げてしまった。


 だけどSEAの人脈だったら出来てしまいそうだ……、と思えてしまうところが恐ろしい。


 すると葉月くんが影山先生に訊いてきた。


「先生~、ちなみにどんな案件なんです?」


「詳細はこれのまとめてあるから、確認しておいてくれ」


 影山先生は葉月くんにその詳細を手渡した……ペライチの紙を。


 ……えっ? 案件の詳細ですよね……?


「じゃあよろしく」


 影山先生はそれだけ言い残して、玄関へ続く扉の向こうへ去って行く。


 僕が一瞬、呆然としていると、Rabbyくんが葉月くんの方へ歩み寄っていった。


「なんて書いてある?」


「え~っと、なになに……」


 葉月くんがペライチの紙に書かれた詳細を確認する。


 すると少し怪訝な表情を浮かべてから、読み上げてくれた。


「『きのした保育園のボランティア』だって」


 ……それって、Vtuber関係あります??

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