第16話

「ごちそうさまでした!」


 えっ、もう食べ終わったの坂道さん……けっこうな量あったよ?


「早っ!? ちゃんと噛んで食べな!?」


 驚く葉月くんに坂道さんは照れたようにはにかんだ。


「えへへ、すみません。いつもの癖でつい……」


「SEA、昼休み短いからね~」


 確かにそうなのだが、とはいえ早すぎないか?


 タレント専攻だけ昼休みが20分とかなのかと思ってしまうくらいに早かったけど……。


「けど、すっごく美味しかったです! 感動しちゃいましたもん!」


「よかった~、たくさん作った甲斐があったよ~」


「な、なあ」


 少し戸惑ったようにRabbyくんが葉月くんを呼んだ。


 その手には綺麗になったプレートがあった。


「ご、ごちそうさま……美味かった」


 僕はこの時、猛烈に感動していた。


 あのRabbyくんが……ちゃんとしたご飯を食べきった。


 たったそれだけなのに、僕は本気で泣きそうになっていた。


「お粗末様~。口に合ったみたいで良かったよ~」


「こんなに食ったの……久しぶり」


「じゃあこれからはいっぱい食べられますね!」


 あぁ……いいな、この感じ。


 ほのぼのと、和気あいあいとしたこの雰囲気……すごく心地がいい。


 3人の会話を聞きながら僕は勝手にてぇてぇを接種しながら、オムライスを完食したのだった。


 するとまた玄関の方から足音が聞こえてきた。


 僕が振り向くと、廊下とリビングを繋ぐ扉が開いた。


「お疲れ様です」


 色部さんだった。


 思わず表情が強張ってしまう。


「色部さん……お疲れ様です」


「お疲れ様ですー!」


「ども」


「お疲れ様~、お昼もう済ませちゃってる?」


 葉月くんが色部さんにそう聞いたが、彼女は答えなかった。


 いや、答えられなかった、と言った方が正しいか。


 まるで彼女だけ時間が止まってしまったみたいだ。


 微動だにできず、その場に立ち尽くしている。


 そして頬を高揚させて、口元を抑えながら……膝から崩れ落ちてしまった。


「あさひ、様……!?」


「…………ッ!」


 地雷が踏み抜かれる音がした……僕のすぐ右隣で。


 修羅場。


 その意味を噛みしめる。


 息が出来ない。


 肺が潰されそうになるような……憤り。


 隣から沸々と感じる。


「な……なんでここに……!?」


「…………」


「ていうか……髪の毛、どうされたんですか……!?」


「…………っ」


「すごく……すっごく素敵です……っ。ショートも似合うんですね……!!」


 色部さん……お願いだ。


 これ以上、何も言わないで。


 恐る恐る横目で坂道さんの横顔を見る。


 ――――本物の、殺意。


 坂道さんの瞳を……完全に支配していた。


「すみませんでしたね。あさひの方じゃなくて」


 淡々とした、冷酷な声。


 坂道さんは椅子から立ち上がり、そろりと色部さんの方へ近付いてく。


 止めなきゃ……!!


 動くな……!!


 理性と本能が同時に訴えかける。


 声すら、出ない……――――


「ねえ」


 その時、葉月くんが口を開いた。


「事情はよくわからないけれど、ここは食卓だよ」


 至って冷静に、穏やかに、葉月くんは続ける。


「皆でご飯を食べるここを、思い出したくない出来事の現場にしてほしくはないかな」


「…………」


 その場にいるみんなが黙り込む。


 今にも押し潰されてしまいそうになる。


 しばらくみんなが沈黙を守っていると……


「すみません」


 居たたまれなくなったのか、坂道さんが口を開いた。


「用事思い出したので学校に戻りますね」


「そう? ゆうちゃん、大丈夫?」


「はい……じゃあ失礼します」


 淡々とした口調。


 彼女は玄関へ続く扉へ消えていった。


 ……怖かった。


 椅子から崩れ落ちそうになる。


 広々としたリビングは、鉛のような沈黙に支配されてしまった。


「…………」


 誰も声を発しない。


 オムライスの匂いが、虚しく立ち込める。


 どうして……こんなことになってしまったんだろう。

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