第15話

 すると玄関の方から誰かの足音が聞こえてきた。


「おはようございまーす! って、すみません! お食事中でした?」


「……ん」


 坂道さんとRabbyくんだった。


「……お疲れ様です、二人とも」


 僕はカウンターキッチンから振り向くと、ぺこりと頭を下げる。


 すると坂道さんはリビングに漂ういい匂いに気が付いたのか、引き寄せられるようにこっちへ歩み寄ってきた。


「うわあーっ、すっごくいい匂いですね!」


「……葉月くんがお昼ご飯を作ってくれてたんです」


「ええっ、引っ越し初日にですか!?」


 すると解きほぐした卵をフライパンに流し込みながら、葉月くんが背中越しに言ってきた。


「良かったら食べる?」


「いいんですか!?」


「むしろ食べて〜。ちょっと作りすぎちゃって」


「ありがとうございますー! いただきます!」


 人懐っこい笑顔を浮かべて、坂道さんは僕の右隣に座ってきた。


 卵が焼ける音とバターの香りがすごく心地がいい。


 僕は寮に着いて早々、めちゃくちゃリラックス出来ていた。


 すると葉月くんがRabbyくんに声をかける。


「えーっと、君も食べる?」


「……おれ、藤健也」


 不愛想に名乗ったRabbyくんに葉月くんは改めて聞いた。


「健也くんだね! 良かったら食べる? オムライス」


「……じゃあ、食べる」


 Rabbyくんはめちゃくちゃ緊張しているみたいだ。


 ぎこちなく頷くと、僕の左隣に座ってきた。


「はい、尚人くんの分だよ」


「……いただきます」


 待ってました!


 僕はぼそりと呟いて、再びスプーンを手にした。


 葉月くんのオムライスを見たからか、僕の両隣から腹の虫が鳴く声が聞こえてきた。


「二人とも、お腹空いてるの?」


 葉月くんの視線は坂道さんとRabbyくんの方を向いていた。


 するとRabbyくんはあっけらかんとした態度で答える。

「おれ、朝から食ってない」


「ええっ、駄目ですよ!! それじゃあ元気が出ませんって!」


 心配する坂道さんにRabbyくんはそっぽを向いて呟いた。


「食いすぎたら吐くし……」


「そ、そうなんですか?」


「じゃあ健也くん、少なめにする?」


「ん」


 葉月くんの言葉にRabbyくんは素直に頷く。


 すると葉月くんは坂道さんに聞こうとした。


「君はどれくらい食べる? えーっと」


「申し遅れました! タレント専攻1年の坂道ゆうです」


「オレは平野葉月。声優専攻2年だよ」


「よろしくお願いしますね、葉月さん」

 いきなり下の名前で呼ぶんだ……。


 僕はいきなり距離が縮まっていく二人に驚きつつも、オムライスを食べ進めた。


 坂道さんは葉月くんに、ちょっと恥ずかしそうに頬を掻いて答えた。


「じゃ、じゃあ、たくさん食べていいですか?」


「もちろんいいよ~! めちゃくちゃお腹空いてるみたいだし」


 気前のいい葉月くんは山盛りのチキンライスをプレートに乗せた。


 坂道さんはその様子を見て、照れながら続けた。


「ダンスの講義が終わって、そのままここに直行したもので」


「へぇ~タレント専攻ってそういう講義もあるんだね~」


「ボク、アイドル志望なんです」


「へえ……すげえ」


 Rabbyくんが短く、そして感心したように頷いた。


 僕もオムライスを食べながら、彼女の話を聞いて納得した。


 あの歌唱力とダンススキルはそういうことだったのか。


 すると葉月くんがRabbyくんに聞いてきた。


「健也くんはどこの専攻なの?」


「Eスポーツ実況専攻……1年」


 学年に食いついたのは坂道さんだった。


「1年生! 同級生なんですね!」


「だ、だな……」


「みんな専攻バラバラなんだね~。Eスポーツの授業ってどんな感じなの?」


 葉月くんの言葉にRabbyくんは短く答えた。


「おれ、授業ほぼ出てない」


「で、出てないんですか!?」


「ん。ずっと体調崩してた」


「な、なるほどね~」


 葉月くんは二人分のオムライスを作り終えたみたいだ。


 先にRabbyくんの分のオムライスを運ぶと、こう付け足した。


「食べきれなかったら無理しなくていいからね?」


「……ん」


「葉月さん、なんだかお母さんみたいですね! すっごい安心感!」


 坂道さん……マジでわかる。


 葉月くんと再会してまだ1時間も経っていないが、何度『ママ』と呼びそうになったことか……。


 坂道さんは目を輝かせながらスプーンを手に取った。


「それじゃあ、いただきまーす!」


 坂道さんはさっそくスプーンでオムライスをすくって、すぐに口に運んだ。


 すると頬が落ちそうと言わんばかりに恍惚とした表情をした。


 ……めちゃくちゃ美味しそうに食べるな、坂道さん。


「そんなに美味いんだ……」


 坂道さんのリアクションで、小食なRabbyくんも興味が湧いたみたいだ。


 まあ、感想も言わないくらい夢中になって食べている様子を見たらそうなるだろう。


 Rabbyくんも恐る恐るスプーンですくって、ふぅーふぅーと冷まし始めた。


 ……猫舌なんだな。


「……可愛い」


「急になんだよ」


 軽く引いてきたRabbyくんに僕は我に返った。


 やばい……用意した言葉と思考が逆転してしまった。


 Rabbyくんはやっと冷まし終えると、スプーンに乗ったオムライスを半分だけ口に運んだ。


 僕が反応を見守っていると……Rabbyくんの目に輝きが宿った。


 するとRabbyくんは小食とは思えない勢いでオムライスを食べ始めた。


 冷まし忘れて「あちっ」と軽く火傷しそうになるくらいに。


「ゆっくり食べな~、健也くん」


 もう見守る視線がママなんだよな、葉月くん。

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