第12話

 この朝が在学中に実家で過ごす最後の朝になるかもしれない。


 荷作りを終えて寮へ送ったあとの僕の部屋は、やけに広く、寂しく思えた。


 この部屋で多くのVtuberやリスナーさんに出会い、多くのVtuberを推して、多くのリスナーさんたちと交流をしてきた。


 様々な要因で疎遠になったり、拒絶されたりしたこともあったけれど……その痛みもいい思い出だ。


「……バイバイ」


 最後の荷物を持って、その部屋への扉を閉めた。


 正直、不安も強いけど……昨日から僕を掻き立ててくる熱が止まらない。


 僕は、自らの意思で唯一の安全拠点から旅立った。


 キャリーバッグを引いて、最寄り駅まで歩いていく。


 5月に入ってからというもの、だんだん暑くなってきた。


 今日はGW初日。


 おまけに土曜日なので遠出しようと家族連れや若者が大勢、電車に乗っていた。


 キャリーバッグを転がしているのがすごく申し訳ない気持ちになりつつ、現実逃避をするべくイヤホンで耳を塞いだ。


 YouTubeの配信通知を見てみると、とんでもないことになっていた。


 おまけに新作歌ってみたやコラボ動画なんかもプレミア公開されていたらしい。


 リアタイしたかった……。


 SEAに入学すると決めた時から覚悟はしていたが……まさかこんなに忙しくなるなんて思ってもいなかった。


 いや、嘆くのは後回しだ。


 目的の駅に着くまで40分以上ある。


 僕は見逃してしまっていた推しコンテンツを片っ端から視聴した。


 流石に全ての配信アーカイブは追いきれないので切り抜き動画で。


 リアタイ視聴出来なくてめちゃくちゃ悔しい。


 だけどコンテンツを追うために無理をしすぎて倒れるなんて、推しを悲しませるだけだ。


 だったら手が伸ばせる範囲だけでも全力で楽しむのが、Ⅴリスナーのあるべき姿だと僕は思っている。


 各々講義の時間割がバラバラなので、集合時間は設けられていなかった。


 今では本当に良かったと、心の底から思っている。


 事前に影山先生から、学生寮の最寄り駅と周辺の地図を送ってもらっているので、道に迷うことはないだろう。


 だが……コメントを打つのに夢中になって、降りる駅を5駅分、過ぎてしまっていた。


 もし集合時間が設定されていたら、いきなり大遅刻だ。


 仮にもプロデューサーを任されそうになっているのだから、しっかりしなくては。


 僕は推しが叱ってくれるありがたーい配信切り抜きを聞きながら、己を戒めた。


 木漏れ日が差し込む、森林に囲まれた赤レンガの道。


 どう森の世界に迷い込んだみたいだなぁ、とか思いつつ歩いていく。


 爽やかな風が吹き抜けていくのが、なんだか心地いい。


 SEA以外で出かけることなんてほぼないけど、たまには悪くないな、とか思ったりする。


 僕はスマホで地図アプリを確認しつつ進んでいくと、


『目的地周辺です。音声案内を終了します』


 その機械音声に僕は足を止めて、周囲を見渡す。


 そうしたら右手の方に、森林がひらけたところに大きな建物があるのが見えた。


「……でか」


 いや、学生寮としてはこのくらいなのかもしれない。


 だが僕がイメージしていた学生寮とはだいぶ雰囲気が違っていたのだ。


 どちらかというとシェアハウス、と言った雰囲気の方が合っている気がした。


 上手く言えないけれど、オシャレなイマドキドラマとかに出てきそう、というか……。


 少なくともVtuberのプロジェクト専用の寮には似つかわしくないなぁ……とか思ったりした。


 恐る恐る近付いてみると、表札らしき銀のプレートには『渋谷エンターテイメント学院 ぱらいそなた寮』とハッキリと書かれていた。


「…………」


 思わず絶句してしまった。


 身バレがめちゃくちゃ心配になってしまったが、ここで間違いはなさそうだ。


 今日から、ここで暮らすのか……。


 オシャレすぎて謎の圧迫感を感じて固唾を飲む。


 なのにどうしてだろう……なんだかわくわくする自分もいるのだ。


 僕はそのわくわく感に身を任せて、玄関へ続くだろう扉のドアノブに手をかけた。


「……失礼します」

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