第9話

「……そんな話題もあったね」


「あっ……ごめん」


「……大丈夫」


 Rabbyくんに他意がないのは分かっている。


 僕はほんの少し、少しだけ深く息を吸って、零れた闇をバリアのなかに詰め直す。


 気をつけよう……。


 改めて気を引き締め直して、僕たちはコンビニの中に入った。


 僕がテキトーにおにぎりを選んでいると、Rabbyくんはもう会計を済ませたみたいだ。


「まだ選んでるのか」


「……Rabbyくん、買うの早いね」


「ん」


 Rabbyくんは短く頷いた。


「カロリーメイトは、最強」


「……分かる。僕もそれにしよっかな」


「ん」


 片手で食べられて、かつ栄養素が詰まっている食べ物は最強だ。


 時間的にもお財布的にもコスパがいい。


 朝もギリギリまで寝ていて何も食べていないが、そんなに空腹ではないし。


 カロリーメイトとお茶だけ買って、僕たちはコンビニをあとにした。


 無言が重たい。


 僕も、Rabbyくんもよく喋る方ではない。


 だけど過去を引っ張り出されたせいか……なんだか苦しかった。


 するとRabbyくんが唐突に聞いてきた。


「本名」


「……えっ?」


「本名、なんだったっけ」


 そういえば僕は名乗っていなかった気がする。


「……灰原。灰原尚人」


「ハイバラ、ナオト……灰原、尚人……」


 Rabbyくんは繰り返し、噛み砕くように僕の名前を呟いた。


 そして合点がいったのか、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「プロジェクトのプロデューサー……お前だったんだな」


「……えっ?」


 ちょっと待って、今プロジェクトって言った?


 その言葉によって、僕の脳内で点と点が繋がった。


 藤という苗字、Eスポーツ実況専攻、影山先生……。


「……もしかして、プロジェクトのEスポーツ枠って……君なの?」


「ああ」


 するとRabbyが、嬉しそうに笑って見せた。


「最高じゃん」


「……えっ?」


 わ、笑った?


 さっきから不愛想な表情しか浮かべていなかったRabbyくんが、笑った?


 僕は急激なギャップに膝が崩れ落ちそうになった。


「灰原なら安心だな」


「……そんな期待しないで」


「なんで? おれは嬉しいよ」


 嬉しい……?


 言葉足らずなRabbyくんの言葉の意図が読み切れない。


 僕は思わず首を傾げてしまった。


 Rabbyくんは不器用ながらも言葉を紡いでくれた。


「灰原、Vtuber大好きだろ?」


「……うん」


「だからあんなに共感してもらえたんだ」


「共感?」


 僕は思わず首を傾げてしまった。


 するとRabbyくんも同じようにきょとんとした顔をしてきた。


「トレンドに乗るって、共感してくれた人がいる、ってことだろ?」


「……そう、なのかな?」


「ああ、お前のアドバイス、喜んでた人もいっぱいいるし」


 Rabbyくんはそのまま嬉しそうに続けた。


「おれ、灰原に覚えててもらえたのも、プロデュースしてもらえるのも……嬉しい」


「……そうなの?」


「ん」


 短く頷いたRabbyくんは楽しそうに続けた。


「Twitterでリプ送るのも返すのも、灰原だけだったし」


 知らなかった。


 確かにRabbyくんは決して付き合いがいい方ではない。


 むしろ僕と同じくらい人見知りだし、Twitterで自語りすることもなかった。


 彼のツイートと言ったら、備忘録代わりにRTされたゲーム配信の告知くらいなものだ。


 だけどリプくらいはしていると思っていた。


 僕がリプを送ると、短くとも絶対返してくれたから。


「……そう、だったんだ」


「ん」


 再び短く頷くと、Rabbyくんは僕の方を叩いてくれた。


「だから、自信持てよ」


「…………」


 目頭が、熱い。


 刹那、ある風景が彼の力強い笑顔と重なった。


 きっと彼は、これから多くのファンや仲間たちに囲まれることだろう。


 ……推したい。


 プロデュースしたい。


 今見た景色に彼を連れていきたい。


 というか、僕自身がこの目でその景色を見たいんだ。


 心の奥からふつふつと……僕を搔き立てるような熱量が込み上げてくる。


「……頑張ろうかな」


「ああ、一緒にな」


 なんだかやる気が漲ってきて、僕は自然と笑みが零れてきた。


 またデータを揃えてまとめなくちゃ……。


 ビルのようなSEAの校舎が見えてきた。


「……どこで食べる?」


「人気がない場所」


「……あるのかな」


 笑い合いながら自動ドアをくぐって、僕たちはエレベーターの方へ歩いていく。

 この時間帯で人気の少ない場所か……、なんて考えていた時――――扉の向こうから、目が眩むほどのオーラが解き放たれた。


 芸能人でもなかなか見かけない、二次元級に整った顔。


 男の子と見違えそうなベリーショートヘア。


 そして僕の脳に深く、深く刻み込まれた――――その声。


「プロデューサーさん!?」

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