第8話

「……Rabbyくん?」


「は?」


 素っ頓狂な声を上げられる。


 しまった! 思わず声をかけてしまった!


 僕は我に返った。


 彼は訝しげに僕を睨みつけてくる。


 当然だ。


 いきなり初対面の相手にそう呼ばれたら誰だって同じ反応をする。


 だが僕のなかでは完全に確信を抱いていた。


 藤くん……僕と君は既に出会っているんだよ。


 僕は慌ててスマホを取り出してTwitterのアプリアイコンをタップした。


 プロフィール画面を表示させて、僕はスマホを彼に突き出した。


 彼の表情が、驚愕と小さな安心感に塗り替えられていく。


「えっと……改めて、初めまして……なのかな?」


「あ……アッシュ?」


 はぁ……すごく懐かしいなぁ。


 君の声でその名前を呼ばれるのは。


 とりあえずお昼ご飯を食べようと、僕たちはSEAの近くにあるコンビニへ向かった。


「同じ学校だったんだな」


「……ほんとにね」


 どうしよう、まだ心臓がドキドキしている。


 まさか、こんな漫画みたいなことがリアルで起こるなんて。


 藤健也くん。


 ネットの世界ではRabbyくんと呼んでいた。


 いわゆるゲーム廃人で、とある個人勢Vtuberのポケモン参加型配信で知り合ったのだ。


 専攻も多くのプロゲーマーを輩出しているEスポーツ実況専攻なのは、めちゃくちゃ納得だ。


「にしてもよく分かったな」


「……えっ?」


「おれのこと。ディスコでも喋ったことないのに」


 なんだそんなことか。


 僕はちょっと不思議に思いつつも昔を懐かしむように空を見上げた。


「……分かるよ」


「な、なんでだ?」


 少し不気味がってるRabbyくんに僕は笑みを浮かべて答えた。


「Rabbyくん……一時、個人勢Vのポケモンの参加型配信を周回したでしょ?」


「ああ」


「……その時、僕がROMってた配信で君がVCに凸ってきたんだよ」


「覚えてたってことか!?」


「そういうことになるかな……うへへ」


 思い出しただけ血が滾ってくる。


 もちろんその配信の枠主である個人勢Vtuberさんも素敵な声の持ち主だった。


 だがそれ以上に僕はRabbyくんの声を聞いて、ずっと思っていたのだ。


「……すごく、Vtuber映えする声だなぁって思ってたから……うへへ」


「普通に怖い」


「……めちゃくちゃ褒めてるんだけど」


 とはいえ、そう思われるのも仕方ない。


 リスナーの声をここまで鮮明に覚えている人は滅多にいないだろう。


 気持ち悪がられるのも致し方ない。


 けど……そこまでハッキリ言わないで流石に傷つく。


 するとRabbyくんはぼそりと呟いた。


「やっぱり、とんでもないな。『伝説のVリスナー』は」


 闇が、こじ開けられる。


 何重にも強力なバリアを張って厳重に封印し続けた過去の闇。


 少しだけ……ヒビが入った感覚がした。

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