第7話
それからの1週間は文字通り、息もつかせないほど目まぐるしかった。
いきなり言い渡された候補生との最終面接の見学。
突如決まった学生寮への引っ越し。
その手続きや荷造り、加えて普段通りの講義……1週間が秒で消えていった。
タスクが多すぎて推しの配信をROMって見ることすら出来なかった。
引っ越しが済んだら、絶対にアーカイブや投稿された動画を見るんだ……!!
たとえ度重なる寝不足で講義で寝落ちしてしまおうとも。
僕にとって推しは最優先事項であり、原動力であり、心臓だ。
正午を知らせるチャイムが校内に鳴り響く。
さっさと提出書類出して帰ろう……。
陽キャオーラの充満している、マネージャー専攻1年の教室。
出入り口から一番近い席から、僕は素早く逃げ出した。
そして目の前にあるエレベーターに乗り込み、10階の職員室へ向かった。
昼休みはエレベーターが各駅停車と化す。
おまけにSEAには大学のような食堂はない。
そのせいでみんな次の講義の教室か、11階のフリースペースで昼食を取るのだ。
エレベーターは狭いフリースペースの争奪戦に向かう学生たちでぎゅうぎゅうだ。
階段で行けばよかった……、と後悔してもあとの祭りだ。
10階で降りるという申し訳なさに耐えつつも、エレベーターから抜け出す。
それから図書室の奥にある職員室に隣接している受付へ向かった。
今日、影山先生は学校にいるだろうか。
一応、教務たちのシフトが映し出されている液晶画面で確認した。
受付のすぐ近くにある大きな画面に、目を凝らして先生の名前を探すと――――
「あの」
妙にくっきりと、輪郭を帯びて聞こえた。
決して大きな声ではなかったのに。
反射的に振り返る。
受付の前に立つ、ゲーミングヘッドホンを首に掛けた背の低い青年。
仮面でも被っているのかと疑うほど、不愛想な表情。
すると受付をしている事務の女性がその青年に注意してきた。
「君、新入生? ちゃんと挨拶してから用件を伝えてくださいね」
「あっ、えっと」
青年は受付の上に置かれているアクリル板に目を向けた。
そこには『明るい笑顔で挨拶・はきはきと専攻と学年と名前を言う・分かりやすく用件を伝える』と書かれている。
SEAは即戦力の業界人を育成する専門学校。
特に『挨拶』という社会人としての礼儀をとことん徹底しているのだ。
あの定型文を言えないと対応すらしてもらえない。
青年はアクリル板をガン見しながら、無表情でたどたどしく名乗った。
「えっと、ゲーム学科Eスポーツ実況専攻1年の藤、です」
すごく癒される声だった。
柔らかくてマイナスイオンに溢れる声に、独特な抑揚を持った喋り方。
その硬い表情とは似つかわしくない癒しの声。
とんでもない、既視感を感じた。
「影山先生、いますか?」
「影山先生は今日、学校にはいらっしゃらないですよ」
マジか……影山先生いないんだ。
書類〆切、今日ですよね?
「えっ……どうしよう」
青年は持っていた書類を見つめて呆然とした。
すると事務の女性は察したのか、明るい笑顔で青年に訊ねた。
「もしかして学生寮引っ越しの提出書類ですか?」
「は、はい」
「ああ! じゃあこちらで預かっておきますね。影山先生にも伝えておきます」
「お、お願いします」
青年は事務の女性に引っ越し関係の書類を提出した。
すると頭だけ下げて、怯えたうさぎのような挙動でその場から離れた。
そして、肩で深く息をついた。
「ふぃ~」
確信に変わった瞬間だった。
記憶が、鮮明に蘇った。
「……Rabbyくん?」
「は?」
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