第5話

「興味深い話をありがとう、灰原」


「ず、ずみまぜん……長々と……」


「いや、まさか君をここまで感情的にさせるものがあるとはな」


 すると影山先生は色部さんに話を振った。


「じゃあ色部、君の推しを教えてるか?」


「あたしの推し……推し……そうですね」


 しばらくして、色部さんは普段の落ち着いた態度が一変した。


「あたし、『坂道あさひ』っていうアイドルが好きなんですよ! 小学生の時にオーディション番組で見かけてから、ずっと応援しているんです!」


「坂道あさひ……『Charmuse』のセンターか?」


「そうですっ、その方です!」


 色部さんはオタク特有の早口で、坂道あさひの魅力について語りまくった。


「あさひ様は『アイドルになるべくしてなった』アイドル界のスターなんです! 女優さんと並べられても劣るどころか輝く顔立ちに抜群のスタイル! しかも力強い歌声も、しなやかなダンスも、そこらのアイドルじゃ絶対に真似できません! ナンバーワンにしてオンリーワンなアイドル、それが坂道あさひ様なんです!」


「おぉ……君にそこまで言わせるか」


 影山先生は少し慄いた様子だったが、僕は泣くのも忘れてその熱に飲み込まれた。


 やはりどんな界隈であれ、『推しの力』は絶大だ。


 多くの人たちの心を魅了し、焦がして止まないあの輝き。


 その輝きを前にしてはどんな偉人も、どんな罪人も、ただの奴隷と化してしまうのだ。


「たまにTwitterのトレンドで名前を見かけてはいたが……すごいんだな」


「すごいなんてものじゃありません! なんならもっと語りますよ⁉」


「また今度な。じゃあ、本題に入ろうか」


 まるで僕が落ち着いたのを見計らったかのように、影山先生は話題を変えた。


「これを見てくれるか?」


 そう言って影山先生は、僕たちにホッチキス止めされた資料を手渡してきた。


 一番上の紙に印刷されていた文字は――――『PROJECTぱらいそなた』。


「ぱらい、そなた……?」


 聞いたことがない造語に僕は首を傾げた。


 とりあえず、一枚めくってみる。


 その時―――落雷が頭を貫いた。


 体の奥から湧き上がる驚愕に走り出しそうになる。


 突き動かされるほどの衝動を押し殺す。


 そして見直した。


 もしかしたら僕の夢か、妄想かもしれない。


 それほどにその資料には、夢のような内容が書かれていたのだ。


「……あの、影山先生」


 先に資料に目を通し終えたのか、色部さんが影山先生に問いかけた。


「この『PROJECTぱらいそなた』っていうのは、4年後に開講予定の『Vtuber専攻』の先駆けとして、学生からVtuberを輩出する企画……ということでしょうか?」


「そういうことだ」


「これ、あたしたちに見せて大丈夫なんですか?」


「問題ないから見せてるんだ」


 それはそうだ。


 しかし、どうして僕たちに見せてくれたのだろうか。


 僕たちは入学して1か月も経っていない新入生だ。


「どういうことだ……?」


 僕はぼそりと資料を見つめながら呟いた。


 すると影山先生が僕に満面の笑みを向けてきた。


「灰原尚人、色部美華……Vtuberのプロデューサーになってみないか?」


「…………」


 言葉が飲み込めない。



 ブイチューバーノプロデューサーニナッテミナイカ?



 莫大な情報量の処理に、約十秒。


 顔を俯かせて、膝を見つめる。


 ……これは夢か?

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