第4話

「ひっ……!」


 やばい、完全に失言だった!


 色部さんはサメのような勢いで噛みついてきた。


「三次元って言ったけど、同じ次元で、同じ星で、同じ空の下に推しが生きている以上の幸せなんてないわよ!? ライブ会場に行けば同じ空気を吸えるのよ!? それを心の支えに生きてるオタクだっているのにそんな言われ方される筋合いはないわよっ!!」


 なるほど……確かに一理ある。


 だけど色部さんが続けた言葉に、僕はキレそうになった。


「そもそも二次元のキャラクターしか愛せないなんて、そっちこそ不健全なんじゃないの!?」


「……はい?」


 それは聞き捨てならない。


 売り言葉に買い言葉、この際どっちがオタクとして正しいか決着をつけようじゃないか。


「落ち着け、二人とも」


 僕が言い返そうとした時、影山先生が宥めてきた。


 止めないでくれ!! これはオタクの聖戦なんだ!!


「自分の肌に合わなかったからといって、否定するのか?」


「…………」


 その言葉に僕も色部さんも黙り込む。


 影山先生は続けた。


「君たちは界隈こそ違えど、同じオタクであることに変わりないじゃないか。好きのベクトルが違うからと言って否定しあうのは不毛だし、悲しくないか?」


「……そう、ですね」


 色部さんが先に折れた。


 僕も色部さんに同調するように頷く。


 確かにオタクの在り方にこれこそが正しい! なんてものはない。


 最低限、人に迷惑を書けない範囲内ならば、自分らしくいればいいんだ。


「色部の気持ちは分かった。ただ、灰原にとって、現実のアイドルは肌に合わなかった、ということだろう?」


「そういうことです!」


 そもそも対人恐怖症な僕が、生身の人間に好意を抱けるわけがなかった。


 叔父さんの好きなものを否定する気はないし、むしろ応援している。


 だが、僕にはどうしても合わなかったのだ。


「けど、ある日YouTubeを見てたら、とある切り抜きがおすすめ動画として上がってきたんです。……それが僕の初めて出来た推しとの、Vtuberとの出会いでした」


 叔父さんに『推し活』を教えてもらって、1か月くらい経った真夏日のことだった。


 その人はいわゆる『企業勢』だった。


 Vtuberファンなら誰もが知っている大手企業が運営するグループ所属で、特に注目されていた。


 当時の僕にとって、Vtuberの切り抜きと言えば、「配信中の珍プレー・好プレー」というイメージだった。


 ゲームにはあまり興味がなかったが、僕はその動画に興味をそそられた。


 そのバーチャルライバーが配信中に語ったのは、『レールから外れた人たちの人生』についてだったからだ。


「その人の切り抜きを見て、初めて感動したんです! それこそボロボロ泣くくらいに! 僕、いわゆるお涙ちょうだいな映画とか見てもずっと冷めた目で見てたのに!」


「そんなひどい言い方ないわよね」


「色部」


 ちょっと引いた様子だった色部さんを影山先生が窘める。


「君の心を突き動かすものとやっと出会った、ということだな」


「はい! その人、その配信内で言っていたんですよ!」


「『一度ドロップアウトしたら、過去として残るし、そういう人間に絶対になる。けどそれを傷と捉えるか、経験と捉えるかは別の話だと俺は思う』って……めちゃくちゃカッコよくて……ぐすっ……」


「……灰原?」


 急に鼻水をすすった僕に影山先生は心配したように声をかけてくれた。


 僕は手の甲で目をゴシゴシと擦って、熱で喉の奥が痺れながらも答えた。


「す、すみません……思い出したら……なんか、泣けてきちゃって……!」


「……それだけ影響力が強いんだな。その『彼』は」


 影山先生は安易に心配もせず、静かに頷いてそっとしてくれた。


 僕は縦に何度も頷きながら受け取って、零れ落ちる涙を拭き取った。


 嬉しかった。


 誰かに伝えられた。


 受け入れてもらえた。


 僕の恩人の素晴らしさを。


 僕がここにいられる理由を。


 僕はきっと、何にでもなれる。


 きっと、どこにでも行ける。


 彼らが、Vtuberたちがいれば。

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