第3話
二階のプレゼンテーションルームの手前にある、来校者対応用の白いテーブル。
「急に呼び出して悪いな、二人とも」
座って待っていたのは僕たちの担任、影山先生だ。
不安感で顔が上げられない僕に対して、色部さんは優等生の微笑みを浮かべた。
「いいえ、先生。むしろお気遣いいただきありがとうございます」
こういう時に全く動じない色部さん……一体、どういう心臓をしているのだろうか。
すると色部さんがさっそく本題に入ろうとした。
「ところで先生、ご用はなんでしょうか?」
「まあそう慌てるな。とりあえず座ってくれ」
影山先生に促されて、僕たちは透明な来校者用の椅子に腰かけた。
あぁやばい心臓がバクバクする……!
先生の目が見られない。
心当たりも全くない。
一体、何を言われるんだろうか……。
「灰原、色部」
影山先生は、思わず顔を上げるほど突拍子もない質問をした。
「二人とも、『推し』はいるか?」
……は?
そんなの愚問中の愚問だ。
「はい!! いますッ!!」
椅子から飛び出す勢いの即答。
気付いたらオタクの本能のままに答えていた。
二階中に響き渡るほどの大声に、影山先生は薄く笑みを浮かべた。
「そうか……やっぱり君は面白いな」
「そ、そうですか……?」
「ああ、素直に好きなものを好きだと言える人は少ないからな」
僕もあなたのような理解のある人が担任で本当に良かった。
だが僕には好意を素直に伝えられるほどのコミュ力が備わっていなかった。
「影山先生、質問の意図が分からなかったので説明していただけませんか?」
色部さんが脱線した話を戻すと、影山先生はきょとんとした。
「意図も何も、文字通りだが?」
「文字通り……ですか?」
色部さんは怪訝な声を上げたが、影山先生は続ける。
「ああ、二人の心に潤いをもたらす存在について、教えて欲しいと思ってな」
「……失礼ですが、あたしたちが呼ばれたことと何か関係があるんでしょうか?」
「どうだろうな」
すると影山先生は僕の目を真っ直ぐ見て問いかけてきた。
「灰原、君にとっての推しは誰なんだ?」
そんなもの、考えるまでもない。
「Vtuberです! 企業勢とか、個人勢とか関係なく、Vtuberが大好きです!!」
「ふむ、そのきっかけは?」
もちろんある。僕の人生を決定づけた運命的な出会いが。
僕は現実世界の知り合いに話したことはない、あの時の感動を語り出した。
「僕、小三から中二まで不登校児だったんです。ご存知だと思うんですけど、いわゆるコミュ障じゃないですか、僕って」
「確かにな」
影山先生は薄く苦笑してきた。
当然だ。
直近でも僕は新入生歓迎会の時もとことん参加を渋ったから。
だけど……オタクだったら誰だって怖がるはずだ。
絵に描いたようなパリピ陽キャ集団の中に、たったひとりで投げ出されるなんて。
「人嫌いってわけじゃないんですけど、直接人と関わるのが怖かったんです」
「…………」
「けど中2の夏休みに、見かねた叔父が『推し活』を教えてくれたんです」
「ほう、『推し活』か」
影山先生の目がギラリと輝いたような気がする。
普段なら怯えるだろうその光に、僕は臆することはなかった。
僕はあの時、叔父がくれた言葉をそのまま口にした。
「『いいか、尚人。「推し活」っつーのは、崇高な生き甲斐なんだぜ?』」
「崇高な生き甲斐?」
「はい、叔父が当時の僕に言ってくれたんです」
実際、叔父は周囲のオタ友が認めるほどの『推し活』の達人だ。
仕事を始めとする生活の全てが推しを中心に回っていて、ライブと推しグッズの為に別荘をいくつも抱えているほどだ。
その徹底ぶりから他のオタクたちから崇拝され、Twitterのフォローは十二万人を超えているのだ。
推しの為に現実にも手を抜かない夢追い人。それが僕の叔父だ。
「『お前にも必ず、命を賭しても良いと思える運命の推しに出会える』って言われて、叔父にTwitterやYouTubeを教えてもらいました」
「素敵だな……君の叔父さんは」
「はい!」
僕はハッキリと頷いた。
「まあ、僕はどうしても三次元のアイドルは好きになれなかったんですけど」
「ちょっと! どういうことよッ!?」
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