第2話

【素晴らしいてぇてぇを摂取出来ました、ありがとう……(尊)】


 配信アーカイブについたコメントに、僕はいいねを押した。


 分かってくれる人がいた!


 身が悶えるほど嬉しかった。


 『なないろがたり』。


 大手企業が運営するVtuberグループだ。


 そして昨日は一年ぶりに新人ライバー五名が初配信を行ったのだ!


「……うへへ」


 ぎこちなく口角が上がってしまう。


 だってそうだろう?


 既に新人五名はてぇてぇムーブを発揮しているのだから。


 微笑ましすぎて表情筋が溶ける。


 だけどクラスメイトには気味悪がられているだろう。


 だから、教室の端っこにいるので許してほしい。


 てぇてぇを摂取しなければ冗談抜きで死んでしまう。


 僕はアーカイブのコメントを見ながら、フルーツ味の栄養ゼリーを啜り切った。


 『食べることは生きること』という名言がある。


 その言葉を借りるなら、僕たちVリスナーにとって『推すことは生きること』だ。


 どうか僕たちから生きる糧を取り上げないで欲しい。


 推しが、てぇてぇがなければ、いとも簡単に消えてしまう。


 Ⅴリスナーとは、そんな儚い存在なのだと僕は思う。


 チャイムの音が鳴った。


 もうすぐ昼休みが終わる。


 次の授業は確か、ビジネスツールの授業だ。


 僕はリュックサックを背負って、椅子から立ち上がった。


 教室を出たすぐのところにあるゴミ箱に、ゼリーのゴミを捨てる。


 ビルのような構造のうちの学校には、エレベーターがある。


 だがこの時間帯は各停になってしまうので、階段で五階から三階へ下っていく。


 すると他専攻の学生が感極まった様子で語っていた。


「オレマジで泣いちまったよ~!」


「わっかるー! はぁー、あんな作品作りてぇー!」


 楽しそうに話す学生たちに僕はため息をついた。


 僕は傍観者でいい。


 この学校に入学して、つくづく実感した。


 感謝されてしまったり、認められたりしてしまうのは……苦手だ。


 だから僕は、床や壁になってそっと推しを見守る存在でありたい。


 渋谷エンターテイメント学院、通称『SEA』。


 クリエイターとエンターテイナーを育成する為の専門学校だ。


 『ベスト・プロフェッショナル』をモットーに、創立二十八年間で多くのクリエイターやエンターテイナーを輩出してきた。


 数ある学科のなかで僕が専攻しているのは『マネージャー専攻』。


 芸能界の裏方を目指す人たちが多い専攻……つまり、陽キャが多い。


 社会不適合なオタクの僕には、正直言って居心地がいいとは言い難い環境だ。


 女子の大きく姦しい声が、教室の外からも聞こえてくる。


「ねぇ美華ー、ライブどうだったー?」


 うちのクラスの学生は芸能界を目指しているだけあり、よくアイドルや芸能人の話題を耳にする。


 すると名前を呼ばれた女子学生が自慢げに話し始めた。


「どうだった、なんて愚問だわ。まずはDVDを買って自分の目で確かめることね」


「えぇー!? もったいぶらないで教えてよ美華ー!」


 盗み聞きのつもりはなかったが、彼女の返答に僕は激しく同意することになる。


「あたしはただ、あの感動を前情報なしで味わってほしいだけよ?」


 ほんとそれな。


「うぅっ……そういわれると言い返せないぃー!」


 これが同じVリスナーだったら握手を交わしていただろう。


 だが悲しいことに、彼女と僕では人種が違う。


 僕は彼女、色部美華さんが苦手だ。とても苦手だ。


 あの「あたしはザ・一軍です」感を滲ませている言動が、僕にはたまらなく怖かった。


 僕がこのクラスにおけるカーストで最下位なのは間違いないし、認めている。


 だから彼女の目には入らないだろう。


 するとジーパンのポケットに入れていたスマホが、バイブレーションを起こした。


 画面を確認すると、TwitterやYouTubeの通知ではなかった。


 学校内チャットの通知だった。


 しかも……僕宛てと、もうひとつのメンション。


「えぇ……っ⁉」


 思わず二度見した。


 動揺し過ぎて目が飛び出しそうだ。


『@灰原尚人 @色部美華 至急二階プレゼンテーションルームへ来るように。授業の一時離席は既に橋本先生に伝えてあります』


 内容は簡潔だ。しかし要件について何も書かれていない。


 何か、しでかしてしまっただろうか……どうしようもない不安に駆られる。


 先生、短くていいんです。せめて用件を書いてください。


 とんでもなく心臓に悪いので……。

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