第3話 状況確認をしよう話はそこからだ②

私はわずかながら確かにあったはずの胸のふくらみを探してぺたぺたと自身の胸に触れるが、感じる感触は鍛えられた胸筋の感触であった。落ち着こうと思ってふうとため息を吐くとデュオは私の顔色を窺ってか、やはりロジーを引きはがそうとしていた。そんなデュオを見て、私は首をかしげる。


「別に殴ったりしないから…。だから、ロジーの嫌がることはしなくてもいいんじゃない?」


そう発言すると、デュオのみならずロジーも驚いた様子で此方を見て、その後二人で顔を見合わせた。


「さっきからザイード、おかしくない?」

「ああ。もしかして、はぐれた時に足滑らせて頭打ったとかあるかもしれねえな…」


二人の言葉を聞き私は「え?」とこぼしてしまうが、そこではたりと思考を立ち止まらせる。


そういえば、私は誰でなんでここに居るんだ…?しかも男の身体で…。


私の名前は…?


まず、『ザイード』という名前にはとても馴染みがある。いや、この名前は私の名前であることに違いはない。私は、ザイード・アクラという人間で、19年生きてきた。ちなみに、高校で言うと高校三年生だが年齢をご覧頂くとお判りいただけるだろう。留年している。


以上がこの体の話なのだが、私はザイードであってザイードではない。気がするのではなく、確信をもってそう言える。


私は日本に住んでいた、普通のごくありふれた一般的なOLだった。

普通に働いていて、確か、仕事帰りに…。


「っ…」


そこまで思い出したところで、刺すような頭痛が突如として襲ってくる。ザクザクと脳を何かで刺されているような…いや、ガンガンと。

まるで、警鐘のような頭痛だ。

しかしここで思い出すのをやめてしまったらしばらく思い出せそうにない気がして、必死に思い出そうとする。


そう、確か…確か、暗い夜道で、電信柱も等間隔で少し薄暗くて…夏の日だった。じわじわとしていて…それで…。


それで…?


駄目だ、それ以上は思い出せそうにない。


「(思い出せるのは、私は恋愛漫画が好きで人のコイバナを聞くのも好きで…外に遊びに行くのも好きだったことくらい…?あとどういう人生だったかとかもある程度は思い出せるけど…名前がどうしても、思い出せない…)」


そもそも今の状況はどういうことなのだろうか?

長い夢でも見ているのだろうか?

ザイードとして生きて来たことはしっかりと覚えている。


ザイードとして…。


そこまで思い返したところで、「あっ」と小さく声が出てしまった。なるほど、二人が「頭を打ったのでは?」と疑っているのはそういうことか。


ザイード・アクラという青年は、一言でいうと怖いもの知らずで地元で噂のヤンキーみたいな人間だ。不機嫌になるとすぐ手が出るし、相手のことを推し量る気が無いので暴言も酷かった。ロジーはそんなザイードの強さと顔の良さに惹かれ、好意を抱いている。多分恋愛シュミレーションゲーム的に言うと、ヤンキーで誰にもなびかない一匹狼タイプの色男を攻略したいといったアレである。そういうタイプを落としたい気持ちは、正直わからんでもない。


しかし、ザイードはロジーがまとわりつくことを鬱陶しく感じており、今のように抱き着くと毎回殴って離すか突き飛ばすか振り払うかのどれかで対応をしていた。そのため、デュオはロジーが傷つかないよう気を遣っているというわけだ。


「(ひえ~クズ男…いや自分のことだけど…)」


正直なところ、今私は混乱している。

私は誰なのか?今のこの体の状況はどういうことなのか?


考えられるきっかけとしては、洞窟内の怪物に体の中を触られたことだろう。


それはいい。いや、よくはないが、とりあえずそれはいいとして、何故、一つの身体に二つの魂が入っているのだろう…?それとも、私とザイードは同一人物で怪物に触られたことで私が表に出てきてしまった…?


なにもわからない。


考えられるのは、現代日本で流行っていた異世界転生ものか、異世界召喚もののどちらかだと思う。しかし、体が男である上に「ザイード」として生きて来た記憶がある以上、前者の可能性が非常に高い。


そうなると──。


そこまで考えて、私は小さく頭を振る。考えたくない。この結論だけは到底、受け入れがたい。


それなら、これは長い夢だと思うことにしたい。夢なら、きっといつか覚めるはずだから。


「(それはそれとして、どーうしようかな…振る舞い…)」


腰に抱き着いたままのロジーを見て、なんとなく妹を思い出す。小さい頃はこうやって抱き着いてきてたなあ。そう思いながらロジーの頭を無意識にぽんぽんと撫でた。


「ザッ……?!」

「ん?あー…えーと…丁度いいところに、ほら、手置き場があるなと」

「手置き場」


撫でられたことに赤面しつつも、勢いよく顔を上げるロジーの後ろで、デュオが単語を復唱してくる。やめてくれ、復唱するな。


私は今、ザイードとして話し方を調整しつつも私がストレスを感じない範囲で言葉を選んで話してるんだ…!


私はごほんと咳払いを一つする。


「別に、頭とか打ってねえよ。んなことより、さっさと帰ろうぜ。」

「そうか…?それならいいけど…あー、そういや俺、まだ学校の課題してなかった」

「デュオ、課題とか真面目にしてんの?ウケる」


ロジーが茶化すとデュオはうるせーと言いながら目を泳がせていたので、便乗して私も口を開く。


「デュオは真面目だな」

「ザイードまで…」

「別にからかってるわけじゃねえよ。偉いね、って話」

「え?」

「当たり前を当たり前にこなすことは、当たり前じゃねえからな…」


しみじみと頷きながらそう言えば、二人はやはり顔を見合わせて「やっぱ頭打ってる気がする」とひそひそと話し合っていた。


そして、「まあザイードが帰るなら…」ということでその日は解散することとなったのであったのだが、去り際にロジーが心配そうな顔をしてザイードを見上げて来た。


「ザイード、本当に大丈夫?」

「だから頭は打ってねえって…」

「そうじゃなくって…」


何か言いたげなロジーを見下ろしていると、ロジーは「ううん、なんでもないごめんね」と言ってその場を立ち去って行った。


その小さな後ろ姿を見て私は小首をかしげていた。


そう、その時は。


一つ失念していたのだ。


「ザイード・アクラ」は、ある問題を抱えていることを。





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イケメンだが己のフラグをへし折り恋のキューピッドがしたい 有賀ぁと @arigaaltuto

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