そらからそらに(4/9)

 その日も夕方になると、ぼくはエレベーターへ乗り込んで、屋上へ向かった。更新しているのに、変化がない、トンチみたいになっているおススメメニュー看板をかわして、扉をあけて鈴を鳴らす。

 廊下を進むと、だんだん、町が一望できる一枚ガラスの窓が見えて来る。そして、いつもの席に着く。

 それから、いつものレギュラー珈琲をお願いする。

 そして、なんというか、高確率で、店に入ってから、席に座って注文を告げる前に、彼女から、開口一番、軽度のもてあそびを受ける流がある。

 今日も店に入って、いつもの席へつくと、彼女がやって来てこう言い放った。

「経営難です」

 発表だった。

彼女は、いつものハンサムさを醸し出しているボブカットに、三白眼で発表してくる。化粧も見事で、見慣れたエプロンで身体の前面を覆っている。

 そして、発表だった。

 されても困る発表だった。困難に陥る以外、ルートがないゲームみたいな発表をぶつけてくる。よもや、攻撃にちかい。

 ぼくは適度なコメントをみつけられず、視線をさまよわせた後で「あの、レギュラー珈琲をください」と、いつも通りの注文をして、乗り切ろうとした。

ひとまず、いまは現実を無視して、現実風なことを続けよう、そう決めた。

 注文を受けると彼女はカウンターへ向かう。ふだんと変わらない注文後の反応だった。気になり、くびを、ぬう、と伸ばしてカウンターの方をのぞきこんだけど、素敵な観葉植物とかで死角になっていて、彼女の背中の一部しか見えない。

やがて、珈琲を運んで来て、テーブルの上へ音もなく置く。

それから、いった。

「さあ、のんで一緒にかんがえよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る