そらからそらに(3/9)
ぼくも彼女も高校一年生だった。歳も同じだった。でも、身の状況は大きく違う。
まず、通う高校がちがう。
つのしかさんは、このマンションの近くの高校に通っていた。進学校だった。
ぼくも中学校は家の近くに通っていた。そのためか彼女が通う、その高校には中学校のときの同級生もかなり通っている。近くだし、そうなってとうぜんだった。それに、進学校ということもあってか、中学校の学区外からも、けっこうな生徒が入学している。
つのしかさんとは、中学校で遭遇したことがないので、おそらく、彼女は違う学区の中学校から、あの高校に入学したと予想する。どうしたって、彼女の存在感なら、気づかない方がムズかしい。犬のなかに、猫がいればわかるレベルで気づける。
彼女はその日の学校の授業が終わると、この店へやってきて、開店させる。完璧な化粧をして、エプロンをかける。ハンサムなおかっぱ頭は、店内を歩くと、いつも少しだけ揺れていた。
カフェがある七階の通路には黒板式の立て看板が立ててある。そこには、毎回、本日のおススメが書いてある。筆跡から察するに、本日のおススメは毎日書き替えられていた。
今日のおススメは、レギュラー珈琲。
昨日のおススメも、レギュラー珈琲。
レギュラー珈琲だった、おとといも。
毎回、おススメが同じだった。でも、毎回、ちゃんと書き直している痕跡はある。こちらも毎回、いちおう、おススメを確認するので、立て看板の筆跡鑑定能力も高まってしまった。だから、断言できる、毎回、書いている人は同じだ。
「おススメはおなじなのに、書き直すんだね」
あるとき、ぼくがそう言うと、つのしかさんは丁寧な口調で「それが営業努力というものです」と、答えてきた。「慈善事業ではないので」
淡々とした口調でいったけど、なかなかパンチ力もある回答だった。
いや、回答になってはいない、
そんなやりとりをしつつ、訪れたある日、ぼくは次の日との看板のちがいを確認しようと、スマホで写真を撮ろうとした。証拠を集めることにする。
すると、扉の端から、つのしかさんが顔だけ出していた。
そして、なにもいわない。ずっと、三白眼で、無言のまま見てくる。ぼくがスマホをおさめても、まだ、じっと見てくる。
扉へ近づくと、顔を、ひゅ、っとひっこめた。
後ろにさがると、ひゅ、っとまた顔を出してくる。
とうぜん、ぼくはまた近づく。ひゅ、っとひっこめる。
さがる、また、顔を出してくる。
ああ、店が、暇なんだな。それがよくわかった。
そして、それはかつて、動物園で見たプレーリードッグの動きに近い。
そういえば、いぜん、母は、動物園のプレーリードッグを眺めながら、あの土塚ごと、ぜんぶ連れて帰りたい、とつぶやいていた。持って帰った土塚は、リビングに置く、と。
つかれていたんだろう。
小動物のかわいさに、弱っていたそこを撃ち抜かれたらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます