そらからそらに(2/9)

 そう、それが彼女との初めての出会いだった。

「あれが、われわれの初対決でした」

 しかし、つのしかさん。

彼女側からの話では対決というものにカテゴライズにされていた。おそらく、現時点の我が生涯で、最大値の見解の相違体験だった。

 でも、とりあえず、放っておいた。野放し対処でゆこう。

 で、それはそれとして、そんなはじめて遭遇を経て、はじめて屋上のカフェの中へ足を踏み入れて以来、平日の夕方になると、ぼくは、この屋上のカフェに通うようになった。四階の自宅を出て、エレベーターへ乗り込み、七階のボタンを押す。ぐんぐん、とエレベーターへが上昇して、扉が開て、降りるとすぐに、立て看板が出迎える。

 店へ入る。扉をあけると、鈴が鳴る。

 つのしかさんが店にいる。

 彼女は、高校の授業が終わると、すぐにここに来て店を開くらしい。

 そして、ただ、通いはじめてしばらくは、この店の名前がなんなのか、ずっとわからなかった。どこにも表記していない。店の外も、中も、それとなく探ってみたけど、書いていない。ネットで調べても、この店に関する情報はみつからなかった。

 まかさ、無認可営業なのか。

中途半端な方知識が、その可能性を想像させた。

そこで、ある日ついに、つのしかさんへ訊ねた。

「このお店は、名前とかあるんですか」

「そらから」

「そらから」ぼくはオウム返しにして「そらから、っていうですか」と聞き返した。

 すると、つのしかさんは、三白眼を窓の外へ向けていった。

「そらから、どうした、って感じなのさ」いって、続けた。「じんせい、ってさ」

 少し考えてからぼくは「はあ」と、手ごたえのない返事をしてしまった。

 彼女は、三白眼を向け、つつ、ほくそ笑みを浮かべていた。

 すると、きこえないはずの、彼女の心の声がきこえてくる。

 ほら、ニュアンスでわかるでしょ、ね、ほら、ニュアンスでさ。

みたいな、ふんわりとした同調圧力を仕掛けてきた、そこでぼくは、すぐに屈して「素敵な名前ですね」と、とりあえず、おべっかを使った。

 おそらく、ぼくが十六年間生きてきて、もっとも、安っぽい、おべっかだった。ワゴンセール品級の、おべっかだった。

すると、つのしかさんは「え、素敵なんですか」と、逆にひいた、タチが悪い。しかも「あーあ」と、ぼくを悲しいものを見るように見た。

やっかいな人だった。

その後、とりあえず、ぼくはレギュラー珈琲を注文した。

彼女はお辞儀をして、カウンターへ戻ってゆく。

やがて、ほかほか湯気をくゆらす珈琲を運んで来た彼女は、それをテーブルの上へ静かに置いて「さあ、のんでおちつけ」と言った。

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