第18話 書クコトノ理由

 ワードに書いた感想を、コピーする。そして小説投稿サイトの、コメント欄にペーストする。送信ボタンはまだ押さない。押せない。頭の中で勝手に変換される文字たち。


 押さない。


 推さない。


 幼い。


 長内。


 二つ目は推したいけど、推せないキモチ。三つめは僕の幼さ。そして四つ目は遊び。そういうのが大事であり。ナディアギフォード版の、恋は焦らず、が脳内される。押す。長内。いいや、推すね。ふざけてるのは自分の気持ちがマジっぽくならないように。ふざけてないと本当にストーカーの気分になっちゃいそうで。でも、僕はこの三年間、いつだって何も意識せずに、その人へとメッセージを送ってきたわけであり。何を今になって躊躇うことがあるというのだ。そう思いながら、浮ついた気持ち、ふわふわした気持ちで、送信ボタンを押す僕。送った感想に誤字脱字とか変換ミスはない。時計を見る。二時間二十分。え?と思う。二千文字ちょっとの感想。まあ、長いのだろうけど。でもこの時間は、ちょっと自分で驚く。時間とは常に二種類あり。ベルクソン時間とニュートン時間。物理的な時間、時計の針が示す時間をニュートン時間という。絶対的なものである。そしてベルクソン時間。体感時間のこと。夏休みが短く感じるのも、楽しい時間があっという間に感じるのも、嫌な時間が長く感じるのも、全部がベルクソン時間であり。その人が僕に感じさせたベルクソン時間がこの時間であり。丁寧に、こちらの心を読まれぬように、上から目線にならぬように、でも伝えたいことをしっかりと書いて。その結果がニュートン時間にして二時間二十分。ベルクソン時間であっという間。真夜中の驚き。そして僕は自分の作品を書き始める。その人からの返信を期待しながら。そもそも、その人はもう、ネットの小説投稿サイトにはログインすらしなくなったように見えていたから。ログインしなければ僕のコメントにも気付かない。だから返信よりも、まずは気付いて欲しい。そう思った。気付けばツイッターでまた呟いてくれるだろう、と。僕はその人の呟きを待った。


 自分のことを考える。僕はいつから本を読む側から書く側になったのだろう。正確にはアマチュアであり、素人であり。でも自分のことを素人と思うことは、逃げ道を作ることになると思っている。素人だから、アマチュアだから、今日は書かなくていいだろう。やりたいゲームがあるから。見たいテレビがあるから。書かないと書けないは別物であり。毎日更新は正解ではないと思っていて。書き手には書くペースがあって。週一更新の人に、書くのが遅いっていうことはナンセンスなクレーマーだと思っていて。僕より書くのが速い人やたくさん書く人はいくらでもいると思っていて。それと同じで遅い人も書く量が少ない人も普通にいると思っていて。SNSでは、一日一万字書いた、と誇らしげに呟いている人は多い。原液ちょびっとのカルピスを一万文字で薄められたものより、原液多めの千文字で仕上げたカルピスの方が断然美味しいのと同じであり。その人の、自分の書けるペースを守る、が大事だと思っていて。昔は本当に本を読むことが楽しかったと覚えている。町の図書館から始まって。一週間以内に返却、一回に借りられる本の冊数は十まで。カセットテープやCDは別カウントで。いつも手提げ袋にパンパンに詰めて借りて帰っては読み漁り。学校の図書室でも同じように借りられることを知り。コナン君みたいな物語も当時はすでに、少年探偵ブラウン、って作品があって。ショートストーリーから異変を読み取り、謎を解く。ブラウンは小学生のくせに、百科事典ブラウン、と呼ばれていて。お父さんが警察署の署長であり。難事件が発生すると、夕食の席で、小学生の息子にヒントを求めて。それを解く百科事典ブラウン。そりゃあ面白いはずだ。他にも覚えているのは、裸体の写真が入った本を見つけてはこっそりと借りていたこと。洋書にはそういうラッキーが多く。ラッキースケベの始まりはここだと思っていて。僕が小学六年生の時にものすごいことが起こった。人生で初めてスキーに行くことになった。学校の行事で。その前の日に担任の先生の部屋へ遊びに行った。大学を卒業したばかりのその新米の先生の部屋には本がたくさんあって。僕はたまたまスキー旅行の前日に、悪魔の飽食、を読んでしまい。小学六年生の僕はブルーになった。楽しいはずのスキーも全然楽しくなくなった。頭の中で、人体実験とか怖いことばかり考えて。旅行中、ずっとブルーだった。当時は、楽しいはずの思い出を、時間を返して欲しいと思った。でも本は僕を早く早く大人にしてくれた。昔読んだ本の内容は今でも細かく覚えている。記憶からスッと取り出せる。本は僕を早く大人にしてくれたと表現した。ある外国の作家が書いていた。子供は、自分が思うよりも三年遅く、親が思うよりも三年早く、大人になる。だから言葉って美しいと思う。そしてその人のツイッターアカウントを見続ける日々。あれ?その人のツイートがある日、バズってしまう。

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