第16話 勝チ目ノナイ恋敵

 実はその人に感想やコメントを送るようになって、一度だけ。たった一度だけ。絵文字なしで返信コメントを貰ったことがある。それは相談のようなコメントであり。その人は書きながら迷っていることがある、と。それは自分の強みはなにか、に迷っているそうで。これってかなり難しい質問であって。強み。僕は自分の強みを明確に分かっている。それにあの麻雀の代打ちで有名な桜井氏の言葉にもこうあり。


 得意を伸ばすよりも、不得意を克服した方が、得意も同時に伸びていくことがある。逆はない


 僕は書き手なら自分の苦手を意識して克服した方がいいと思っている。桜井章一氏の考え方は、得意を伸ばすことは楽だから、取り組みも楽しい、でも不得意を克服することは、それなりに努力や辛抱などが必要で、その不得意を克服しようとする日々の取り組みにより、得意も伸びることがある、であり。ちなみにこの言葉はネットにも出てこない。強み。強み、かあ。その質問のログを確認してみる。一年前の日付け。いつもありがとうございます、と文頭に書かれた言葉で、僕はその人にとって、そういう関係にまでなっていたのかと思ってみたり。初対面であったり、その場限りの相手には、いつも、とは書かない。一年前のその人の言葉を考えてみる。その人の長編を四作読んだ今なら分かる気がする。売れるのか、と聞かれたら、売れないと思う、と答えるだろう。今の世の中なら、と、つけ足すけど。その人の書く文章は、今風ではない。今風ではないなら。昔の書き手、それも海外の誰かしらに影響を受けたのだろう、と考える。僕は洋書で育った。その僕が好む書き方。だったら洋書だろう、と。そしてその人のツイッターアカウントをエゴサする。比較的簡単にそれに辿り着く。その人は、千八百年代にイギリスで活躍したあの作家を心酔していた。どうりで。僕は納得する。あの辺の書き手はオンリーワンが多いと思う。洋書は訳者の意図が大事であり。無駄のない、美しい文章を編むのは訳者の技術的なものが大きいと思う。そこで僕の中で閃きが。僕がその人と出会うきっかけとなった作品。つまり、その人のことを、すごいな、と思った最初の作品。そのタイトル。その人が心酔しているイギリスの作家のあるタイトルと似ている。というより、オマージュ。僕は本が読めない。文字が読めない。でも興味を持った。僕はアマゾンでその本を取り寄せることにした。自分の中で、ここまでするのか、と呆れる。ストーカーが本来なら出会わなかった、読むことのなかったであろう海外の洋書を新しく取り寄せる。僕は運がよかった。本来ならば絶版となっているその本を手に入れることが出来たから。古本屋さんからの郵送。色褪せた表紙に分厚い本。これで二千円近い金額。そうそう、これが洋書だ。そして、これが読書だ。実は僕の洋書好きには理由が別にあって。うちの親は貧しかった。そんなうちの親の口癖は、本を読め、だった。図書館なら無料で借りられるから。田舎から東京に出てきた僕。一人暮らしは貧しさとの同居であり。分厚い洋書をジーパンのポケットに入れて生活していた。バイト先で僕は珍しがられた。休憩室でジーパンから取り出した分厚い洋書を繰り返し読む毎日。休憩室のジュースの自販機に百円は入れたくない。でも本は金がかからない。飽きたら古本屋さんでまた分厚い洋書が百円で買えるから。でも表紙がハードカバーのものは千円を超えるのが普通であり。アマゾンで取り寄せた洋書を眺めていたらそんなことを思いだし。そしてページを捲る。僕は驚く。その人との出会いとなった作品。それはそのイギリスの作家へのラブレターに似ていた。自分が好きな作家の影響を受けることはよくあると思う。その人が書いた作品は、モノマネではなく、その偉大なる文豪のクセを自己流にアレンジして身に着けたその人が綴る、ラブレター。そりゃあ上手いはずだよ、と僕は肩を落とす。僕の恋敵はイギリスの文豪だ。そして、その人のことを恋焦がれたから身についた文章。モンスターの正体はあるイギリスの文豪が生み出した、いや、正確には、その文豪に出会い、強く恋焦がれ、自己流に自分の文章へとそれを消化したその人。強みに迷うだって?僕は力なく笑う。とんでもない。その人は強いはずだ。だって、あの文豪が残したものをあそこまで自分のものにしているんだから。僕の嫉妬はその人へのものから、もう生きていないイギリスの百年以上前に活躍された文豪へと移る。死人には勝てない、バナナフィッシュのアッシュがいなくなった時代での言葉。正確には、想い出と戦っても勝ち目はない。僕の恋はここにきて急展開を見せている。

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