第15話 恋デハナク、アキラメルノカ?

 もし好きな人がアイドルだったら。


 歌が上手い、とか、かわいい、とか、言う。そう思うし、普通に言える。


 もし好きな人が陸上の長距離ランナーだったら。


 走っている姿が輝いている、と言う。自然と言えると思う。


 もし好きな人が料理の先生だったら。


 手料理が美味しい、と言う。


 もし好きな人がレジの人だったら。


 かわいい、と言う。


 でもその人は小説家志望の書き手であり。そして、書き手に、文章が美しい、とか、物語が素敵、とか言うことは確かに嬉しいと思う。評価してくれれば嬉しいものだと思う。でも書き手だけは、それを好きの理由に出来ない。アイドルに、かわいいから好きになった、はアリだ。歌手に、声が好きになった、もアリだ。スポーツ選手に、頑張っている姿を見ていて好きになった、もアリだ。料理家に、料理が美味しいから好きになった、もアリだ。でも、書き手に、文章が素敵だから好きになった、はナシだと思う。作品が先か、気持ちが先か。そういう話になると思う。事実として僕は、その人のことを、文章が上手いな、と思いながら、異性として意識するまでに三年近くの時が掛かったこともあり。でも矛盾が僕を責める。キモチがお前の目に色を付けている、と。そういわれると反論の言葉がない。何を言っても言い訳になる。


 アキラメルノカ?


 そんな日々を送る。でもその人のツイッターアカウントをエゴサすることは欠かさない。こうなるともう、只のストーカーであり。自分に対して責める言葉ばかりが頭を過って。


 ドン・キホーテはドン・キホーテでしかない


 顔も知らない相手を好きになるって無理がある


 幻を見ているだけ


 意気地なし


 根性なし


 諦める理由を探す日々。でも自分を責める気持ちが頭を過るってことは、僕の本能が諦めることを許してないわけであり。僕は自分の気持ちをしっかりと確かめるために、その人の書いた、僕のまだ読んでいない長編を読むことにした。二つの小説投稿サイトにそれぞれ一作品ずつ。十万文字を超える長編が。僕は文字が、本が読めない。だけど十万文字を超える物語をこれから二作読む。どれぐらいの時間がかかるんだろう。自分の作品を書く時間のことを考えたり。でも僕は自分の作品を書くのに一作品、一日一時間と決めていて。二作なら二時間。だったら作品を読む時間ぐらい確保できるだろうと思い。僕が本を読まない理由は食わず嫌いなのかもしれない。だって時間は作れるんだから。文字が、本が読めないのなら、時間を決めて、一日一ページでも読めばいい。そんなことを考えながら、その人の書いた長編を手に取る。そして読む。読み始めると感じる。


 分かる。これは彼女が書いた物語だ


 文章のクセ、文章のカロリー、比喩的表現。リアルのその人の生活は知らない。でも、物語での登場人物、その人が書くキャラクターはすべてその人の一部のように感じる。性格の悪いキャラもその人の一部であり。キュンキュンするような乙女もその人の一部であり。恋にだらしないキャラもその人の一部であり。読み始めると不思議なもので。贔屓目とか考えなくなり。誤字脱字には敏感に反応する。ん?ここの表現は?僕だったら、にも反応する。変換ミスも見逃さない。てにをはミスにも反応する。読みながら、プリントアウトして、赤いボールペンでチェックを入れながら読みたいなあ、とか思う。褒める以外は伝えない?とんでもない。文章に、物語に真摯に向き合えば、逆に許してはいけない、見逃してはいけないことが多くなる。今の僕は、その人に対して、厳しくなっている。ハードルを上げて読んでいる。それはやっぱり、出会いのきっかけとなった作品と、二次選考を突破できなかったあの作品を僕は読んでいたからであり。あのレベルの作品を書ききった事実。その人は書き手としてものすごくレベルが高い。僕には分かる。気を抜けば、簡単に抜かれてしまうのがこの世界であり。今、僕が読んでいるその人の作品は、かなり昔に書かれた作品であり。その分、粗さが目立つ。でも、時折、やっぱり光を放つ。部分的に思う。このページを書けるんならそれだけで才能だと思ったり。あ、ここは明らかに逃げた、こういうシーンを書くのは苦手なのかなあ、とか。その人のテクニック。その原点はこういうところか、とか。本が読めない僕がページを捲っていく。これは恋デハナク、サイノウだ。モンスターはまだまだ眠っている。

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