第9話 恋ヲ詠む、才ヲ知ル
よ・む【読む/詠む】
読み方:よむ
1 文字で書かれたものを一字一字声に出して言う。「子供に本をー・んでやる」「経をー・む」
2 文字や文章、図などを見て、その意味・内容を理解する。「小説をー・む」「グラフから業績をー・む」
3 外面を見て、その隠された意味や将来などを推察する。「手の内をー・む」「来春の流行をー・む」
4 (「訓む」とも書く)字音を訓で表す。漢字を訓読する。「春をはるとー・む」
5 数をかぞえる。「票をー・む」「さばをー・む」
6 (ふつう「詠む」と書く)詩歌を作る。「歌をー・む」「秋の風物をー・む」
7 囲碁・将棋で、先の手を考える。「一〇手先までー・む」
8 講釈師が演じる。「一席―・む」
〔可能〕よめる
僕がその人の作品を読んで感じていたこと。文章力は高い。独特の輝く表現が書ける。他に書けないような言葉を綴る。そして宿題となる部分。それは、エンタ要素が少ない、だ。その人の作品はどうしても文字の美しさで読ませるものが多い。だからたまに物語で読ませてくる作品はどうしても読んでいて、エンタが足りない、と感じてしまう。でもそれをその人には伝えていない。それを伝えると僕は何様だとなる、と思う。だから伝えていない。書き手にはそれぞれ方向性があって。目指すものや長年書くことで培った、身に着けた書き方。それを否定することになりかねないから。読み手としてその人の作品を読んでも減点方式で評価すれば大きな減点要素はない。あとは足し算。積み重ね。エンタの面白さをその人が必要だと思えば。それはまた自然と身につくものだと思っていて。その人が一次選考を人生で初めて突破したという作品。お互いに利用しているサイトには載っていない。でもネット小説投稿サイトのコンクールなのは知っていた。ツイッターで確認する。その人は別のサイトでアカウントを作っていた。ペンネームは同じで。自己紹介文、プロフィールもまったく同じ。アイコンまで同じ。そういうのに時間をかける暇があれば僕だって書く方を優先させる。だから納得。そして初めて、正確には最初のその人との出会いとなった作品に続いて二作目となるその人の長編。実はその人の長編は何度か読んでみようとチャレンジしたことがあったのも事実であり。でも僕には最後まで辿り着くことが出来なかった。出会いのきっかけとなった最初の長編でも最後まで読むべきだった。でもそれはとてもカロリーを消費することであり。その人の文章はカロリーが高い。一ページ読むのに一時間以上かかる。だからいつも後回しにしてきたわけであり。その人を異性として意識していたら読んでいたかもだけど。結局読んでいないことがその人に対する僕の意識を表しており。そんな中、その人の新作を手に取る。目次を読む。そこで僕は驚く。あらすじだけでとても斬新な設定。このアイデアは新しい。多分誰も書いていない。僕はすぐにネットに文字を打ち込む。似たような設定の小説が既に世に出ているかを確認する。ない。この物語のアイデアはその人のものだ、と思った。あとはその期待に沿った物語を最後まで書けているか、だ。僕は読む。カロリーは高いけどいつものような重さを感じない。文章の脂肪がいい感じで少ないのだ。これなら頭に文字が入ってくる。読める。スラスラと。目次によると十万文字ちょっとの作品で全三十五ページ。初日で五ページ読む。このペースなら一週間で読める。その人の書いた新しい恋愛小説。これはエンタだ。原液のままグビグビと飲めるカルピスのような感じ。いつもならゆっくりと時間をかけて読ませるその人の文章。でも斬新なエンタが加わるだけでここまでページを捲らされるのか。読んでいて登場人物に感情移入する。いつもの甘々な理想的な少女漫画のような物語ではない。僕は、#切ない、とか、#泣ける、というハッシュタグが嫌いだ。自分で言うな、どの口が言う、とか思うもん。でもこの作品はとても切ない。だって設定がすでに反則のような設定だったから。ページを捲りながらその人を応援する気持ちが加速する。頑張れ、頑張れ、と。我が子のピアノの発表会での演奏を見守る親の心境のような。僕に応援される必要なんかない。今、その人の文字は華麗に舞っている。楽しそうに加速するのが分かる。金メダルを毎回取るようなアイスフィギュアの選手が笑顔で世界を表現するように。誰が読んでもこれは切ない。僕の涙腺が刺激される。今のその人は一流の小説家だ。ページを捲るのが止まらない。僕は結局四日で十万文字を超える物語を読み切った。これは全米が泣く。そう思った。それと同時に沸き起こる敗北感。でもその敗北感はこれまで僕が考えるようなものとはちょっと違って。
その人に負けたなら納得できる敗北感
そして思う。
何故?なんで?この作品のレベル、なんで二次選考に残らないの?
その人の心の声が聞こえた気になる。小説の審査に明確な点数などない。僕も汚い裏側を何度か見てきた。
小説のコンテスト、公募に原稿を送るということは、一年の積み重ねが一秒で崩れ去る、そういうものだと思っている。その結果を受け止める怖さを僕は知っている。その人の自分ではコントロール出来ないことへの無力さとか怒りとか。悲しみも。すべて一人で受け止めているのだろう。その時初めてその人に対して思った。
僕に出来ることはないのだろうか、と。
そして僕はその作品に長文で感想を送ることにした。今思えばその人に恋をしたのがこの時だったと思う。正確には、その人のことを女性として意識したと言った方が正しい。この気持ちを、ほっとけないと思う僕の心を恋と呼ぶのか僕には分からなかったから。
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