第8話 僕ノキモチ。心ヲ詠ム

 そしてなんとなく僕のペンネームはその人に覚えてもらうことが出来て。でもその間も僕はその人を異性として意識したことはなくて。僕には僕が認めているネットで出会った書き手とたまに交流を持つことがあり。たかされさんなんかは才能の塊のクセに病んでることが多く。だから背中をビシッと叩いた方がいいのかなって時にはふざけながら自信が出るような言葉をかける。メッセージを送る。たかされさんに必要なのは自信が一番だと思うから。でもたかされさんは男性であり。その人は女性だから。気軽に背中をビシッと叩くようなことは出来ない。だから少し柔らかく、自分にもっと自信を持って欲しいと遠回りに伝えるような感想を書く。ここで書き手として。感想やレビューは書き手のレベルが問われる。曖昧な、あとがきだけを読んで書いたような、短いものは逆に失礼だと思う。書き手の意思とは違って、本当はそうじゃないんだけど、ってな感想を貰っても長文なら気持ちはすごく伝わる。一生懸命読んでどう思ったか、読後はどうだったか、気になる点はあったか。それらを伝えることが大事だと思う。だから百点満点、褒めまくりなのは褒め殺しのようで額面通りには受け取れないと思う。それでも百点満点をつけるとして。どういう理由で百点満点だったかを文字で、文章で書くのが小説家であり。その人の作品には僕の中では当たりとハズレがあって。ハズレと言っても普通だったの意味であり。当たりはホームラン級の表現が一つでもあった時であり。書き手として、純文学を書くものとしてはホームラン級の表現が書ければその作品を書いた意味は確実にあると思っていて。僕は思ったことをそのまま書いてその人へと送り。あれ?と思った時はあれ?と思いましたと送り。よかったと思った時は具体的にこの部分のこの表現がよかったと書いて送り。自分でもなんでこんなことをしてるんだろうと思ったりもして。それは異性としてではなく。書き手としてであり。気になってる他の書き手さんにだって送るし。ネット小説投稿サイトで書くようになった僕が迎合しない、から、切磋琢磨できる相手と更なる高みを目指す意味でそういうことをするようになったわけであり。


 そんなこんなでその人と出会ってから三年。事件が起こる。


 その人は初めて賞レースで一次選考を突破した。僕はそれをツイッターでたまたま知った。久しぶりにその人のアカウントを確認したら前日の呟きで。作品の文章とは全然別人のような言葉遣いで自分の喜びを表現していて。でもその呟きには誰も、いいね、を押してなくて。当然RTもされてなくて。僕は悩んだ。そして僕のアカウント、といっても創作アカウントではない普通の日常アカウントでメッセージを送り、いいね、を押した。するとすぐにその人から僕のリプに、いいね、が押され。メッセージの返事も送られてきた。敬語で僕の祝福のメッセージへのお礼の言葉を。なんだろう。この感じ。僕はデジャブのような感覚を持った。どこかで同じようなことを…。でもそれを特に気にはせずに。ただただその人の結果を願った。でも心の中では二つのことを考えていて。一つは、あのレベルの文章がプロの編集の誰かしらの目に留まったのだから最終選考には残るだろう、という考えと、ライバルたちの作品のタイトルを見たら長文タイトルが、いいものじゃなく売れるものが最後には受けるんじゃあ、という考え。でも心の底では前者の考えの方が強くて。それは同じような作風の自分が報われたいと思う気持ちもあったのも事実であり。受賞に至らなくてもプロの編集の目に留まったのなら遅かれ早かれ世には出るんだろうな、と思っていて。でも結果は一か月ぐらいで出て。その人の作品は二次選考では残らなかった。嘘だろ、と思った。ちょうどその賞レースでその人が人生で初めて一次選考を突破したという呟きをした頃から、僕はその人の呟きを定期的に見るようになって。自分の中で、これは…、やってることはストーカーと変わらないんじゃ、とか思っては、いやいや、鍵のかけてないアカウントの呟きを見るぐらいは誰でもやるでしょ、と自分に言い訳しながらの日々を過ごし。その人の呟きをリアルタイムで見るようになって気付いたこと。その人は僕の想像以上に小説家として世に出たいと思っていて。僕は軽はずみにその人へ近付きすぎたのかなあ、と自分を責めたり。自分を責めることで自分を正当化したつもりになったり。だから僕は自分の気持ちを確かめるために、その人の長編、新作である賞レースの二次選考で落選した作品を読んでみようと思ったのだ。そこで僕は恋を詠むことになる。

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