第2話 恋ヲ読ム 二

 僕のことを少し書きたい。僕はもう好きな人と結婚をして。十年以上も結婚生活を送ってきたわけで。時事系列は大事であり。僕がその人の作品に出会ったその時、つまり三年前はまだ既婚者であったわけで。だからその人の作品を単純に、いい文章を書くなあ、ぐらいにしか意識してなかったのだろう。多分。僕の奥さんは本を読まない人だった。過去形で書いたことでピンとくると思う。僕は一年前に妻と離婚した。指を折って数えてみる。十六年だ。結婚して十六年で離婚。その時はそう思ったことはなかったけど振り返ってみると我ながら頑張ったと思う。不貞行為もしなかったしそれが当たり前だと思っていた。お互いに言い分はあると思う。でも僕の方で自分の言い分だけを書くことはずるいことだと思うから書かない。もう終わったことでもあり。言いたくないって気持ちの方が強いから。

 僕は長い間、紙での投稿を繰り返していた。え、小説の話。書いては送って一次落ちの繰り返し。リアルで小説を書いていることは人に言ってない。でも郵便局の人にはバレてる。原稿を出版社に送るには郵送で送るから。今はメールに作品を添付して送る時代だけど、ちょっと前まではそうだった。読まれない小説を書き続けることはある意味修行に近い。悶々と、コツコツと、そしてカタカタと。時間をかけてキーボードを打ち続ける。これでいいのかなあ、とか、これは絶対に受ける、とか、どうせまたダメなんだろうなあ、とか。負の感情とポジティブ思考の繰り返しで部屋の中で一人、明るい未来が見えなくてえんえん泣いたり、グフフと気持ち悪く笑うのが小説家志望という生き物であり。才能があるとか努力したとかは成功者の後付けみたいなものであり。発言権のない僕みたいなものの意見は誰も聞かない。耳を傾けない。だから自分の中で消化するしかない。僕みたいな存在に許されることは夢を見ることだけであり。郵便局の人の何気ない、頑張ってますね、って言葉にすごく救われた気持ちになったり。そういうバックボーンがあったからネットで自分の書いた作品を公開できる環境にいろいろと自問自答することも最初は多かった。


 僕は迎合したのかなあ。


 ネットに自分の作品を上げるようになったのが同じように三年前であり。それまでに紙の応募で落選した作品をちょこちょこと上げては誰かに読んでもらおうと思ったり。読んだ人が感想をくれないかと期待してみたり。どこかの出版社の編集さんの目に留まって思わぬところからお声が掛かるかもとか期待したり。でもそんな気持ちも今ではすっかりなくなってしまって。人は期待するから落ち込む。だったら期待しない方が楽だ、と。

 僕の強みは皮肉にも読書量が少ないということだ。本を今ではほとんど読めない。文字が読めない。こう書くと、そんな人が小説家にはなれんだろう、と思われるかもだけど。その分、若い頃に読んだ本の内容を誰よりも覚えている自信はあって。だから僕はインプットをしない。今の僕は映画も一本見るのが億劫に感じるし。漫画ですら読むのが苦痛になることがある。子供の頃にあれだけ熱中したテレビゲームでさえも大人になった今は面白いと感じられない。今のゲームはすごいよと言われると、そうなんですか、としか言えなくて。それよりも僕は他のことに興味を持つようになり。SNSで口喧嘩をしている人を見て、不毛だなあ、と思いながらその理由を想像し。街に出てもそうだ。ほんの些細なところに喜怒哀楽は溢れていて。行列の長いレジで待たされていると前の人がいざ自分の順番になった時にチクリと嫌味なことをレジの人に言ったり。右折待ちが渋滞の交差点で、ものすごい台数の真面目に並んで待っている車を追い抜いて先頭近くでウィンカーを出して後ろの迷惑関係なしに割り込んでいる人を見たり。初めての薬局でいろんなスマホのアプリを勧められ、時代なのかと思いながら帰り道を歩いていると小三ぐらいのランドセルを背負った眼鏡の女の子が、ハリーポッターの分厚い本を読みながら歩いているのを見たら、あんな小さい子があんな分厚い本に夢中になって、捨てたもんじゃないなあ、とか思ったり。物語を書くということは理由を書くことだ。小さな時計だってものすごい数の部品が嚙み合って正確な時間を示すわけであり。人の心だって同じだと思う。たくさんの理由にひとつひとつ理由があり。それが噛み合って行動する。判断する。僕にとって物語を書くということはそういうことなのだ。僕がその人を気にするようになったのにも必ず理由があると思う。

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