第五話 長官……拒否!?
ドロスたち研究員は、俺と師匠のお別れの時間を作ってくれた。
師匠は死んでもなお穏やかで、久しぶりに戻った俺を優しく出迎えてくれているようだった。
お別れの時間の後、俺と研究員たちは国王の待つ王宮本殿に向かった。占術庁長官が決定したという報告のためだ。
みんなで真っ黒なローブを纏い、俺を先頭にしてぞろぞろ歩いていく様は端から見たら奇妙極まりないものだろう。
さて、占術庁以外の長官——例えば教育庁や防衛庁などの長官は、国王の側近らが選ぶ形式になっている。しかし占術庁だけは特別で、占術庁の中で勝手に決める方式になっている。理由は知らないが、それだけ権力があるということの証拠に他ならない。
報告はごくわずかな時間で終わる予定だった。
まあ、偉そうに座っている頭頂部が淋しくなった国王に向かって俺が長官になりますって宣言するだけだし、数日後に任命式があるから今日はその前座ってだけだし、国王側に拒否権などないのだから当然といえば当然である。
そのはずなのに、なぜか国王が首を傾げた。
「ベルク……。はて、どこかでその名を聞いたことがあるような気がするな」
国王がそう言うと、隣に立っている痩せ細った側近の男がそっと耳打ちする。
その後、国王の顔つきが変化した。なぜか俺を睨んでくる。
そして、強い口調でこう言い放った。
「貴様に占術庁長官を任せるわけにはいかん」
「は?」
理解不能である。拒否権がない国王がなぜ拒否するのか。
俺たちは、この王宮本殿に許可をとりに来たわけじゃない。ただ報告をしに来たのだ。
報告に拒否も何もないだろう。この国王はバカなのか?
俺の後ろにいる占術庁の研究員たちがざわついた。みんな、国王のやっていることに理解ができていないのだ。
「なぜです?」
俺が落ち着き払った声で回答を求めると、国王は「ふん」と鼻を鳴らした。
「昨日、チャンが率いるパーティーがダンジョン攻略に失敗した」
「え? 失敗?」
俺がダンジョンから出た後、三人で仲良く『お楽しみ』をしたあと、ダンジョン攻略をしたと思ったのだが。
「サイクロプスの群れに襲われて、命からがらダンジョンから脱出した。今は三人とも治療院で手当を受けておる。それなのに貴様は先に逃げたそうじゃな?」
サイクロプスか。一体でも非常に強力なモンスターだ。群れとなると確かに苦戦してもおかしくないな。
西方向は危険だと言ったはずなんだが。
「逃げた? 俺はクビになったんです。ダンジョンの中でチャンにクビを言い渡されて」
「そんなことはどうでもよいわ。チャンの経歴に傷がついたということは、ワシの顔に泥を塗ったということじゃ。あれはワシの依頼なんじゃからな」
そう、国王の依頼。
占い師の俺があのパーティーに入ったのは、国王から依頼を受けたからだ。
今から約一年前、『国王の友人の息子であるチャンが立派なブレイカーになれるように占いの力を貸してくれ』という職権濫用も甚だしい内容の依頼が占術庁に舞い込んできた。
職権濫用自体は特に問題ないが、その内容には占術庁の研究員も頭を抱えた。
「待ってください」ドロスが俺の一歩前に出てきた。
「我々はあなたがたに再三説明したはずです。役に立てるか分からないと。占いで秘めた可能性を引き出すことは出来ないことはないが、必ずできるとは約束できないと」
ドロスの言う通り、占術庁はきちんと説明している。それどころか二回も依頼の拒否をしている。
それでも最終的に依頼を受けることになった。
なぜなら——。
「それでもチャンが我々に頭を下げて頼みに来たから、考え直したんです」
二回の拒否の後、占術庁にチャンがやってきて、頭を下げてきた。そのころのチャンはD級ブレイカーで燻っており、どうにかしてブレイカーとして名を上げたかったらしい。
そんな彼の熱意に、俺たち占術庁は負けた。
「我々の師匠——前長官が、ベルクの見識を広げてくれるやもしれんと仰ったから依頼を仕方なく受けたんです」
「どのような経緯にせよ、依頼を受けたからには完遂するのが当然ではないかね。途中で放り出すような者に長官の名を与えるわけにはいかん」
何言ってんだこの国王。
俺は放り出された側だ。
それに、あんたに拒否権はねえっての。
ドロスが頭を抱えてこちらを見た。何を言っても通じないって顔だ。
俺も困った顔をしてみせる。すると、今度はセーネが前に出てきた。
「国王殿は間違っています。チャンさんが立派なブレイカーになるように力を貸してほしいというのが、依頼の内容だったはずです。ベルクさんがチャンさんと組んだ後、チャンさんはS+級にまでなっています。これはミッションクリアと言えるのではないでしょうか」
「それが占いの力だという証明はできんじゃろう」
「占いで相性のいいパーティーメンバーを揃えて、占いで行動決定をして能力上昇をしています。数年D級だったチャンさんが、たった一年でS+級に上がっているのです。むしろ占いの力が無関係と言い張るほうが難しいんじゃないでしょうか」
セーネが精一杯に擁護してくれている。俺はその姿を見て、目頭が熱くなった。
占術庁を出てから、セーネには一度も会っていない。なのに俺のことを知っていてくれている。ということは俺のことを気にかけて調べてくれていたのだろう。その事実がとても嬉しい。
「そうだとしても、結局ダンジョン攻略には失敗し、痛手を負う結果になったんじゃ。やはり貴様を長官にするわけにはいかぬ」
かわいい女の子の反論にも屈しない国王。
それにしても言ってることが無茶苦茶すぎる。どうしても俺を無能扱いにして、友人の息子であるチャンを擁護したいらしい。友人というのがどういう人なのか、俺はまったく知らないが、国王にとっては大切な人のようだ。こっちにとってはとんだ迷惑だが。
セーネもこちらに顔を向けた。その表情は困惑と怒りが入り混じったような、なんともいえないものだった。こいつダメだ、と顔に書いてる。
そろそろ俺自身も言い返さないといけない。みんなに助けてもらってばかりでは申し訳ない。
「そちらがどう言おうと、このベルクが長官になります。これは占術庁の決定です」
「ダメだ。認めん」
だから拒否権はないってのに。
どうやってこの場を収めようか、皆目見当がつかない。
そうやってしばらく、俺たち占術庁側と国王側が睨み合っていると、バン! と後ろの方で扉が開く音がした。
これが転換点だった。
「ま、待て! 勝手に入るな!」
後ろの方が騒がしい。制止をする男の声と、こちらに向かってドタドタと走ってくる音が聞こえた。
その音のする方に目を向ける。
すると、見知った顔が現れた。
「おじさーん!」
ところどころ破れた服で、胸をバルンバルンと揺らしながら、一人の女が走ってくる。その後ろを数人の警備兵が追いかけていた。
「おお、イール!」
女を見て国王が言う。
そう。女の方は、俺と一夜を明かした(気絶していただけだが)イール・ウォルクスだった。
イールは俺たちなどいないかのように、国王の元へと走っていった。そして偉そうに座っている国王に抱きつく。
「合格したよ! ブレイカーになれたよ!」
「おおそうか! それは良かった」
なんか親しそうに話しているイールと国王。イールは嬉しそうに抱きついているし、国王はさっきまで俺たちを睨んでいたのに、デレデレした顔になっている。
二人が知り合いとかいうレベルじゃないのは誰の目から見ても分かった。
そして、ブレイカー試験に受かったということも判明した。
しかし、二人の関係性はよく分からない。ベタベタ具合が半端ない。イールは国王に顔をすりすりしてるし、国王のほうはデレデレを超えて絶頂顔だ。気持ち悪い。
「ねーねー、ご褒美ちょーだい!」
「もちろんじゃ。なんでもやるぞい」
「なんでも⁉︎ どうしよっかなー。んーっとねー」
ご褒美が確定したイールはアゴに手を当てて「うーん」と考えながら、上とか横とか周囲を見渡した挙句、
「あっ! 先生!」
と俺の存在に気づいた。俺が返事をする前に、イールが俺の方へ走ってくる。
「先生!」
「おわっぷ!」
抱きついてくるイール。知り合いにはとりあえず抱きつくのがイール流の挨拶なのだろうか。
てか、胸が……当たってるとかいうレベルじゃない。密着してる。俺の胸とイールのデカ乳が一体になっている。柔らかい。気持ちいい。
「先生のおかげで合格しました!」
「そ、そうか。良かったね」
絶頂顔にならないように顔を作っている俺は、国王、ドロス、セーネ、その他大人数の視線が俺に突き刺さっていることに気がついた。
俺はイールの肩に手を置いて、引き離すフリだけした。
「国王と知り合いだったのか?」
「親戚のおじさんですよ?」
「まさかブレイカーに賛成してるおじさんって……」
「あそこに座ってるハゲおじさんです」
と国王を指差した。
「マジか」
まさか王族だとは思っても見なかった。そんな風格があるようには見えないし、言っちゃ悪いが躾もなっていない。
「先生はこんなところで何をしてるんですか?」
「俺は占術庁長官の就任報告をしに……」
「すっごーい! 占術庁で一番偉い人になっちゃうんですか⁉︎」
「そのはずだったんだけど、今ちょっと揉めててね」
「どうしてです? すっごく占い当たるのに!」
俺に抱きついたままのイールが国王の方に顔を向けた。国王はなぜか身体をビクッとさせる。
「ねえどうしてなの、ハゲおじさーん⁉︎」
「も、揉めとらんよ。それよりイール、ベルクとはどんな関係なんじゃ?」
「昨日占ってもらったの。なんでも当てられてびっくりしたんだから! それより先生が長官ってことでいいの? ハゲおじさん」
「もちろんじゃ。ベルクを長官として認めておる!」
国王があっさりと手のひらを返した。イールに弱みでも握られてるのか、ハゲおじさん?
「よかった! あ、そうだ。欲しいご褒美決まったよ! 先生との結婚を認めてほしいの!」
「「「ええええええっ⁉︎」」」
俺とイール以外の一同が驚愕の声を出す。
俺もイールの勝手な要望に驚愕はしていたのだが、声は出さなかった。
いや、出せなかった。
なぜなら。
「んちゅっ」
イールが俺に口付けしていたからだ。
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