第四話 占術庁長官の推薦を受ける
「ごっめんなさい!」
深く頭を下げるイール。
「いや、全然気にしてないから」
俺は彼女を宥める。
昨日気絶をした俺だったが、イールも気絶をしていたようで、俺が朝起きると下着姿のイールが俺の身体の上に乗っかっていた。
現在、宿屋の一室のど真ん中でイールが頭を下げているのはこのことについてだった。つまり俺を気絶させてしまい、その上一晩中俺の上に乗っかってすぅすぅと寝息を立てていたことに対して謝っているのである。
しかしどこに謝る要素があるだろうか。彼女のおかげで俺は至福の時を過ごせたというのに。
「いえいえ、一生懸命に占ってくれた先生に対して、すっごく失礼なことをしてしまいました!」
いつ俺が一生懸命に占ったのか記憶にないが、イールにはそう見えたようだし、そういうことにしておこう。
ちなみに今もまだイールは下着姿である。下着を見せることに羞恥心とかないのだろうか。
「いや、本当に気にしてないから。それより早く出発しないと試験に間に合わないんじゃないか?」
「ああっ! そうだ試験があるんでした。先生、私絶対にブレイカーになって見せます!」
「ああ、頑張って」
俺が返事をすると、イールがニコッと笑った。
この時、俺は思った。
パーティーをクビになっていなければ、イールと会うこともなかったし、女の子と相部屋になることもなかった。イールの下着姿を見ることもなかったし、笑顔を見ることもなかった。
チャンからクビ宣告を受けた時はかなり腹が立ったし、同時に落ち込んだけど、今はむしろ感謝しなければならないかもしれない。
俺がチャンに感謝している間、イールは服を着ようとしていた。替えの服を持ってきていないのかまたボロボロの服を着ようとしている。
女の子が服を着るところをまじまじと見るのは失礼だとは思ったが、どうしても目に映ってしまう。
すると、彼女の腕の一部が若干赤くなっていることに気づいた。右肘の少し上のあたりだ。
俺は服を着ようとするイールの腕を掴んで止める。
「ひゃっ!」
驚くイール。まあ当然だろう。
俺は彼女の腕の赤くなっている部分を手でさすって訊いた。
「これ、どうしたんだ?」
「え? ああこれは多分どこかでぶつけたんだと思います」
「痛むか?」
「ちょっと痛みますけど、そんな大したことないですよ?」
「いや、放っておくのはよくない。ちょっと待ってろ」
俺は自分のカバンの中を漁り、小さめの水晶を取り出した。
そしてその水晶を、自分の服を掴んだまま不思議そうにしているイールの怪我をした部分に当てる。
「つめたっ」
「悪いがちょっと我慢してくれ。簡単な治療をするから」
「ひゃ、ひゃいっ」
俺は水晶を患部に当てたり、離したりを繰り返す。
即効性があるわけでもないし、完全に治癒ができるわけでもないが、ちょっとはマシになるはずだ。
そして十数回繰り返していると、患部の赤みが和らいできた。
「よし、これくらいだな。これはあくまでも簡単な治療だから、後でちゃんとした治療をしてもらったほうがいいぞ」
言いながら、イールの顔を見る。すると何やら様子がおかしい。
顔を赤くしてぼーっとしている。
「イール? 聞いてるか?」
声をかけると、イールは正気に戻ったらしい、赤かった顔が一瞬にして元に戻った。
「えっ⁉︎ あ、はい! 痛みが減ってます!」
「そりゃよかった」
「ありがとうございます、先生」
「これくらいどうってことないさ」
………………
というのが今朝のこと。
昼間の俺はというと、王都に来ていた。もちろんブレイカーの試験を受けるためではない。
王都にある占術庁という場所を目指していた。
占術庁には俺の占術の師匠がおられる。実は俺も一年前はそこで占術を研究していた。とある理由で占術庁から離れてブレイカーというものをしていたのだが。
占術庁に向かって歩いていると、遠くから一人の女が走ってきた。その女は手を大きく振りながら俺に近づいてきた。
「ベルクさーん!」
俺の胸くらいの身長しかない彼女は、セーネという名前で、俺の妹分のようなものである。つまりセーネも俺と同じ占術の研究者だ。彼女は俺とは違って、今でも占術庁で研究を続けているはずだ。
「久しぶりだな」
一年ぶりの感動的な再会。のはずなのだが、彼女の顔はそんなふうじゃなかった。なぜか目に涙を浮かべていて、哀しそうだった。
「どうした? 俺に会えて嬉しい……って感じには見えないぞ」
「師匠が……」
俺は眉間に皺を寄せる。
「師匠がどうした」
「今朝……、亡くなりました」
「う、嘘だろ……」
「以前から病気だったのを隠していたみたいです」
師匠はこの国——ローリアの中で最も権力を持つ占術師である。すなわち、占術庁長官という立派な肩書を持つ。
しかも、ローリアでは占術がとてもとても重宝されているため、師匠の死は国王の死とほぼ同等の扱いとなるほどだ。
「病気か……。確かにそういうの隠しそうだなぁ」
俺はセーネと一緒に急いで占術庁へと向かった。
…………
占術庁の中は騒然としていた。皆が慌ただしく動いている。しかしそんな中でも、俺の顔を覚えていてくれている人は、
「ベルクさん、戻ったのですか!」
「ベルク殿!」
と声を掛けてくれた。一年前までは俺の研究の手伝いをしてくれたり、師匠の研究の準備を俺と一緒に手伝ったりしてくれた職員だ。
挨拶もそこそこに占術庁の最上階へと急ぐ。
最上階は巨大な一部屋になっていて、そこには多くの見知った元仲間がいた。
「ベルク!?」
「えっ? 戻ったのか!」
皆が口々に俺を出迎えてくれる。そんな中、一人の巨体が俺に近づいてきた。
「ベルク、ブレイカーはどうした」
ドロスといって、俺の兄貴分のようなものだ。つまり、俺より先に師匠に弟子入りしている。というか、ドロスが一番弟子だ。年齢も俺より十歳ほど上である。
とは言っても、ドロスが弟子入りした半年後くらいに俺が弟子入りしたから、かなり年上のはずなのに友達か兄弟のような感覚で話をしても許されている。
「クビにされた」
俺がそう言うと、周りがザワザワした。「マジか」とか「なんでだよ」とか小さい声で話している。
ドロスは冷静というか、一つため息をつくだけだった。
「そうか。ダメだったか。師匠のことは聞いたか?」
「聞いたが、まだ信じられない」
「だろうな。だが本当のことだ。弔いは四日後に行われることになっている」
「そうか……」
いつも師匠がいた机の方を見る。師匠はいつも柔和な笑顔で、みんなの成長を見守っていてくれた。
みんなで研究をして、国家を守ろうと言ってくれた。
ただの一度も誰かを怒ったことなどない。いつだって優しく、そして的確なアドバイスをくれた。
だからみんな師匠のことが好きだったし、尊敬していた。
「ベルク」
ドロスがハンカチを差し出してきた。それを見て、やっと気づいた。自分が泣いているということに。
俺はドロスからハンカチを受け取って涙を拭う。
「それで、これからどうするんだ?」
「えっと……また占術の研究をしたいと思っていて……」
「みんな! 聞いたか!」
いきなりドロスが大声を出した。その言葉に、部屋の中にいた元仲間が「聞きました!」と返事をした。
俺は急に何が始まったのか訳が分からず、周りをキョロキョロしていた。
「ベルク」
ドロスの巨体が俺を見下ろしてくる。
「な、なんだ……?」
「みんなお前を待ってたんだぞ。よく戻ってきてくれた」
いきなり拍手が湧き起こる。セーネもみんなも笑顔だった。
「いいのか……? 俺はここを一度出て行ったのに」
「良いに決まってるだろ。お前ほど研究熱心で、占術の的中率も高く、師匠に可愛がられていた者など他にいないのだから」
「な、何言ってんだ。ドロスだって」
「バーカ。ベルクには敵わねえよ。ここにいるみんなが思ってる」
「まさか……」
「それにな、お前がいない間、大変だったんだぞ。師匠の研究に誰もついていけなくて、休みの日もうなされていたくらいだ。だからなーー」
ドロスの両手が俺の両肩を掴んだ。
「占術庁長官にお前を推薦する」
「え? 長官……?」
「師匠が座っていた椅子を継いでくれ」
ドロスがそう言って跪く。同時に、部屋の中にいる仲間達みんなが跪いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そりゃ推薦してくれるのは嬉しいけど、ドロスとか、俺より年上の研究員はたくさんいるだろ」
「年は関係ない。みんながお前の実力を理解してる。それに師匠の遺言にも、お前の名前がある」
「えっ、遺言があるのか」
「ああ。自分が死んだら長官はベルクか、もしくは研究員の三分の二から推薦を受けたものに譲るとあった。今のところ、どちらを選んでもベルクが次期長官だ」
俺はもう一度、師匠がいつも研究をしていた机を見た。
師匠が俺を選んでくれたなら、そしてみんなが俺を選んでくれたなら、こんなに嬉しいことはない。
俺は深呼吸を一つして、拳を固く握った。
「分かった。みんな、サポートを頼む」
言うと、部屋の中で大歓声が沸いた。ダンジョンパーティーでの扱いとはまるで違う。
俺はまた、涙を流した。正直言うと、少し怖かった。一度出ていったから、もう戻ってこられないんじゃないかと思っていた。
だが全然違って、みんな優しかった。それが最高に嬉しい。
「これから忙しくなるぞ、ベルク長官。そうだ、師匠の最後の研究があるんだ。見てくれないか」
ドロスがそう言って机の上の本を指差した。
俺はずっと背負っていた荷物を置いて机に近づく。ドロスが指差した本は表紙が青く、ものすごく分厚かった。
「師匠の最後の研究……」
「半年ほど前だったか、急にその本を持ってきたんだ」
俺は本を開く。すると、
「おわっ」
本に挟まっていた数枚の茶色い紙がこぼれ落ちた。どれもこれも人間の形に切り取られている。
「なんだこれ」
床に落ちた紙を拾う。占術の道具だろうか。それにしては奇妙だ。
開かれた本のページにはたくさんの模様が描かれていた。文字か絵かも判別できない。
「俺たちにもまったく分からん。最初は師匠が狂ったのかと思った。ベルクが他にやりたいことがなければ、この研究をやってみないか」
「やりたいことっていうか、そもそも長官になったら国の仕事があるだろ」
そう、毎日のようにローリアから占いの依頼が舞い込んでくるのだ。それを処理するだけでも大変である。
ちなみに、ローリアが占術を重宝しているのには理由がある。
その理由の一つがダンジョンだ。ブレイカーたちが日々壊しまくっているダンジョンは、毎回違う場所に現れる。
例えば森の中に現れる場合もあれば、民家の中に出現することもある。
もちろん占いでダンジョンの出現場所を特定することは不可能だが、ある程度限定ができたら過ごしやすくなる。
例えばダンジョンが出てきこなさそうなところに王都を作るとか、宿街を作るといったことが可能になる。
そうして今のローリアがあるのだ。昔の占術師がああでもないこうでもないと言いながら占ってくれたおかげで今の街ができている。
そのような歴史があるため、ローリアでは占いを重視しているし、占術庁長官が国王に匹敵するほどの地位を授かれるのだ。
「国の仕事のうち、簡単に終わるようなものは俺たち研究員で終わらせるさ。それに、俺たちも師匠の最後の研究がどんなものなのか知りたいんだ。なんせ——」
ドロスは人型の紙を一枚拾い上げ、まじまじと見ながら言った。
「世界を変える占術やもしれん、と師匠が言っていたのだから」
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