第三話 イールを占う

「えええっ⁉︎」


 女が驚いた。俺も声には出さないが、驚いている。いや、戸惑っていると言った方が正しいか。


「一つしかベッドがないんですけど!」


 そう。狭くて臭い部屋にベッドが一つ。どう考えても一人部屋だ。

 少しでも儲けを出すために二人泊めたな、と悟る。


「俺は床でいい。ベッドは君が使いな」

「そんな! こんな硬くて汚くてドブ臭くって、ちょっと屈んだだけでゲロ吐きそうになる床で寝させるなんて出来ませんよ!」

「でもそうするしか……」

「わ、私は別に、いいですよ。二人で寝ても……。あ、もちろん、変なことはナシですよ?」


 顔を赤らめて念を押してくる。変なことをするつもりなんて毛頭ないが、ベッドで寝られるならありがたいか。

 なんせ彼女の言う通り、床は掃除をしていないのか泥まみれなんだから。


「ありがとう」


 …………


 俺たちは荷物を置いた後、ベッドに腰掛けて少し話をした。

 彼女の名前はイール。俺より三つ年下だった。俺が二十歳なので、イールは十七歳だ。


「明日は王都でブレイカーの試験を受けるんです」

「へえ、ブレイカー志望なのか」


 ブレイカーというのは、ダンジョンに入ってゲートを壊す職業だ。チャンなどがそれに当たる。

 報奨金がそれなりに貰えるので、人気は高い。しかしもちろん命の危険があるし、日々鍛えなくてはいけないため、人によっては過酷である。

 逆に腕に自信がある者にとっては天職のようなものだ。


「はい! ブレイカーってかっこいいですよね! こう、襲ってくる顔面醜悪なモンスターをえいやってやっつけて、みんなを守るっていうの憧れちゃいます!」


 手や足で攻撃するモーションを実演しながら笑顔で話すイール。

 今日一日最悪なことが続いていたが、彼女と話していると全てが和らいだ。


「ベルクさんは何をしている方なんですか?」

「俺もブレイカーだ。いや、ブレイカーだったというほうが正しいかな」

「ええ⁉︎ ブレイカーなんですかぁ! ダンジョンってどんな感じなんですか? モンスターってやっぱキモグロいんですか? あっ、トイレってどうするんですか? 私けっこうおしっこが近いんですけど、これってブレイカー失格ですかね?」


 俺がブレイカーだと言うと、彼女は興奮を抑えきれなくなったようで、俺の手を両手で握ってキラキラした目を向けてきた。


「普通に戦えていれば失格とかないんじゃないかな。トイレはないからダンジョンの中で済ますか我慢するしかないけど」

「うっわぁ! ありがとうございます! 先輩ブレイカーの話が聞けるなんて感動です!」

「そ、そう……」


 近い。

 話をするたびに彼女の身体と顔がどんどん近づいてくる。イールの短パンからはみ出た太ももが俺の足をぐいぐい押してきて、少し乗っかっているくらいだ。


「試験って難しいですか? 難しいですよね……。私でもなれますかね?」

「試験ねえ。そういや武器は? 剣とか持ってないように見えるけど」

「ナックルブレードがカバンに入っています! 長物は苦手なんです。長物を扱える方が有利ですか?」

「いや、悪いけど俺は戦闘に関しては分からないんだ。一応ブレイカーの免許は持ってるけど、D級だし、そもそも実戦では戦わないしね」


 D級というのはブレイカーの中で一番下級だ。そこからC、Bと上がっていく。


「あー、準戦闘員ってやつですか。でも試験は通ったんですよね?」

「試験はそんなに難しくないよ。イールの実力は知らないけど、合格すると思う。……あっ、そうだ。合格するかどうか占ってやるよ」

「え? 占い?」

「ああ。俺はブレイカーである前に占い師だからな」


 俺はベッドから立ち上がり、カバンへ向かう。

 占いをするというのは実は口実である。どんどん密着してくるイールから一度離れて落ち着くためだ。ベッドの上で二人きりという状況に前にして、身体が火照ってしまった。


 俺はカバンの中から一冊の分厚いノートを取り出し、再びベッドへと腰掛けた。ただしイールからは少し離れて。


「イール。フルネームは?」

「イール・ウォルクスです」

「イール・ウォルクスね。じゃあここからカードを一枚引いて」


 ポケットからカードの束を取り出す。イールは「う〜〜〜」と唸りながら悩みに悩み、一枚を抜き出した。


「これで! ……って、なんですかこれ」


 彼女が抜き出したカードは太陽に向かって祈る女のカードだった。


「祈る聖女か」

「ど、どうですか? ダメそうですか……?」


 イールは不安そうに俺を見つめてくる。


「いや。明日は今日よりずっと良くなるって結果が出てる。それより、今日は何か悪いことがあったんじゃないか? 人間関係か、あるいは何かに巻き込まれたか」


 俺がそう言うと、イールは目を丸くした。こくん、と唾を飲む音が聞こえる。


「な、なんで分かるんですか?」

「占いだ。そういう結果が出てる」


 嘘だ。そんな結果は出ていない。というかまだ占ってもいない。本のページをめくって調べている最中だ。カードは調べるための時間稼ぎで引かせたもので、どんなカードが出ても同じようなことを答えていた。


 ではなぜイールに悪いことがあったのか分かったのかというと、それも嘘というか、単純に鎌をかけただけである。


 彼女の服がところどころ破れているが、見たところ最近破れたものっぽく見える。ほつれが少ないからだ。かなり鋭利なものでスパッとやられたものだろう。

 そのことから、今日イールに何かあったのではと推測しただけだ。


 それに、別に服が今日破れたものじゃなくてもいいのである。彼女にとって悪いことが起きていれば、アタリ。起きていなければ、自分じゃ気づいていないだけで悪いことがあったんだと言うだけでいい。


「実を言うと、本当はブレイカーになることを親に反対されていて……。それどころか親戚の叔父さんくらいしか賛成してくれる人がいないんです」


 彼女は静かに語り出した。

 人にとって『何か悪いこと』といえば大抵は人間関係か金銭関係である。イールは金銭に困るような年頃じゃないし、残るは人間関係くらいだ。人間関係が間違っていても、巻き込まれたとかテキトーに付け加えておけばほとんど当たる。

 そして今回はたまたま人間関係というのがぴったり当たったということだ。


「なんで親に反対されてるんだ? ああ、危険だからか」


 言うと、イールの目がキラキラした。表情がコロコロと変わって愛らしい。


「すっごーい! そうなんです! 占いってなんでも分かるんですね!」

「もちろん」分かるわけない。


 そんな個人的なこと、ちょっと占っただけで分からない。だが、反対される理由なんて簡単に推測できる。


「お母さんってば、そんな危険なことやめろとか、あんたなんてダンジョンじゃ足手纏いよとか言ってきて、私の話なんてまったく聞いてくれないんです。お父さんはお母さんに同調するし……」

「喧嘩したのか?」

「はい! そうです! 私が家を出ようとしたらお母さんがイバラ鞭を振るってきたんで、ナックルブレードで応戦しました!」

「そ、そう……」


 それで服が破れてるんだな。というかどんな家族なんだ? イバラ鞭なんて普通のご家庭に置いてないぞ。


「とりあえずイバラ鞭はズタズタにして、家を出てきたんです!」

「なるほどね。お、でもイールの選択は正解かもしれないな」

「え? どういうことです?」

「イール・ウォルクスという名前を鑑定すると、体力を使う仕事に就くのが良いって結果が出てる。ブレイカーに向いてるかもな」


 これは本当。姓名判断の結果をそのまんま伝えている。ま、体力仕事なんて世の中にありふれているんだけど。


 本来、ガチで占いをするには時間がかかるものだ。ちょっとやそっと調べてくらいで結果が出るものは、曖昧だったり範囲が広かったりしていて、とても使い物にならない。


 そんな占いの裏事情を知らない純情なイールは、鑑定結果を聞いて立ち上がり、目を輝かせて小躍りした。


「やったやったー! あの鞭ババアいつか見返してやるんだから!」


 と鼻息荒く喜んだ彼女。

 占いの結果に一喜一憂するタイプで良かったな、と俺は思いながら、本をパタンと閉じて脇に置いた。


 するとイールが突然再び俺の方を向いた。そしておもむろに近づいてきて、俺の手を握ってきた。


「ベルクさん。ううん、ベルク先生! もっと私を占ってください!」


 近い。めっちゃ近い。もう鼻と鼻、唇と唇がくっつきそうなくらい近い。

 この子、人との距離感がおかしい。だが、今の俺にとってはこの距離感が嬉しかった。いつのまにか疲れやら何やらが吹っ飛んでいた。

 俺は最大限仰け反りながら返事をする。


「わ、分かった……。何を占って欲しい?」

「やったー! えっと、えっと……、何を占ってもらおうかな」

「将来とか、相性とか、恋愛運とか……」

「あ! 恋愛運といえば、友達から聞いたんですけど!」


 イールはそう言うと、なぜか上半身の服を脱ぎ出した。


「え、ちょ、何して――」


 服を脱ぐと、当然ながら下着が顕になる。十七歳にして育ち切っている豊満なバストが下着に押し付けられて逃げ場を失っていた。

 イールはその状態で、半回転して背中を見せてきた。


「私、背骨の上にホクロがあるんですけど、ホクロの場所によって恋愛運が変わるって本当ですか?」


 知らん。そんな占いは聞いたことがない。


「見えてますか、先生。あっ、そういえば!」


 イールの勢いに圧倒されている俺はまったく言葉が出てこない。ただただ彼女の綺麗な肢体を見つめていただけだった。

 イールはさらに短パンまで脱ぎ始めた。


「パンツ占いってありますよね。明日の試験のために、このパンツ買ったんですけど、どうですか? これで受かりますか? ちゃんと薄めの生地で、前側に小さいリボンがついたものを選んだんですけど、リボンが小さすぎたかなって不安なんです」


 短パンを足元に落として下着を見せつけてくるイール。

 今まで色々な占いを研究していたが、これからはパンツ占い専門でやっていこうかなあ、などとアホなことを思いつつ、下着姿のイールにどう返答しようかと考えていると、


「ねえ、せん——わ、わわっ!」


 なぜか俺に近づこうとしてきたイールが、短パンに足を取られて倒れてきた。


「おわっ⁉︎」


 イールが俺に覆い被さってくる。イールの柔らかい胸が俺の顔に押しつぶされ、俺はその胸に溺れていた。本当ならばもっともっと溺れていたかったのだが、残念そこで俺の意識は朦朧とした。


 この時、俺は『死期』を悟った。

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