第二話 イールとの出会い
ダンジョンを一人で戻っていく時、俺の気持ちはかなり複雑だった。
確かにパーティーを抜けることができてせいせいした。
しかしあの三人――チャン、パル、グインについてはかなり腹が立つ。
俺にあんなもの見せつけやがって。
そんな二つの気持ちが混ざり合っていて、歩くのも億劫だった。
しかし歩かないわけには行かない。チャンたち三人がいつ『お楽しみ』を終えてゲートを破壊するか分からないし、立ち止まっていてはモンスターの恰好の餌食だ。
そうして歩き続けること五時間。幸運なことにモンスターとは出会わずに済んだ。あまり強いダンジョンではなかったのかもしれない。
壁に埋め込まれた小さな階段が見えた。階段の真上には渦を巻いた奇妙な模様が刻まれている。
これがダンジョンの入り口である。今の俺にとっては出口だが。
こうしてダンジョンの入り口まで辿り着いたということは、まだゲートが破壊されていないことを意味するのだが、いつまで彼らは『お楽しみ』とやらに勤しんでいるのやら。
ダンジョンの入り口を出る。今は夜らしく、辺りは真っ暗だった。なぜかほんのりと明るいダンジョンの中にいると時間の感覚が分からなくなる。
ダンジョンのすぐ近くに一人の男が立っている。
彼は俺を見るや否や、険しい表情を見せた。俺が出てきた場所、つまり地面に出来た渦を巻いた模様と俺を、交互に見ている。
「む? むむ? まさか失敗ですか?」
彼は国家安全局から委任されているダンジョンの見張り人のショーンナーである。正式名称はなんという職名だったか忘れてしまったが、ダンジョンが消えたことを確認する仕事だ。
なんて簡単な仕事なんだろう、と考えるのは早計である。なぜならダンジョンの入り口からモンスターが出てくるからだ。
出てきたモンスターは彼ら見張り人が出来る限り討伐しなければならない。すなわち見張り人はそこそこ腕の立つ者でなければならないのだ。
「いいや。俺だけ戻ってくることになった。他の三人はゲートに向かってるよ」
「なぜベルク殿だけが?」
俺はパーティーから追放されたかどうか言おうか迷った。正直言うと、惨めなので、できれば言いたくなかった。しかし他に言い訳も思いつかない。幸いなことに怪我もしてないし、仕方なく事実を述べることにした。
「パーティーを抜けろって言われた。ダンジョンの中でだ」
「……」
見張り人は気まずそうに目を逸らした。まあこんな空気になるわな。
「まあ俺も前から抜けたかったし、これで占術の勉強に専念できるし、お互いにとって良かったと思う」
本音ではあるが、強がりでもある。
なんで俺が気まずい空気に配慮して強がりを口にせねばならんのだ。
「やはり占いは実践向きではなかったんでしょうね。お疲れ様でした」
見張り人は深く頭を下げた。あまり親しい間柄ではないが、礼儀を重んじる人だということは分かる。
「ありがとう。頭を上げてくれ。俺はもう行くよ」
「はい。お気を付けて」
見張り人の肩をポンと叩いて、近くの宿街を目指して歩み出した。
ポケットの中に手を突っ込み、中にあるカードの束から一枚抜き取った。痩せ細った男が溺れそうになっている絵が描かれている。通称『死期』のカード。
「最悪」
何をやってもダメ、という暗示のカードだった。いいことがあるといいなと気休めで引いただけなのに、よりにもよって一番引きたくなかったカードを選んでしまうとは。
さて、『死期』のせいかどうかは不明だが、十数件ある宿を一つ一つ回っては満室だと断られ続けた。どうやら明日は近くで祭りが行われるらしく、ほとんどその観光客らしい。
もう夜も遅いし、歩き疲れたので別の宿街へと向かうのはきつい。なんせ無駄にダンジョンを歩き回り、途中で引き返させられたのだから。
どこもかしこも断られ、この宿街で最後の宿屋に到着した。ここを断られたら野宿でもするよりない。
少々どころかどこを取っても見た目が汚らしく、朽ちた部分も大いにあるが、屋根があるならマシである。
ガッタガタの引き戸を力づくで開けて中に入る。
「一人なんだが、空いてるかい?」
入り口近くの小さい窓から顔を覗かせる男に訊くと、そいつはニヤッとした。
「旦那、運がいいねえ。さっきまで満室だったんだけどよ、一つキャンセルになったんだよ」
「お、じゃあ泊まらせてくれないか」
「もちろんいいぜ。それが商売ってもんだ。一万ゴッドでどうだい」
俺は一瞬固まった。
一万ゴッドあればそこそこ高級宿に泊まれる。こんなボロっちい宿ならせいぜい二千ゴッドだ。
だが、泊まる場所がここしかないし、俺はそんなに貧乏ではない。
「……分かった。それで――」
泊まらせてくれ。と言おうとした時だ。
ガタガタっ! と入り口の引き戸が開いた。
「す、すみませーん! 泊まりたいんですけど!」
服があちこち破れている女が息を切らしながら入ってきた。荒い呼吸のせいで、デカ乳が膨らんでは戻って膨らんでは戻ってを繰り返している。
「悪いねえ姉ちゃん。この旦那で満室なんだよ」
「そ、そんなあ〜。他の宿も満室ばっかりなのに〜」
女はがっくりとうなだれる。この宿を断られたらもう近くに泊まるところはないだろう。
俺は少しだけ考えて、窓口の男に言ってやった。
「いや、俺はいいよ。この子を泊めてやってくれ」
男の俺なら一晩くらい野宿してもさほど問題ないし、女の子を野宿させるのも気が引ける。
ここは譲ってあげるべきだろう、男として。
俺の言葉に、女が「えっ!?」と驚愕と感動が入り混じったような表情を見せた。
「いいのかい旦那?」
「ああ」
「よかったねえ、姉ちゃん。じゃあ千ゴッドでどうだい」
窓口の男の言葉に、俺は膝から崩れ落ちそうになった。
「待て。俺のときは一万だったはずだろ」
「これが商売ってもんなんだよ、旦那」
「しっかりしてんなあ」
足元を見られていたってわけだな。確かに、目の前の女はそんなに金を持ってなさそうに見える。金を持っているならまずボロボロの服を買い替えるだろうし。
「え、えと……いいんですか?」
女は胸の前で手を組んで、涙目になっていた。この姿を見て誰が放っておくことなどできようか。
「俺は他を当たるよ」
「でもでも、他はどこも満室でしたので、泊まれそうにないですよ? だいたい今日は、こんなボロボロで汚くて普段なら浮浪者やキチガイでも泊まらないような宿でさえ満室なんですから」
ひっどい言い様だな。まあでも確かに彼女の言う通り、この宿はボロボロだ。窓口の男でさえ、彼女の言葉に「ガハハ!」と笑ってるほどだ。
「それならそれで、野宿するよ」
「そんな、私のために野宿なんて申し訳ないです……。あっ、だったらこうしませんか? 一緒に同じ部屋で泊まりましょう」
「えっ⁉︎ いや、それこそまずいんじゃ……」
「なにもまずくなんてないと思いますけど。私もあなたも泊まれてハッピーじゃないですか?」
この女、見知らぬ男と一つの部屋で過ごすことに抵抗とかないのだろうか。
俺はどうしようか考える。
女と二人で相部屋か、それとも一人で野宿か。
選択肢だけを見ると迷うことはないのだが。
と考えていると、窓口の男が口を挟んだ。
「一人でも二人でもいいけどよ、さっさと決めてくんねえかい。こっちも次の仕事ってもんがあるんでよ」
「泊まります! 二人で!」
女が勝手に決めた。俺はもう考えるのをやめた。断然、屋根がある方がいいに決まっている。
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