追放された占い師 ~強くしてやったのにパーティー追放だと? もう一度占ってくれと言われてももう遅い~

神塚哉花

第一話 追放

「待て。広いからといって左は行かないほうがいい。今日の俺たちにとって西方向は危険だ。変事の予兆があるし、能力減衰の影響を受けやすい」


 分かれ道を左に進む三人の背中に向かって言葉を投げる。しかし俺の言葉は明らかに無視をされ、前の三人はずかずかと薄暗いダンジョンを進んでいく。


 俺はどんよりとした気分を腹の底に沈めたまま、彼らについていった。

 一番前を大股で歩く男はチャン。このダンジョン攻略パーティーのリーダーだ。その後ろを二人の女の子がついていく。

 そしてそこから五歩分くらい遅れて俺が大量の荷物を持って歩いているという構図だ。


 バサバサっ!


 チャンの目の前にロック鳥という鳥獣型モンスターが現れた。耳鳴りがするほど甲高い音を発してチャンに襲いかかる。


「ふっ」


 ザシュっ。


 チャンは剣を一振りする。

 するとロック鳥は地面にバタッと落ちて動かなくなった。


 さすがはS+級だな、と俺は心の中で感嘆する。

 ロック鳥は強くはないが、弱くもない。現在確認されているモンスターの中では中堅くらいの強さだ。少し腕が立つくらいのブレイカーだと二人でやっと倒せるくらいである。


 しかし彼は、たった一振りで倒してしまった。S+級ブレイカーと認められている彼なら、これくらい朝飯前だ。ブレイカーというのは、まあ『冒険者』みたいなものだ。


 そのチャンが、振り向いて俺の目を見据えた。その目は虫ケラでも見るような、あるいは汚物でも見るような、悪意で塗れた目つきだった。


「なーにが、危険だ、だよ」


 俺は何も言い返せなかった。

 いや、言い返したくなかった。

 何を言っても、危険ではなかった、という事実だけを突きつけられるだけだ。


「ほーんと」

「もう、放っとこうよ、チャン」


 女二人がチャンに同調する。その二人が俺を見る目も、チャンの目と同じようなものだった。


「そうだな。構うだけ無駄だ」


 チャンはまた前を向き、歩を進めた。

 俺は奥歯を噛み締める。

 俺がこのパーティーから必要とされていないことは明らかだった。それどころか邪魔者扱いまでされている。


 以前から不要に思われていたことには薄々気づいていたが、ここまではっきりと言われるのは初めてだった。


「お、ちょっとしたスペースがある。ここで休憩するか」


 チャンが言った。彼の視線の先には壁が窪んだ場所があり、そこでは四人が座って茶を飲むことが出来そうだった。


「えー? 結構歩いたし、さすがにそろそろゲートが近いんじゃないのー?」


 槍を持っている女が言った。パルという名前で、こちらもチャンと同じS+級ブレイカーだ。


「どうだろう。雰囲気的に、ゲートはまだ先って可能性も十分にありそうだけど」


 もう一人の女、グインがパルの方を見て言う。この子はS級のブレイカーだ。両手に鉤爪をつけた、近接タイプである。髪が長く、性格としては若干おっとりしている。


「できる時に休憩しとこうぜ」

「そうね」

「賛成」


 三人の意見はまとまったらしい。

 そして彼らは窪みから少し離れた場所で固まって、俺の方を見た。薄汚いものを見るような目で。

 俺はため息をつく。


 彼らが戦闘をしやすいように、ダンジョン攻略に必要な道具は全て俺が持っている。

 つまり彼らは無言で、休憩の準備をしろと仰っているのだ。


「……」


 彼らが見守る中、俺は黙って休憩の支度を始めた。


 休憩するほど疲れてるようには見えないけどなあ。

 などと心の中で独りごちたが、間違っても声には出さないようにした。また何を言われるか分からない。


 ちなみに、ゲートというのはダンジョンの最奥にある。理由も理屈もわからないが、そのゲートからロック鳥などのモンスターが侵入してくる。ゲートを壊すことでダンジョン自体が破壊され、モンスターの侵入を防ぐことができるのだ。


 支度が整うと、三人は俺に何も言わず、ラグの上に座り始める。チャンが真ん中に座って、チャンの両隣に女二人が座る。女たちはチャンに身体をくっつけている。しかもあろうことか、二人とも胸をチャンの腕に押し付けていて、チャンは満更でもなさそうな顔をしていた。

 クソイライラする。なんせ、休憩のたびにこれだ。見せつけられる俺はどういう顔をすればいいんだ。


 彼らが飲むための茶をカップに淹れようとした時、チャンが思いもよらないことを言った。


「ベルク。もういい」

「ん? 飲まないのか?」

「そうじゃねえ。パーティーから抜けてくれ」


 それを聞いて、俺は持っていたカップを落とした。

 いつかそういう話になるだろうとは予想していたが、まさかダンジョン攻略中に伝えられるとは思っても見なかった。


「うっわ、かわいそー」


 ニヤニヤしながらパルが言った。まったく可哀想などと思っちゃいない顔だ。

 もう一人のグインは俺の方なんてまったく見ておらず、チャンの肩に頭を預けて目を瞑り、幸せそうな顔をしていた。


「ああ。分かった」


 俺はあっさりと了承する。俺だっていつまでも鬱屈した日常を過ごしたくなかったし、前々から抜けたいと思っていたからだ。


「一応訊いておきたい。理由はなんだ?」

「そりゃ、占いなんてものが大したことないって分かったからに決まってんだろ。お前が危険だから行かないほうがいいって言ったルートに行ってもなんもねえじゃねえか」


 チャンが吐き捨てるようにそう言うと、パルが同調した。


「私たち三人だけで攻略できるのに、無能がいるから分け前少なくなっちゃうじゃない」


 俺は心の中でため息をついた。無能呼ばわりされるような覚えはないからだ。


 ところで、このパーティーは少々特殊だ。何が特殊かって言うと、占い師である俺がパーティーに入っているところだ。別に俺はこのパーティーに入りたくて入ったわけではないのだが。むしろ入ってくれと頼まれた側だ。


「俺は今までに何度も言ってるが、占いというのは——」

「絶対的な予測じゃなく、流れを読むことで人生を好転させる、だろ? もう聞き飽きたぜ。当たらない言い訳は」


 もうダメだ。何を言っても聞き入れられない。当たるか当たらないかじゃないって、ずっと説明しているのに。

 まあ、パーティーを抜けられるなら、どうでもいいか。


「……もういい。このダンジョンを攻略し終わったら、俺は抜けることにする」

「はあ? 何言ってんだよ。今だよ今」

「今?」

「俺たちはゲートに向かう。お前はダンジョンを戻れ」


 呆れた。

 パーティーを抜けろと言うのなら、ダンジョンに入る前に言って欲しかった。

 待てよ。

 まさかこいつ、嫌がらせ目的で、あえてダンジョン内で通告したのか?


「戻れって……。この荷物はどうするんだよ」

「それはもう俺たちで持つ。自分の荷物だけ持って帰れ」

「わざわざこんなところで言わなくても……。攻略したら抜けるってことでいいだろ」


 パーティーを抜けたいと思っている俺がここまで食い下がるのには理由がある。

 現在俺たちはダンジョンをかなり進んでいる。どちらかといえばダンジョンの入り口よりゲートの方が近いと俺は睨んでいる。

 ゲートを壊すと、ダンジョン自体が消えて自動的にダンジョンの外に出られるため、今から入口に引き返すより、ゲートを壊した方が早いのだ。

 しかも、ダンジョンを攻略すれば国から報奨金が支払われる。ここで帰れば、金がもらえない可能性がある。俺は金に困ってるわけではないが、貰えるものは貰っておきたい。


「はあ……。分かんねえかなあ……」


 チャンが芝居じみた口調で言った。それから、彼はとんでもなく腹が立つ行動に出た。


 両隣の女から胸を押し付けられていた腕を、彼女らの背中に回し、パルとグインの胸を揉み始めたのだ。


 実力があるため鎧ではなく薄着を纏った彼女たちの胸は、チャンの指が食い込むたびに形を変えていた。


「やんっ、もう……」とパルが身体をくねらせる。

「あふんっ」グインは目をトロンとさせてチャンの顔を見ていた。


 二人とも嫌がっている様子はない。というか、多分初めてじゃない。今までも俺に隠れてこういうことをしていたんだろう。


「今からちょっとしたお楽しみなんでね」


 チャンが口元を歪ませて言った。

 何考えてんだこいつ。


「ダンジョンの内部だぞ。モンスターがいつ襲ってくるか分からないんだぞ?」

「俺たちを舐めてんのか? S級以上のブレイカーだぜ? モンスターなんか一瞬で撃退できるに決まってんだろ。それに、宿よりダンジョンのほうが遠慮なく声が出せるしなあ」


 確かに一理ある。

 って納得してる場合じゃない。


「入口に戻るまでにモンスターと出くわす可能性だってあるのに……」


 反論としてはかなり弱いが、とにかくダンジョン入口に戻るのが面倒だったので声をあげてみた。

 だが、二人の女の胸を揉みしだくチャンに、言い返されてしまった。


「ベルクには得意の占いがあるだろうが。占いでモンスターと出会わないようにすればいいだろ」


 俺はもう反論どころか声を出すことすら嫌になった。

 確かに俺は占いが得意だ。というか占いしかできない。だがモンスターと出会わないようにするなんてできるわけがない。

 そんな占いが出来るなら、強いブレイカーなんて必要ないじゃないか。


 しかし、チャンだってそんなことは分かっている。分かった上で言っているのだ。あからさまな嫌がらせだった。


 俺は一つ深呼吸をしてから、自分の荷物を持って立ち上がった。

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