第2話 女神に出会いがち
「大体25万円か……。今月はそこそこだな」
インスタントワールドと呼ばれるフルダイブ型VRにナーロウシステムが組み込まれた装置が一般家庭に普及しだしてから数年。企業努力なのか何なのか、この装置の価格は今やちょっと高価なPCレベルにまで落ち着いたというのだから驚きだ。今や利用者は世界中に広がり、数千万人とも数億人とも言われている。そんな数多の利用者たちが、かつての書籍に対して課金し、ダイブすることで俺の様な一発屋作家が生きながらえてるってわけだ。
え? 偉そうに語りだしたお前は誰かって? 申し遅れました。『go(o)d-bye earth ~地球の神はブラック過ぎるのでお前ちょっと代われ~』の作者、零号機こと
こいつを発表した当時高校生最後の夏だった俺ももはや28歳。小遣い稼ぎのつもりで書き始めたグッバス(ネットでの略称)がまさかあそこまでヒットするとは。タイミングが良かったんだろうな。今でも暇を見て執筆活動をしちゃいるが書籍の方はもう全くといっていいほど売れる気配が無い。それもこれもナーロウのせいだ。いや、今現在、ダイブで恩恵を受けているわけだからおかげとも言えるのか?
まぁ、なんでもいいや。今日のダイ活(ダイブ活動)を始めよう。俺は、開いていたネットバンクを閉じ、PCを片付けるといそいそとダイブの用意を始めた。やることは簡単。バスタブみたいな入れ物を水で満たし、入浴剤みたいな粉をサラサラリ。うーん、お手軽。これでこの粉みたいな栄養剤とナノマシンがダイブ中の身体の健康を維持し、培養液みたいなのへと変貌した水の、汚れを分解洗浄まで行ってくれるというのだから革新技術様様である。後はヘッドギアを被って裸で頭からつま先までお水の中へイン。ぬるま湯程度まで温度をあげてくれるので心臓に負担もかからない。え? 裸で眠るのは犯罪が心配だって? 心配ご無用! この装置は内側からしか絶対に開かない上に無理に動かすと信じられないぐらいデカい警報音が鳴り響くから。
「さて、今日は何にすっかな。あ、『魔王テイムしたけどこの後どうしよう。』の更新そろそろじゃね?」
などと独り言を呟きながら装置の蓋を閉める。ヘッドギアの作用で半睡眠、半覚醒の状態へ。ここからは全て脳内での操作となる。
「お、やっぱり。更新されてる」
VR空間では、現実で再現が難しい出来事もなんだってこなせる。例えばこの空中に浮かぶウィンドウとか。今は、今月の課金ランキングやブックマーク作品の更新が表示されている。作品にカーソルを合わせると冒頭数十秒の予告編みたいなものが流れる。
「おお~。竜人族の姫と邂逅するシーンか。いやー、しかし眼福な胸元というか……、原作読んだ時よりボリューム感増してね?」
インスタントワールドにはいくつかの楽しみ方がある。大きく分けると二つ。創るか体験するか。前者はかつての作家達に加え、ナーロウシステムによって創作のハードルが格段に下がった分、年々増加傾向だ。二次、三次作家まで加えると相当な人数がいるに違いない。課金による売り上げも期待できる事だし。
そして、二次創作もここに含まれるが、既存小説を編集するヤツ。こっちは色々制限が厳しいが、中には元言語学者なんて人が手を加えたりもする。その作品は、映画にダイブしたかと思うほどの臨場感だった。あんなのを本格的にAIが吸収しだしたら、映画をはじめとした色んな産業が消えてしまうかもしれない。
体験する方もまず、小説を読んでからってタイプと直接ダイブで進めていくタイプがいる。俺は概ね前者だ。まずは、文章を読み込んでからいざダイブ。イメージと違う! なんて文句言ったりする輩が居るが、俺は大体受け入れていくね。まあ、絵師さんの努力の結晶ってならいざ知らず、AIがサラっと生み出したテンプレなら文句の一つも言いたくなる気持ちはわかるが。
そう言えば、体験にも二通りある。主人公や登場人物になる追体験タイプとテレビ画面を見ているような傍観タイプ。後者は、自分自身がテレビカメラのようになって世界を動き回るパターンで、世界への相互の干渉がある程度制限される。
「いやー、良かった良かった。竜人族の王に槍を向けられた時は漏らしそうになったけど」
迫力のある描写はさすがジャクリーン狂食さんの作品と言えるな。編集なしでこれだもん。さて、18禁作品の方も軽く覗いて、今日は終わりにするか。
「うへぇ、作品数も課金額も相変わらずエグいな」
まぁ、技術の発展は欲望と共にあるっていうし、しょうがない。インスタントワールドに入り浸り過ぎて異世界へ旅立った(物理)なんて都市伝説もあるぐらいだからさもありなんといったところか。因みに、諸々の処理には、18歳未満が購入できない粉末状ナノマシンが別途必要になるので注意するように。
さて、今日も堪能したな。ダイブアウト……っと。
俺はヘッドギアを脱ぎ、無造作に投げると一人暮らしには少し広い、賃貸マンションの一室から外に出た。外に出るのは実に三日ぶりだ。そして、太陽光も以下同文。余りの眩しさによろよろと立ちくらみを起こすが、気を取り直して、出発。ところが、久しぶりの日光浴のウキウキを打ち消すような光景が目に飛び込んできた。中世の王様みたいな格好をしたおじさんだ。手元にはこれまた中世風の剣。足元には大の字になって寝ている女。
あー……、ヤバいなこれ。ヤバいもの見ちゃったな。明日の朝刊の見出しはこうだ。
『ついに犠牲者 現実と虚構の区別が出来なくなったVR中毒者の凶行』
『白昼の惨劇 通り魔による凶行で二名が犠牲に』
いや、俺も死んでるじゃねぇか。ダメだろ。ハハハ、いやまさかな。うん、演劇の練習か何かだ。きっと。
「のう、そこの若者よ」
突然声をかけられて肩をビクリと震わせてしまった。ああ、とんでもないことになった。早くこの場から立ち去りたい。警察と救急に連絡しないと。
「そうそう、お主。ちょっとこちらへ」
「あの、ちょっっっと急いでるんで失礼しまぁぁす」
「貴様、私をフォテル・ゼンラ・マグワール3世と知っての振る舞いか?」
知らねーし、なんだそのフザケたネーミングは。ホテルで全裸でまぐわるだと?
「あの、お気づきでないかもしれませんが、外、出ちゃってますよ?」
「貴様……、ふざけおって! 切り捨ててくれる!!」
展開が早すぎてついていけないがこれはマズイ。ピンチだ。あの手に持っている剣が切れないにしても当たると相当痛いはずだ。もし仮に、考えたくもないが、万が一剣に切れ味が宿っていた場合、壊れたおじさんの巻き添えでこの世とおさらば……。
「ちょっと待った! 落ち着いて! おじさん!」
声をかけたがどうにも届かないらしい。ゆっくりと剣を構えていくおっさん。ああ、こんなことで殺人なんか起きたらそれこそインスタントワールドの規制待ったなしだ。いや、俺が死んだあとの世界なんかどうでもいいが。
「そこを動くなよ!」
あれ、俺さっきまで平和に暮らしてたはずなのにな。急に世界がモノクロのスローモーションに見える。おっさんはどうも、鋭い剣を俺に突き刺すつもりらしい。駄目だ。切れ味はどうか知らんが、先が尖ってるわ。もっと長生きしたかっ…………
「――ん?」
スローモーションになってるのは走馬灯の一種かと思ったが、現実におっさんの動きが鈍くなっている。むしろどんどん動きが遅くなって、やがて完全に静止した。まるでリモコンの一時停止でも押したみたいに。
「ふぅ、危ないところだったね」
「は?」
――次に俺の目の前に現れたのは、女神のコスプレをした、美女だった。
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