第46話、エピローグ(2)

 休日のとある日、駅前で貞男は落ち着かない様子で立っていた。

「あら、鬼童くん。早いじゃない」

「た、高嶺さん!? も、もう来たんだ」

「先に待っていたのはあなたのはずだけども……」

 彼が待っていたのはレイコだった。レイコと居る時はいつもアカネが居て、彼らは二人きりでどこかに行ったことは無かった。一方でアカネとはよく二人きりで遊ぶうえに、最近はセイナとも遊ぶ機会が増えてきた。貞男は月曜日か火曜日のあたりに「そういえば高嶺さんと一緒に遊んだことないな」と思い立ったが吉日と言わんばかりに、「今週末どっか遊びに行きましょう」と何も考えずにメッセージを送ってしまったのだった。

「で、鬼童くんは一体私をどこに連れて行ってくれるのかしら?」

「あっ、いや、その……」

(どうしよう、頭が真っ白になって昨日まで考えてたこと全部飛んじゃった……!)

「はぁ……しょうがないわね。どうせそんなことだと思って、私の方で調べておいたから」

「さすが高嶺さん!? ボクがポンコツなことまで計算に入れてるなんて……!!」

「はいはい、行くわよ」

 レイコは貞男の冷たくなった手を掴んで、レストランで腹ごしらえをした。お腹が一杯になると水族館に連れて行き、プラネタリウムに連れて行き、いろんな場所を巡ってお腹が減ると、またレストランに連れて行った。

「ここはボクが全部払うよ」

「……お昼に行ったファミレスとは違うのよ? あの時も払ってくれたけど、さすがにこのお店はフルコースだし、結構高いはず……やめときなさい、私が払うわ」

(そんな高い店の料理を奢ってくれるつもりだったの!?)

「だ、大丈夫、今日は高嶺さんに常日頃の感謝を伝えるために、今までの貯金全部崩してきたから、全然足りるはず!」

「そんなに言うなら、たまには私もあなたを立てなくてはね」

(う、うぅ……本当に高かった。帰りの電車賃がもうない……)

「鬼童くんにも甲斐性があったのね。見直したわ」

「あ、ありがとうございます……」

「じゃあ、次行きましょっか」

(えっ、まだ解散じゃないんだ‥…!?)

 レイコは貞男の遅い歩きにも歩調を合わせて、隣を歩く。

「ほら、顔を上げて。あなたこういう景色見てくさいこと言うのが好きなんでしょ」

「くさいじゃなくて、ロマンチックな……な、なんだこれ……!?」

 広場の中心にある大きな樹には光り輝く電飾に彩られ、そこから放射状にのびる形で、街中が七色の光に照らされている。

「メリークリスマス、鬼童くん」

「メ、メリー……え?」

「あら、やっぱり気づいてなかったのね。今日は異国の宗教の記念日、私たちの国では大事な人と大切な時間を過ごす、そんな日よ」

「ご、ごめん……! 高嶺さん、そんな日とは知らず、お出かけを誘っちゃって……」

「何言ってるの? あなたと今日一日デートすること、断らなかったのは私なのよ」

「デ、デート!?」

「えぇ、私は今日のために色んなデートスポットを調べて、おめかしまで頑張って来たのに、あなた全然私のことを見てくれないんだもの。寒い日のオシャレって、結構大変なのよ?」

 貞男は目の前の彼女を見る。その姿は普段見る姿とは違っていた。口紅の影響か血色のよく見える唇に、少し赤く染まった頬、綺麗な睫毛が伸びていて、大きな瞳が目の前の男を捉えていた。

「あっ、ようやく見たわね」

「あっ、あの……香水の匂い、すごく良いと思う……!」

「……ぷふ。あ、アハハハハハ……!!」

「た、高嶺さん!?」

 レイコは笑いを堪え切れず、大きな声で笑いだした。普段のクールビューティーな姿からは想像できない姿だ。

「ごっ、ごめんなさい……ふふっ、だ、だって……やっぱり鬼童くん、全然進歩してないじゃない……うふふっ……」

「そ、そんな笑わなくても!」

「まぁ、鬼童くんは最初から最後まで、そういう子ね。変わったのはあなたじゃなく、私だった、ってこと」

「ど、どういうこと?」

「なんでもないわ。それより、何か忘れてない?」

「あっ、そうだ!! 高嶺さんにプレゼントがあるの忘れてたんだ」

 貞男は持ってきていたハンドバッグからケースを取り出した。

「はい……! 高嶺さんに似合うかな、って思って奮発して買っちゃった」

「……。凄く、綺麗……。ありがとう、鬼童くん、大事にするわね……」

 レイコは貞男に渡されたイヤリングを身に着けた。彼女の輝くにも通らない宝石の光がイルミネーションに反射して、夜空に輝く星のようだった。

「ところで、イヤリングにした理由は何かあるの?」

「えっ、さっき言った通りだけど……」

「だと思ったわ。……ところで、鬼童くんのことだからどうせもう帰りの電車賃すら持ってないでしょ」

「うぅ……本当に高嶺さんはボクのことを全部見透かしてるんだね……」

「でも電車賃は貸さないわよ。自分の足で帰りなさい」

「そんなぁ……」

「まぁ、でも……」

「……!?」

 レイコは貞男の左腕を、両腕で抱え込むように抱きしめた。胸板に暖かい感触が伝わり、顔と顔が急接近する。

「今日はもう遅いし、結構歩いて疲れたでしょう……。ここの近くで『休憩』を取って、朝から一緒に歩いて帰る、ってのはどう?」

「そ、そそそそそ、それって!?」

「あっ、アカネ。あそこにさっちゃんとレイコが居ますよ」

「おーい!! 貞男ー!! レイコー!! こんなところで何してるんだー!!」

「アカネ……! せなちゃん……!」

 アカネとセイナが二人の元に走って来る。レイコはそそくさと彼から腕を離していた。

(なんだこの気持ちは……レイコと貞男が二人っきりで居ると、モヤモヤした気持ちになって……なんでワタシが一緒に居ないんだ……!!)

(レイコ、抜け駆けは許しませんよ。アカネにも負ける気はありません。私はあなたたちよりずっとさっちゃんのことを想い続けてきたのですから)

「ほら、さっちゃん! みんなで一緒に帰りましょう」

「レイコの家で、クリスマスパーティーだ!」

「えっ、休憩……ボクの……」

(ボクの童貞が……!?)

 

 貞男の童貞は、全宇宙に狙われている。

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僕の【童貞】が全宇宙に狙われているッ!? ~猥褻妄想ファイター鬼童貞男、ソラへ~ 青昇龍優太郎 @THE_Greatest_TINPO_taigamasuku

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