第31話、さらば地球よ

 イロハの屋敷に着くと、門の前に彼女がすでに立っていた。

「お母さま、準備というのは終わったのですか?」

「そうだねぇー……。とりあえず、説明するからこっちに来てー」

 イロハは三人を門に通すと、そこには屋敷は無く、代わりに巨大な円盤状の物体が鎮座していた。貞男はそれを見て思わず目を見開いた。

「あれは……【シッポリドッキリメカ】!?」

「そだよー。そもそも、こういうときのために整備しといたのー。月がこうなることは想定済みだからねー」

「そんな大切なものを私物化していたのですか!?」

「ち、ちがうよー……?」

 自らの娘に痛いところを付かれたイロハは目を泳がせた。

「お母さま、この【シッポリドッキリメカ】……いえ、宇宙船が月に行くまでは何日間必要なのですか」

「うーん、三日くらいかなー? あと、私のネーミングセンスを否定しないでー」

「月ってそんなに遠いのか!?」

「72時間か……意外と余裕があるな……」

 貞男は少し安堵したが、イロハはそれを否定した。

「そんなことないよー? 宇宙空間で相手側から何かしらの妨害があるって、私は思うなー」

「何を警戒すればいいのですか?」

「分からないねー。敵がどういう手段を使ってくるか……。まぁ、とりあえず、みんなには【シッポリドッキリメカ】の操作マニュアルを叩きこむから、覚悟しててねー」

 その後貞男たちは【シッポリドッキリメカ】の操作マニュアルを読み込んだ。操作はそれほど難しい訳ではなく、そこまで困る要素は無さそうだった。

 そして、作戦開始の時刻が近づいてきた。

「武装、燃料、オールオッケーだよー」

「お母さま、では……行ってきます」

「イロハー!! またなー!!」

「鬼童くんは大丈夫?」

「逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……」

「……ふざけてる余裕があるなら大丈夫ね、抜錨!!」

 巨大な円盤が宙に浮きあがる。

「行くぞー!! 出発進行だー!!」

 アカネは元気よく月を指差した。【シッポリドッキリメカ】がその方向を目指して加速していく。ゆっくりと街を離れ、小さくなっていく。そして消えて行った。

「……無事に、帰ってきてねー」

 イロハは憂いを帯びた表情で、見送った。


「大気圏を抜けたわ、もう宇宙よ」

「ここが、宇宙……」

「なんかワクワクするな!」

「紅葉さんはむしろこっちの方が馴染みあると思うのだけど……」

 アカネはまるで初めて見るかのように、遠ざかっていく蒼い惑星に興奮していた。

「まぁ、紅葉さんが楽しいならそれでいいわ……。鬼童くん、この宇宙船の兵装は【貞力】を使用するわ。エネルギーを充填するために、今のうちに【貞力】を溜めておきなさい」

「えっ……あっ……そ、そうだったね!」

「絶対マニュアル読み込んでなかったでしょ……」

「ワタシも正直理解してないから大丈夫だ!」

 レイコは大きくため息をついた。貞男は申し訳なさそうな表情をしつつも、深く目を瞑った。

 そして、いつものように酷い妄想をし始めた。

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