第28話、催眠術は都合が良すぎる
四時間目、保健
「うふふ……『ガチエロ・デイ』もこれが最後……皆さん、今から私が言う形で席を片付けてください」
カリンは教室の生徒に指示を出し、机と椅子をバリケードのように積み立て、教室から出られないようにした。そしてすべての椅子は撤去された。
「今から特別授業を始めます。男子の皆さんは椅子になって、女子は男子たちに座りなさい」
「そ、そんなことできる訳……が、皆!?」
教室に居るクラスメイトは全員、カリンの指示に従っていた。そして、いつの間にか自らも椅子になっていることに貞男は気づいた。
「貞男、ごめん……!!」
アカネもカリンの指示に従い、貞男の上に座った。彼の背中に柔らかく暖かい感触が伝わったが、その目には彼女の健康的な脚と真新しいスニーカーがちらりと映り込む程度で、周りの状況を何も把握できなくなってしまった。
「いいかしら? これからの時代は女性が男性の手綱を握るの。男尊女卑の時代はもう終わり、これからは女尊男卑の時代よ。女は男の上に立ち、男はそれに悦ばなければならないの! うふふ……。男は女のために働くのよ。女のために、この競争社会を勝ち抜いていける男こそ真の男ではなくて? 一番強い男を所有している女こそが、この世界の覇者なのよ!!」
「な、何を言っているんだこの人は……」
「これから皆さんには、戦ってもらいます。戦って負けたペアには何も与えられません。食事も、教養も、人権も……。どういうことか分かりますか?」
教室がざわつく。
(全く分からないから黙っておこう……)
「うふふ……皆さんの想像する通り、昼休みのご飯を食べる時間は与えないし、授業なんて受けさせてあげないし……下位のペアは私の奴隷にしてあげるわ。負けた癖に強い女の奴隷になれるなんて、嬉しいよね?」
「ふ、ふざけるな!! 大体、このペアの基準はなんなんだ!!」
野球部の飯田が紛糾する。女の子の下で四つん這いになる情けない姿での紛糾だ。
「あら、気づいてないの? ここに居る女子は皆、心の内で自分のモノにしたい男子に座るように暗示を掛けられている……お互いの好意の高い方を優先して全自動的に座る相手を選別する、最新の高性能催眠術よ」
(催眠術……!? そんなものでボクは椅子にされてしまったのか……よかった、そういう性癖に目覚めたわけじゃなかったんだ!)
貞男がアカネの感触に恍惚の表情を浮かべているのはまた別の問題であった。
「飯田くん、ごめん、私……」
「そ、その……いいんだよ!」
「あっ、あんたのことなんか別に……」
「お、俺も別にお前なんて好きじゃねーし! まぁ、お前が好きで座ってくれたんなら断ることもねえけど……?」
この異様な空間にもかかわらず、カップルやカップル未満の男女の間に甘い空気が流れる。いつの間にか教室はラブコメ空間のようになっていた。
(ここまでは計画通りね。……さぁ、第二段階よ、私を楽しませなさい)
「お楽しみのところ申し訳ないのだけど……これより、選抜試験を開始するわ。一度敗れれば今日の昼休みはご飯抜き、二度敗れれば退学、そして三度敗れれば私の奴隷」
(ご飯抜きから退学はいきなりハードル高すぎない!?)
「奴隷って、結局何をやらされるんだよー!!」
「何もかもよ。私が小水を飲めと言えば飲まなければならないし、他のペアと交われと言えば、しなければならない。でも曖昧過ぎるのは良くないわね……。とりあえず、市内を全裸で回ってもらうわ。これを首から下げてね」
カリンは「私は敗北者です。何をして下さっても構いません」と書かれた屈辱的な札を見せつけた。男子生徒たちは必死に首の角度を上向けてそれを見た。
「は、裸でそれを……!?」
男子生徒たちは無論自身がそれを掲げて街中を闊歩する屈辱も脳裏には浮かんだが、それ以上に自分の上に座る女子生徒のことを気にかけていた。
(やっぱり、こういう雰囲気をあらかじめ作っておいて正解だったわ。負けに行くようなマゾが居るかもしれないけど、どんなマゾでも好きな女の子やあわよくば付き合えるかもしれない女の子のためとなれば、男が手を抜くことはありえないわ)
「あっ、アカネにそんなことは……」
(正直見たい……! 手抜いていいかな……?)
ここに居た……。
───
カリンは鞭で四つん這いで這う「敗北者」たちを打つ。
「ほら……!! しっかり歩きなさい!!」
「ブヒイイイイイイイイイ!!」
僕たち男子生徒は身ぐるみをはがされて、その上この固いアスファルトの地面を四足歩行で歩かされていた。膝は赤く腫れて皮がむけていて、酷く痛んでいた。カリンの命令で人間の言葉を発することを禁止されているため、豚の鳴き声で醜く鳴いた。
「ふふ……みなさい。この無様な姿、これがあなたの欲した「男」よ、本当に情けなくて、しょうもない……ザ・コ、よね?」
「飯田君の悪口言わないで!!」
「貞男にこんなことさせるな!!」
「あらあら……私に逆らうなんて……あなたたちも奴隷ってことを思い知らせなきゃ、ね!」
「いやあああああああああ!!」
「ぐっ……!!!」
カリンは女子生徒とアカネに強力な電流を流した。アカネは何とか耐えたが、女子生徒は失禁しながらアスファルトの地面に倒れ、失神した。
「あら……コレ、あなたの主人だったよね? 道路を汚しちゃって……良くないわよね? じゃ、何すればいいか分かる?」
「ブヒッ、ブヒイイイイイイ!!」
飯田くんが倒れた女子生徒の方に向かって行く。そして、彼女を助ける訳でもなく地面の水溜まりを啜り始めた。
「分かってるじゃない」
飯田くんは何も彼女を見捨てたわけではない。そういう趣味を持っていた訳でもない。しかし、カリンは粗相をした女の子に対してどんな罰でも受けさせる。彼は、彼女を守るために地を這いつくばったのだ。
「そろそろ起きなさい」
カリンが女子生徒にビンタを喰らわせると、彼女はすぐに起き上がった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「分かればいいのよ、分かれば。で? アカネはまだ謝らないの」
「ワタシは屈しないぞ……! 貞男に謝るのはオマエだ……!!」
「はぁ……もういいわ。03番以外の豚共は、コイツをやっちゃいなさいな」
「ブヒッ!! ブヒブヒ!!」(やめて……!! アカネに手を出さないで)
「ブヒッ!! ブヒイイイイ!!!」(駄目だ……あの人に逆らったら俺の彼女がどうなってしまうのか)
「ブヒイイイイイイイイイイイ!!」(しょ、しょうがなくだぞ! しょうがなく、ぐへへへ……)
アカネは両手と両足を拘束されていたが、歩くために足の拘束は緩かった。残った脚で抵抗しようとしたが、何故か動かない。
「あなたは抗えないわ。諦めなさい」
「そ、そんな……!! イヤだ……! 貞男、見ないでくれ……ッ!!」
アカネの足元に豚たちが群がって来る。
「ブヒ!! ブヒ!!」
豚たちは鼻息荒く足元に突進し、アカネを転倒させる。
「い、イヤ……来るな!!」
「ブヒイイイン!!」
アカネは身を捩り逃げようとするが、無力だった。体重60キロを優に超える巨大な雄豚たちがアカネに乗りかかる。膝が脇腹に入り肘が顔に当たり、何度も苦しそうな声を漏らす。絶望的な状況の中でもアカネは声だけで抵抗しようとした。しかし、それも無駄だった。
「むぐっ……ッ!!」
喚き叫ぶアカネの声に堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、一人の豚がアカネの口を、自らの口で塞いだ。
「んんんんんん!!!???」
それに続き、沢山の豚共がアカネに群がって来る。耳を舐り眼球を舐り、髪を舐り、脇腹を舐り、胸を舐り、臍を舐り、脚を舐り、足を舐り、股を舐り、身体中を唾液まみれにしていった。その何とも言えない不快な感覚に彼女は身体を震わせて、失禁した。
「あはは……!! ざまあないね、アカネ!! あなたはそうやって、03番……鬼童貞男に見られながら情けない最期を迎えるの……さぁ、やってしまえ!!」
「……!??!?!?」
「ブヒッ、ブヒイイイイイイイイイイイイ!!」(やめろ、やめてくれええええええ!!)
カリンに命令を下された豚たちはカリンに噛みつき、その肉を剝いでいく。身体中に穴が空いていき、やがて抵抗する声も聞こえなくなっていった。
「ブヒッ、ブヒイイイイイイイイイインンン!!!」(アカネエエエエエエエエ!!)
僕の、「03番」の奴隷生活はまだ始まったばかりだ───。
「クソ……そんなこと許せないぞ!!」
「貞男!! 許せないよな!! ご飯抜きなんて……絶対に許さん!!」
(えっ、そこ!?)
そもそもありもしない想像に憤慨していた貞男も人のことは言えないが、彼らにはそんなことよりも目の前の脅威に対処する必要があった。カリンは一体どんなことで生徒たちを競わせようとしているのか、まだ判然としていなかったのだ。
一同は傾けたくもない耳を傾け、カリンの一言を待った。
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