第25話、たまにはエモく、エロでなく
別荘に戻って三人はシャワーを浴び、浴衣に着替えた。表に出るとそこにはすでに浴衣姿の槍山が居た。
「ふー、大変だったぜ」
「た、忠成くん!? 生きてたの!!」
「おいおい、主催者が死んだと思ってんのに次の準備しようとしてたのかよ、俺がサダを残して死ぬ訳ねえっつーの」
「物理的に死んでるはずだと思うのだけど……」
「まぁ、どっかの国の沿岸警備隊に発砲された時はさすがに死ぬかと思ったけどな」
「まさかの外国領海!?」
「そこまで飛ばされたことに命の危機を感じなさいよ……」
「ワタシならもっと早くに帰ってこれたな!!」
「忠成くんより早いなんて、アカネは凄いね」
(宇宙人と張り合える方がおかしいと思うわ……絶対人間じゃないと思う、この人)
「じゃあ、行くか!! 性愛夏祭り!!」
四人は神社にやって来た。そこそこ大きな神社で、参道の周りにいくつもの屋台が並んでいる。
「おー!! これが地球の祭りか!!」
「結構な規模じゃない。この街にこんな催しがあったのね」
アカネとレイコは感心して祭りの様子に見入っていた。
「さすがにここまで人と店集めるのは大変だったぜ!! あっ、俺は彼女と待ち合わせしてるからここで離脱するわ!!」
槍山は手を振りながら離脱していった。何度も後ろを振り返って手を振るので、バランスを崩してこけていた。
「もう……あんなにこけて、忠成くん、本当におっちょこちょいなんだから……」
(「集めるのは」って言ったように聞こえたけど、気のせいよね)
「!!?? 貞男、あれなんだ!!」
アカネが指をさす。
「あー、あれは射的だね。おもちゃの武器で景品を落として、落ちた物を貰えるんだ」
「ワタシ、あれやってみたい!! レイコ!!」
「はいはい……出せばいいんでしょ、出せば」
レイコは手慣れた手つきで懐から財布を取り出した。
アカネはぬいぐるみに弾を当てたが、びくともしない。
「基本大きいのは落ちないから、小さいの狙った方が良いよ」
「えー!? 大きいの欲しいなー」
「あっ、そうだ。あれとかどう? 駄菓子」
貞男は円柱型の小さな容器を指さした。
「おいしいのか?」
「ラムネってやつ、そういえばアカネは食べたことなかったなーって思って」
「うん!! よーし、狙うぞー……」
アカネはその後、3つの駄菓子を手に入れた。
「紅葉さん、それ食べるのは帰ってからにしましょうね」
「なんで今食べちゃダメなんだ?」
「今から色んなもの食べれるからだよ、ほらたくさんあるでしょ?」
「ホントだ! 焼き鳥、焼きそば、りんご飴……食べたことないのばっかり!」
アカネは屋台を練り歩き、色々なものを食べていった。……レイコの財布で。
「あっ、あそこにいるのは……!!」
貞男は目の前の屋台に、見知った顔があるのを見つけた。カリンとラティアーノだ。
「ククク……おいしいおいしいたこ焼きはいかがかな?」
「あっ、貞男くん達じゃない。あそこから帰って来るの大変だったのよ」
ラティアーノはたこ焼き製造用の鉄板で、器用にたこ焼きを作っていた。
「ちょっと待って、そのたこ焼きって本当に蛸だよね?」
「そうとも、正真正銘の蛸の足を使っているさ。竜宮城からの直輸入でね」
「安心しなさい。アレは噛み切れないから売れないわ。」
(食べたんだ……)
「それより、ラティのたこ焼きは絶品よ? そこの裏切り者も食べて行ったらどうかしら?」
「食べる!!」
「なんか毒入れそうな言い方してるけど……」
「鬼童くん、【サキュベーター】に毒の類は効かないわ」
「なら大丈夫かぁ……」
カリンはレイコから小銭を受け取り、8個入りのたこ焼きをアカネに渡した。
「うまい! うまい!」
「ククク……そうだろう。ワタクシはエンターテイメントには手を抜けないのでね」
彼女はそう言うと、時計に目をやった。
「おっと、もうこんな時間か。それを食べたら花火を見に行きたまえ。山の上に登れば良い穴場スポットがあるのだよ」
「随分親切なのね」
「この星で最も美しいショウの一つを、そこの少年だけじゃなくて、アカネくんにも見せてあげたいからね」
「ラティー、ありがとう!!」
「ククク……」
アカネの言葉に、ラティアーノは照れ臭そうにシルクハットのツバを落とした。
三人はそこまで高くない山を登り、ラティアーノの言っていた穴場スポットに到着した。辺りは閑散としていて、風で木の葉が揺れる音だけが響いていた。
「そんなに歩かなくてよかった……」
「この駄菓子っての、おいしいな!」
「さっきの景品、もう食べてるのね……」
「もうすぐ花火が始まるみたいだね」
貞男とアカネとレイコは、海の方を向いた。時間になると、小さな破裂音と共に一筋の光が放たれた。
ヒュ~~~~~~~~~~~、ドン!!!!
「ワッ、光った!? なんか飛んできたぞ!!」
「あれが花火だよ」
炎の大輪が闇夜に光り、轟いた。赤く、青く、緑にも紫にも光り、散っていく。月の灯にも勝る美しい閃光が彼らを照らす。
見上げた空に打ち上がる火花は美しかった。七色に照らされる水面が揺らめぎ、その奥へと光の花が溶けていく。
「鬼童くんは、さすがに花火くらい見たことある?」
「うーん……あるような、ないような……おぼえてないな」
「ワタシは今日この瞬間みんなで見た花火は忘れない!!」
「うん、ボクも覚えてると思う」
「たかが打ち上げ花火でよくそんなにしんみりとできるわね……。まぁ、でも」
「綺麗だなぁ……」
貞男は花火を見ながら、二人を横目に見た。心地よい爆発音が胸に響くたび、暗闇の中の横顔が艶やかに照らされる。
「またいつか、こうやって肩を並べて花火を見たいな」
「ワタシも貞男とおいしいものいっぱい食べて、綺麗な花火見たい。レイコも一緒に!!」
「仕方がないわね……。あなたたちだけだと心配だから、来年もついていくわ」
そのまま、同じ方向を見つめ続けた。
「あっ、花火終わっちゃった……」
「結構多かったわね。また槍山くんが裏で何かしたんでしょうけど……」
「祭りはもう終わりなのか?」
「そうよ。祭りの後は寂しいけど、どんなものにも終わりという物は来るもの」
「そうか……永遠なんて無いんだな……」
アカネは肩を落とした。
「そんなことは無いと思う。根拠は無いけど……」
「鬼童くんは夢見がちなところがあるわね。祇園精舎の鐘も、花火の音も、私たちの命も、諸行無常の理の中にあると私は思うのだけど」
「確かに、そうかもしれない……だけど」
貞男は空に浮かぶ月を掴むようにして、拳を握った。
「そう信じて、生き続ける。おいしいものを食べて、お腹いっぱいになって、そういう今日が明日も続くって、そう思うんだ」
「……あなた、そういうこと言うキャラではないでしょ。自分に酔いすぎね……。あと、口元に何かついてるわよ」
「えっ……ど、どこどこ!?」
「ここよ」
レイコは指で、貞男の唇をなぞるようにして口元の汚れをふき取った。貞男はその冷たい感覚に肩を震わせたが、触れられた部分がじわりと暖かくなっていくのを感じた。
「貞男!! 顔真っ赤―!!」
「う、うるさい!!」
貞男はアカネを追っかけまわした。その姿はとても子供らしかった。
「ほら、やっぱりくさいセリフを言うには早かったじゃない」
レイコは微かに上がった口角を手で隠して、二人を追った。
三人はそのまま山を下りて別荘に帰った。槍山は夜のレクリエーションも用意していたが、それぞれの部屋から聞こえる安らかな寝息を聞いて予定を取りやめた。
「翠山さん、ゴメン!!」
「え、えへ、い、いいの。あの子たちには良い資料貰ったし……」
シズクは触手凌辱モノの原稿を手に夜に消えて行った。
朝が来て、夏休みの槍山プランは終わりを迎えた。貞男は無駄に大きすぎるリビングに出ると、そこにはすでに帰り支度を済ませている槍山が立っていた。
「サダ、楽しめたか?」
「おかげさまで」
「ここの鍵渡しとくから、いつでも来ていいぞ。なんなら近いし、住んでもいいぜ」
「ちょ、ちょっと一人で住むには大きすぎるかな……」
槍山と貞男が話していると、寝ぼけた顔のアカネとしっかりと身支度を整えてきたレイコが表に出てきた。槍山は二人に深く頭を下げた。
「翠山さんがどっかに行っちゃったから、帰りはリムジンじゃないんだ、ごめんな!」
「いえ……改めて電車で数駅の場所にリムジンはいらないと思うのだけど」
そのまま四人は電車で帰途につく。貞男の夏休みはまだ始まったばかりだった。
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