第14話、夢の世界……?(2)

「ここは……どこ?」

 僕は燃え尽きた。それで……そこからの記憶が無い。あるはずもない。あたりを見渡すと、何もない真っ暗な空間に12個のドアが立っている。おかしい、ドアが全て、単体で立っている。それも等間隔で、時計みたいだ。また、戻ってきた。


カーン……。


 鐘の音が聞こえる。地面からぽわっと、何かが光る。

「時計の針……?」

 それは、時計の針のように見えた。しかし、時針でも分針でも秒針でもない。ただ一本の道だった。針は4時の方向を指し、「進め」と示しているように見えた。



「……行かなきゃ」

 何故だかは分からないが、僕の脚は自然とそちらに向かっていった。


チク、タク、チク、タク……。


 僕は進む。まっすぐ進む。


チク、タク、チク、タク……。


 僕は開ける。迷わず開ける。


───僕は、燃え尽きたはずだった。身体を、命を、存在を、虚空へと還したはずだった。

「あれ……ボク、生きてる」

 生きている。身体がある。意識がある。心臓が動いている。両脚は地面を捕まえているし、地面は両脚を捉えて離さない。あの時見た光景は夢だったのだろうか。それとも、ここはあの世なのか。

「……夢?」

 そもそも、この空間は一体何なのだろうか。時計の針のように、一つずつ進んでいく僕は一体何なのだろうか。これは夢で、全ては幻ではないだろうか。

「夢なら、覚めるよね……」

 僕はこの空間で色んな感情を知った。知らない幸福、知らない恐怖、知らない痛みや、悲しみを知った。人の見る「夢」なんて所詮、自身が知っているものの再構成でしかないのに、僕はその全てを知らなかった。

「念のため、痛みがあるかくらい確かめてみるか」

 僕はいつものように筆箱からボールペンを取り出すと、それを指先に押し当ててみた。ほのかに痛い。現実のようだ。

「……?」

 いつものように、僕は、僕の部屋に居た。僕が住んでいるマンションの一室だ。もしかして、今までの全てが夢だったとしたら、既に僕は覚醒したのかもしれない。長い間寝ていたかもしれないし、二人ももしかして心配しているかも、と思った。

僕は高嶺さんやアカネに連絡をしようと、制服のズボンからスマートフォンを取りだした。ポケットの中には、僕が持っていたはずの物より、数世代昔の端末が入っていた。

「これ……こんなの使ってたっけ」

 当然、連絡先には誰も入っていなかった。僕が覚えていないものだから、当然のことだ。仕方がないので、部屋から出て、直接会いに行くことにした。

「あれ……開かない」

 玄関の扉が開かなかった。鍵が閉まっているのかと思って見ると、あるべき場所にあったのは、鍵穴だった。ここは部屋の内側のはずなのに、外側から施錠されているようだった。

「おかしいな、やっぱり夢かな……」

 釈然としないまま部屋の中をうろついて手がかりを探していると、僕は着ている制服がいつもと違うことに気が付いた。

「これは……中学の制服?」

 中学校の制服だった。と言っても、僕はこの制服を着た記憶はない。性愛高校の近くにある中学校で、ここら辺の学区なので、この制服を着た中学生をよく見かけるのだ。

「それにしてもなんで中学……」

 やはり、僕はまだ夢の中に居るのだろうか、どこまで行っても整合性が取れない。さっきから何度も同じように繰り返し、繰り返し、ドアを開けて、入って、ドアを開けて、入って、僕の知らない世界に飛ばされてきた。でも、その光景の全てに不思議と既視感を覚え、今この瞬間さえもある種の郷愁のようなものさえ感じていた。

 寂れたワンルームの真ん中で、僕はうずくまった。そして、眠りにつく。


ザザーッ!!


 空間にノイズが走る。世界が回転し、反転し、暗転する。飲み込まれる。落ちていく。落ちていく。落ちていく……。


「また、ここか……」


カーン……


 鐘が鳴っている。また「行くべき場所」が照らされる。


 何度目だろう。ドアへと続く道は5時の方向を指している。僕は5回ここに来た。4回ここに戻ってきた。

 行きたくない。行きたいとは思えない。しかし、僕は行かなければならない。行き続けなければならない。僕の脚は深い泥濘を掻き分けるように、前に進んだ。


チク、タク、チク、タク……。


 僕は進む。まっすぐ進む。


チク、タク、チク、タク……。


 僕は開ける。一切の逡巡は許されない。


チク、タク、チク、タク……。


 僕は入る。足を踏み入れる。


チク……タク……。


───僕は廃れた商店街に居た。シャッターが降りた店が立ち並び、昼間にもかかわらず誰も居ない。路地裏に入っていき、目当ての場所に行く。薄暗い中にある、謎の扉、謎の空間。そこは、闇営業のゲームセンターだった。

 闇営業と言っても、そこは別に反社会勢力や犯罪者が居る訳ではない。そういった人間がこの店を開いている訳ではない。そこはただ、行き場の失った少女や少年たちのたまり場として用意された空間でしかなかった。

「よう、サダ!! 来たか」

 かなり昔に流行った対戦型格闘ゲームの席に忠成くんが座っている。「槍山忠成」は僕の幼馴染で、出会ったのは……いつだったか分からない。別に物心つく前から知り合いだった訳ではない。だけど、彼は僕の知っている記憶の中ではずっと友達だった。そして、この場所に僕を導いたのも彼だった。

「……」

僕は無言で対戦席に座る。忠成くんは攻撃的なキャラクターを使って次々と攻撃を繰り出してきたが、そのすべての攻撃を完璧にガードし、カウンターを返す。僕は何回もパーフェクトでゲームを終えた。

「やっぱつええな~」

「……うん」

「もっと自信持てよ! こんな強い奴居ねえって」

「こんな昔のゲームで強くたって、何の意味も無いよ」

 僕は謙遜する。いや、これは謙遜じゃない。ただの事実だ。僕はこの見捨てられた人々のためのゲームセンターで、進むことのない時間を進み続けている。ただただ虚しい時を過ごしていた。

 何の意味も無い。ここにある物全てを極めた。ありとあらゆるゲーム、世界から見捨てられた廃棄品のレストアたち、世界から見捨てられた子どもたち、世界から見捨てられた商店街の片隅で、何もかもが止まっているような日々を送っていった。

 特に意味はない。特に意味は無いが、いつものように日が暮れるまでゲームをして、帰途についた。


───マンションの自室のドアを開けると、僕はまたいつの間にか気を失っていて、そこではまた、12個のドアが僕を囲っていた。


カーン……。


 鐘が響く。そしてまた6時の方向に道ができる。僕は最初の頃よりこの状況を理解するのが早くなる一方で、意識が不明瞭になっているような気がした。だんだんと、こちらの世界がまるで現実のように思えてくる。

 現実とは、なんだろう。夢とは、なんだろう。僕たちにとって、世界というのは結局のところ「目に見えるもの」でしかない。僕たちは「目にみえるもの」の世界を「現実」と呼んでいる。じゃあ、「夢」というのは一体なんなのか。それは脳が見せる幻影だ。だから、現実じゃないと、みんながそう思っている。

 でも、本当にそうなのだろうか。脳が見せるものは、結局僕たちが目で見たものの再構成でしかないのだ。そして、その再構成された世界を見続けている僕は、ある意味では現実に居るのと同じなのではないだろうか。

 境界線が曖昧になっていく。僕の身体がバラバラに分解され、そして再構成されていく。右足を踏み出すと、そこに右脚は無く。左足を踏み出すと、そこに左脚は無い。眼球はなくとも目の前の光景を捉え、両手が無くてもその取っ手を掴んだ。

 チクタクチクタクと、煩い音が流れる。無いはずの感覚器官がそれを捉える。時間が、空間が、存在が、捻じれて歪んでいく。そして、ドアの中に僕は消える。


「───さっちゃん……さっちゃん……!!」


 声が聞こえる。あの声だ。あの子だ。目を開けようとしても、開かない。手を動かそうとしても動かない。そもそも、耳が聞こえているかも分からない。これは、幻聴なのかもしれない。

 身体中が痛い。熱い。苦しい。そうだ、僕はあの時に炎に巻かれて……そこから意識を失っていたんだった。僕はここで死ぬのだろうか。

 僕に初めてできた友達、───ちゃん。現実か幻か分からないけど、なんとなく、彼女の悲しみと、熱いほどの感情が伝わってくる。慟哭で、僕の身体が浮き上がっているような感覚が伝わってくる。

「ごめんね……ごめんね……」

 なんで謝るの……? 謝らないで。僕は───ちゃんに、悪いことはされてないのに。むしろ───。


 空が光る。すでにすべての感覚を奪われていたはずの僕は、目で、耳で、匂いで、それを感じ取った。

「ごめんね、私、もう、こうすることでしか……!!」

 光に包まれていく。世界が回転し、反転し、暗転する。飲み込まれる。僕の精神は自動的に7時の方向へ進んでいった。

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