第10話、恐怖!昏睡SMプレイ女!


───翌日


「い、いててててて……。昨日ははしゃぎ過ぎたな……」

 貞男は普段運動を全くしない。それにも関わらず、昨晩は数時間走り続けた。レイコのやる気が無かったのが不幸中の幸いで、さすがに倒れるまで全力で走ることは無かった。

 全身筋肉痛で歩くのも辛い貞男だったが、最近はアカネとよく遊び、学校が楽しくなってきたので痛む身体を引きずりながらも通学路を進んでいた。

「あらら……貞男くん。大変そうね? これ、レモンティーしかないけど……」

「あっ、ありがとうございます……」

 貞男はいつの間にか横に居た誰かからペットボトルを受け取り、蓋を開けるとごくごくと飲み干してしまった。

(あれ……誰だこの人?)

「ふふふ……知らない人から渡された物を疑わずに飲んじゃいけないんですよ」

 貞男の視界が暗くなり、糸の切れた人形のように力なく倒れた。謎の人物はそのまま貞男を連れ去り、どこかに消えて行った……。


「───こ、ここは……知らない天井だ」

 貞男が目を覚ますと、そこには無機質な景色が広がっていた。正方形の部屋は、四方を見渡しても薄暗い色の金属の壁に包まれており、真っ暗な部屋は目が慣れてきて見えるようになっても、真っ暗な部屋に変わりなかった。

「あれ……なんか、動けないな」

 貞男は自身の身体を確認する。彼が身体に身に着けたいたはずの衣服はそこには無く、下着のみの姿になっている。さらに、両腕に何かしらの拘束具が付けられていて、全身にも何か網のようなものが張り巡らされていることに気づいた。

「これって……亀甲縛り……!?」

「あら、目を覚ましたみたいね」

「うおっ、まぶしっ!?」

 今まで暗かった部屋に、電灯が付く。貞男はその眩しさに目を晦ましてしまう。瞼を開くと、彼の目の前には一人の女が立っていた。

 青い髪に青い瞳、青い色を基調とした刑務官のような服装、アカネとは対照的に自己主張の激しさは無いように見えた。しかし、その控えめに見える胸やすらりと伸びた脚は気高さを感じさせた。おっとりとした瞳の奥は冷徹に光っており、目の前に居る男を下等生物として扱っているようで、その気高さは傲慢とも取れた。

「初めまして、鬼童貞男くん……私は、【サキュベーター】の碧山カリン、【性王】様の命を受けて、あなたを落としに来たわ」

「ぐっ……こんな一服盛って拘束して【童貞】を奪うなんて……卑怯だ!!」

「ふふふ……【性王】様のおっしゃる通り、頭の方は残念なんですね。そもそも、私から渡された飲み物を飲まなければよかっただけの話なのですが……。あなたは何の疑いも無く飲んだ。全てはあなたが、お馬鹿さんだったからに過ぎません」

「ちっ……ちくしょう……」

「……でも、あなたの言う通り、私も多少はこの手は卑怯だと思っているのですよ。ですから、【童貞】を奪うのはあなたを屈服させてから、と決めているのです」

「屈服……?」

「えぇ、私の【断罪の鞭】を使ってね……。スパンキング・スパンキング・サディズム───」

 カリンは詠唱を始めた。

「───あなたの罪を赦しましょう。この痛みに耐えられるのであれば……断罪せよ!! フラジュラント・クロス!!」

 詠唱を終えたカリンの手には、鞭が握られていた。叩かれればとてつもない激痛に襲われるであろう、懲罰用の鞭だ。彼女はひとまず、貞男の足元に威嚇するように一発の鞭を入れた。すると、あまりの鋭さに床には焦げ跡がついた。それから遅れて、鞭を振るう音が響いた。

「ひ、ひぃっ……!? そんなの打たれたら死んじゃうって!? SMで使う鞭はそれ専用のものなんだって!!」

「大丈夫ですよ。ちゃんと加減はしてやりますから。当てるのは先っぽだけですよ。亀甲縛りのお陰でそこまでは痛くないはずです。それに【性王】様曰く、あなたはドエム、というものらしいですから」

「ご、誤解です!! 痛くしても気持ち良くはないですうううううう!!」

「痛いなら痛いでいいのよ? あなたが『ボクの【童貞】奪ってください~』って泣きついて来たらやめてあげるわ、ふふっ」

「も、もう別にいいから!! 頼むから痛くしないで……ボクの【童貞】う……」

 貞男は躊躇った。ここで【童貞】を簡単に受け渡してしまえば、地球は【サキュベーター】達に支配される。否、彼にとって「そんなこと」はどうでもよかった。

「あら? まだ一発も打ってないのに降参しちゃうの?」

「いや……降参はしない!! だって、ボクは……」

 貞男の脳裏に浮かんだのは、レイコとアカネの姿だった。

レイコは彼に冷たく当たって来るものの、貞男を鍛え、貞男と共に戦ってきた、彼に出来た初めての「仲間」だった。彼女に出会うまで彼の人生は、なんともつまらなかったものだろう。

 アカネは最初「敵」だった。しかし、対立し、対峙し、対話し……いつの間にか、彼女との間には友情が芽生えていた。根暗だった貞男を「友達」と呼んでくれて、明るく照らしてくれた。

 貞男は理解していた。自分自身の【貞力】の力を最大限に引き出してしまえば、この地球はどうにでもなることは、彼の足りない頭でも理解できた。もし自分が【童貞】を奪われてしまえばどうなるかも、理解していた。新しい支配者になった【サキュベーター】にとって、脅威となる【貞器】使いと裏切り者の処遇は、優しくないだろう。

 そして何より、「高嶺さんに認められたい」と貞男は願っていた。こんなところで簡単に童貞を失っているようじゃ、昔の自分のままだ、高嶺さんに顔向けできない、と彼は思ったのである。

「耐えろ……耐えるんだボク……」

「どうやら覚悟は決まったようね……。では、行くわ。とりゃっ!」

「ひぐうううううううううう!!」

 強烈な一発が貞男の腰に直撃する。手加減はしているようだが、それでも大きな擦り傷ができる。

「まずは一発目。さすがに肉を削いじゃうようなのは可哀そうだから、あと三十八発まではこの威力でやってあげるね。四十発目からは、気絶するほどの威力でやってあげる。貞男くんはそこまで耐えられるかな?」

 カリンの瞳に熱が灯る。痛みを堪えようとして堪えきれていない貞男の姿を見て、嗜虐心を刺激されたのだ。【性王】に貞男はマゾだと言われたから、命令されたからではなく、ただ彼女は年頃の男を痛めつけるのが好きなだけなのである。

「や、やってやらぁ!! ばっちこーい!!」

 貞男はカリンのムチ攻撃に対し、気合を入れて何とか乗り切ろうとする。

「えいっ!」

「ぐわあああああああああ!!」

「えいっ!」

「いやあああああああああ!!」

「えいっ!」

「あいえええええええええ!!」

「えいっ!」

「や、やっぱ痛い痛い無理無理無理!!」

「えーいっ!」

「ぐはっ……!!」

(こ、このまま痛みに耐え続けるのは無理だ。何とか【貞力】を溜めて、【性杯】の力で乗り切るしかない)

「ふふっ、良い声~。貞男くん、もっといい声で泣いてね?」

「うぐううううううううう!!」

(意識を集中しろ。感覚を下半身に集中し、脳と下半身を直結させるんだ。やれる。今のボクなら大丈夫……)


───ムチの痛みが無ければ、イケる……!!

「ふふっ、貞男くん。ここはどうかしら?」

「あっ、ふっ……んっ」

「良さそうね、じゃあ、ここは?」

「んっ……はっ、はっ、ははははははははは!!」

 カリンが手に持っているのは鳥の羽だ。SMプレイでよく使われるこの羽は「くすぐり羽」と呼ばれている。僕は彼女のくすぐり攻撃に苦しみ悶えていた。

「そんなに笑っちゃって、相当気分が良いのね?」

「ちっ、ちがっ……やめっ……あっはははははは!!!」

 僕の足裏を羽が優しく撫でる。その攻撃は優しさとは真逆に、圧倒的な攻撃性を持っていた。さらに脇を撫で、脇腹を撫でる。優しい暴力に僕の精神が狂わされていく。

「もっ、もうダメ……許して」

「うーん、確かに笑わせるだけなのは飽きてきたわね。じゃあ次は焦らしてみましょうか」

 カリンはそう言って、また同じようにくすぐり羽を僕に向けてきた。しかし、撫でる場所が先ほどとは全く違っていた。その動きは敢えて僕の敏感なところを避けて、ぐるぐると回しているように見えた。

「くすぐりっていうのはね。何も笑わせるだけじゃないのよ? 焦らして焦らして……気持ちよくさせるのもくすぐり、貞男くんに耐えられるかしら?」

「耐えてみせる……!!」

 カリンは優しい手つきでくすぐり羽を操っていく。こそばゆいようで、そうでもない微妙な境界線を、まるで道筋が決まっているかのように沿って行く。僕の身体は最初、そのこそばゆさをあくまでも「こそばゆさ」だと認識していたが、身体を震わせれば震わせるほどそれが「快感」であると錯覚させていった。

「だんだん気持ちよくなってきたでしょう? 焦らすことで、元々性感帯じゃなかった場所も開発されていってしまう……。これはくすぐり羽なんかじゃないわ、魔法の羽よ」

「貞男くん。もう限界なんじゃないかしら? もうあなたの身体は全身が性感帯、どこを触られてもえっちな気分になっちゃうの」

「だ、黙れっ……ボクは負けない……!!」

「あら、残念。普通に気持ちよくなれる最後のチャンスだったのに……。ここからは私の本気、痛いほどの絶望的快楽を味合わせてあげるわ」

 僕の視界が急に暗くなった。アイマスクか何かを付けられたようだ。しばらくして、最初の笑わせるだけのくすぐりが再開される。しかし、伝わってくる感覚は全く違うものだった。

「くっ……あっ……んんっ……!!」

「あら、貞男くん。女の子みたいな声ね。可愛いね?」

「んあっ……!! らめっ……くすぐりりゃめっ……」

「だーめ。やめてあげない。もっと苦しみなさい?」

 僕の身体がひっきりなしに震えている。くすぐられた場所から電流が走り、脳が麻痺していく。耳、胸、太腿、先ほどまで意図的に触られていなかった部分にもくすぐり羽の攻撃が行われていく。視界を奪われた僕は、次にどこに何が来るかを身構えることすらできずに、蹂躙されていった。

「ふふっ……。ここまで感じるようになったら、もう羽なんて要らないわね」

「……はぁ……はぁ……何をっ……」

「ほーれ。こちょこちょこちょこちょー」

「んあああああああああああああっ!!!」

「指によるタッピングくすぐり……全身の感覚を鋭敏にされてこれをやられたら、普通の人間ならまず狂っちゃうわね。貞男くん、頑張って狂わないように耐えてね? あなたは最高のおもちゃ、なんだから」

「いっ、いやいやいやいやいやいやいやいやああああああああ!!」

 僕は全身をさらに震わせる。一本一本の指が別の生物のように蠢いて、僕のことを捕食しようとしている。命の危機を知らせるように汗が噴き出て、その感覚さえも快楽に変換される。脳が焼き切れる。死ぬ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……。


「───生きるっ!!」


シュイイイィィィィィ……。


「あれ……?【貞力】が、溜まらない……」

 貞男はこの痛みの中でも、不埒な妄想を成し遂げた、はずだった。しかし、痛みを感じなくなるほどに集中し、溜めたはずの【貞力】が目の前で離散していくような感覚に襲われた。

「あらあら、残念ね。あなたを縛っているのはただの亀甲縛りではないのよ。それは【貞器】の発生を抑える効果のある縄……あなたたち地球の【貞器】使いと違って、私たちはこんなものまで用意しているのよ」

「そ、そんな……」

 貞男は深く絶望し、全身から力が抜けていくのを感じた。

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