第9話、シッポリドッキリメカ、発進!


 辿り着いた建物は、高嶺さんの家ほど大きな屋敷ではなかったが、それでも大きかった。門はどちらかと言えば西洋式で、鍵はすでに開いていた。目当ての場所も当然洋風の屋敷で、高嶺家の人間が居ると知らなければ漫画やアニメのお嬢様が住んでる家という印象を持っていただろう。

「待っていたよー、鬼童くん、レイコちゃん、それと……君が例の【サキュベーター】の裏切り者だねー」

「ワ、ワタシは任務遂行中だし裏切っては無いぞ!! あと、名前は紅葉アカネだ!!」

「アカネちゃんかー、良い名前だねー」

「フフン! 【性王】様に付けてもらった名前なんだー!! いいでしょいいでしょー!!」

「ふぅーん、よしよしよし、いいこいいこー」

「お母さま……紅葉さんをワシワシしたりナデナデしたりするのより、優先すべきことがあるでしょう?」

「あー、そうだったそうだった。もう治療薬製造の準備はできてるからねー。あとは君たちから採血して、その血液を分析するだけー。はい、チクッとするねー」

「ひぃっ!! お注射怖いよー!!」

「な、なんだこの針がついた透明な筒!?」

「全く……お母さま、その分析とやらにはどれくらいの時間がかかるの?」

「うーん、普通なら数日間だね」

「数日間……!? それじゃあボクたちが急いできた意味って……」

「普通なら、だよ。私も高嶺家の人間だから……さ。舐めないでね」

 イロハの目つきが変わる。今までのおっとりとした表情から、威厳のある顔つきに変わった。


「スケスケ・カクシ・ドリー・パシャパシャ───」


「───見せろ、暁の光……!!」


シャアアアアアアアアアアン!!


 イロハが持っていた二つの血液サンプルが光った。しかし、何も起きずに光は収まった。

「ふーっ、分析完了」

「イロハ、一体何をしたんだ!?」

「へへへ……アカネちゃんー貴重な血液データありがとー、これは役に立ちそうだよー」

「イロハが嬉しいならそれでヨシ!」

「あなた、普通に裏切り者の類だと思うわ……」

「それで、治療薬はできるんですか?」

「うん、ちょっと待ってねー」

 イロハは奥に消えると、数分後に3人のもとに戻ってきた。その手には明らかに薬っぽい緑色の液体が入ったフラスコが握られていた。

「お母さま、いくら何でも速すぎです。手を抜きましたか?」

「そんなことないよー。ただ、この薬はちょっとしかないから、複製する必要があるんだー。鬼童くんにはそれを手伝って欲しいな、って」

「ボ、ボクですか?」

「そだよー。私が分析したんだけど、【性杯】は【貞力】を溜めてさえいれば、持ち主の願いをなんでも叶えてくれるはずだからー」

「それで鬼童くんが複製する訳ね。まだ【貞力】は残ってるはずよね? どうせ丸太にしか使ってないんだし」

「はい……でも足りますかね?」

「計算上はねー、とにかく、今溜まってる分の【貞力】分を全部複製に使って欲しいなー。器の方はここの地下にあるから、そっちで頼むよー」


 一行は地下に降りると、中に水が入っていない巨大なプールがあった。

「お母さま……絶対にこのプール、娯楽用に作ったでしょ」

「えー私なんのことだかさっぱりわかんなーい」

「ワタシ、泳いでみたいぞ!! 今度遊びに来ていいか!!」

「アカネちゃんならいつでも大歓迎だよー」

「もう、全く……。鬼童くん、いい?」

「いつでも行けます!!」

「それじゃあ、いってみよー!!」


 貞男は治療薬の入ったフラスコに向かって、詠唱した。

「───デカスギル・インケーハ・ミオ・ホロ・ヴォス」


シャアアアアアアアアアアアアアアアア


「す、すごいぞ!! 貞男、プールの中にいっぱいのヤクが!!」

「紅葉さん、その言い方はちょっとまずいわ……」

「おー、溜まったみたいだねー。じゃあ、この液体を空中から散布しちゃおっか」

「これだけの薬を、どうやって……?」

「ふふふ、見てなってー」


 イロハが手に持っていた謎のスイッチを押す。すると、とてつもない振動ととてつもない駆動音が響き渡った。気づくと、地下室だったはずの部屋から夜空が見えていた。

「【シッポリドッキリメカ】、はっしーん!!」

今まで屋敷だと思っていたものが宙に浮かび上がった。その見た目は最早地上の建造物ではなく、未確認飛行物体のような円盤だった。

「お、お母さま!? なんなんですかこれは!!」

「これはねー、地球に侵略してきた異星人の技術を使った変形機構……その名も【シッポリドッキリメカ】、普段は家として使えるけど、有事には飛行タイプのロボットになれるんだー」

「こ、これがUFOの真実か……」

「ワタシの故郷では割と当たり前だったよ!!」

「そうなのー? 地球って遅れてたんだねー」

「理解が追い付かないわ……」

「じゃ、閉鎖地区にいくよー、すぐ終わるからねー」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 超高速で飛びながらも全く揺れを感じない【シッポリドッキリメカ】は、効率的に街を飛び回る。

「貞男!! 貞男!! 見てくれ!!」

「なに……?」

「こっちだ!!」

 アカネが窓の外を指差す。そこには無数の街の灯が光っている光景があった。

「夜景だね……この街がこんなに綺麗だなんて、ボクも知らなかった」

「貞男!! 地球の夜ってこんなに綺麗なんだな!!」

「よくこんな異常な状況で小さい街の夜景に興奮できるわね……」

(まぁ、それも彼らの特技かしら……)

「じっくり楽しめなくてごめんねー。なるはやでいくよー」


 イロハは霧状になった治療薬を散布し、【淫デミック】を瞬く間に終わらせ、そのままの勢いで3人を高嶺家に降ろした。


「おかえりなさいませ。所長、レイコ様、鬼童様、紅葉様」

「あっ、研究員の人……良かった!! 【淫フルエンザ】の治療薬はちゃんと機能したんだ!!」

「おかげさまで……。モニターでも感染者たちの収束を確認しました。【淫フルエンサー】も確保してくださったのですよね」

「えぇ、後でこちらの研究室に移すわ。今度はちゃんとセキュリティーに気を使ってね……」

「はい」

くたびれた表情のレイコが研究員にそう話していると、イロハは彼女の様子を察して、締めの挨拶にかかった。

「みんなー、今日はおつかれー」

「今日は本当に疲れたわ……」

「ワタシはまだ遊び足りないぞー!!」

「ボクもなんか昂っちゃって……遊びたい!! どうせこの屋敷広いし、鬼ごっこしよ!!」

「うおおおおおおお!! 貞男、遊ぶぞ!! レイコ、オマエが鬼だ!!」

「か、勘弁して……」

(レイコ……よかったねー。良い友達持てて……)

 3人を、ほほえましい顔で見守るイロハであった。

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