番外編 踏み台令嬢の妹・4


 あれは、7年前――お姉ちゃんの誕生日に、初めて縫った守護刺繍をプレゼントした時。


 お姉ちゃんから「そんなのいらない」って言われたのがショックで泣いて、お母様に注意されたお姉ちゃんが「リウシュが一生懸命縫ったからって何で私が恥かかなきゃいけないのよ!」って言われて更に泣いて――怒ったお父様がお姉ちゃんの為に用意していたアイスクリームを私にくれた。


 ウチみたいな貧乏貴族では滅多に食べられないお菓子だという事もあって、それからずっとお姉ちゃんに逆恨みされていた。


 お姉ちゃんと衝突する度に「あんたは私のアイス奪ったじゃない!」なんて言われて。


 そう。5年前のあの時も、言い合いの最後にその事持ち出されて、本当ウンザリして何もかもが嫌になって――


「その話、もうしつこい!! もうお姉ちゃんなんか大嫌い! お姉ちゃんがいる家なんか出てってやる!!」


 そう叫んで2階の窓から浮力魔法レビテーションを使って庭に飛び降りようとしたら――近くの木の枝にスカートが引っかかって、そのまま逆さにぶら下がる形になって。


 そんな私を見てお姉ちゃんは大笑いするかと思ったら――必死に助けてくれようとしてくれた。


 魔法を上手に使える大人を呼べばいいのに、呼ばずにお姉ちゃんも木に飛び乗って、私を引っ張り上げようとした時、枝が折れて――


 その時、多分お姉ちゃんが地面に魔力の玉か何かぶつけたんだと思う。その反動で私は体勢が戻って、浮力魔法の効果もあって無事に地面に降りられた。


「リウシュ、大丈夫!?」


 お姉ちゃんは私の肩を激しく揺すって、私が無事だと分かると『全くもう、あんたは本当に馬鹿なんだから!!』なんてまた悪態ついてきて。


 その後『あんたを庇う為に庇った足が痛い』ってあれこれ使いっ走りさせられたけど、お姉ちゃんは私が窓から飛び出した事を誰にも言わなかった。


 お母様から歩き方を指摘された時に『ちょっと足を捻っちゃっただけ』だって誤魔化すから、私は誰からも何も言われなかった。


 それきり、お姉ちゃんから私が寮に入るまで、アイスクリームの話をされる事も無くなった――



 何で、その時の顔を、今――お姉ちゃんが死んだ後に思い出しちゃうんだろう?


 私の事を心配するお姉ちゃんの顔を、私が無事だと知って安心したように息をつくお姉ちゃんの顔を思い出しちゃったんだろう?


 散々私に迷惑かけた癖に。死んだ後に(悪い人じゃなかったのに)なんて思わせるなんて、お姉ちゃんは本当にズルいよ。


 お姉ちゃんに持病なんて無い。健康そのもので、私が知る限り病気とは全く縁がなかった。

 毒飲まされたり、襲われたり、馬に踏まれたりのストレスで、って事だとしたら、それは――家から追い出してしまったお父様の、追い出させてしまった私のせいだ。


(私、あの時助けてもらったお礼、ちゃんと言えてなかったのに……!)


 その上、私のせいでお姉ちゃんが――そう思うとベッドに横になってすらいられなくて。

 起き上がって窓の向こうで降りしきる小雨を眺めていると、家の前に幌馬車が止まった。


(……もしかして、お姉ちゃんの遺体が運ばれてきたのかな……)


 玄関まで降りると、お父様がいつもよりずっと高価な――と言ってもうちの高価って裕福な貴族が安っぽいと思うような服なんだけど――コートを羽織っていた。


「リウシュか……これからペリドット邸までサリーチェの遺体を引き取りに行ってくる。2人の事を頼んだぞ」


 お姉ちゃんの訃報を知ったお母様はその場で倒れ、それからずっと寝たきりだ。

 弟のサウセはお姉ちゃんが死んだという実感が無いのか、泣いたり倒れたりという事はないけど何だかボーっとしている。


「……お父様、ごめんなさい。私の、せいで……」

「リウシュ……お前は悪くない。この街でお前達が嫁げる見込みはない、とお前達二人を貴族学校に行かせた私の責任だ。謝らなければならないのは私の方だ……」


 お父様ははガックリと肩を落とし、表情からは絶望が滲み出ている。その姿が尚更心に刺さった。


「それでも……あの子が未熟である事を分かっていながら突き放した親として、せめてこの家で弔ってやりたい。許してくれ」


 幌馬車に乗り込むお父様を見送った後、お母様の様子を見に行く。

 ベッドに横たわったお母様は窓の方を力ない瞳で眺めていた。


「お母様、体調はどうですか……?」

「ごめんなさいね、リウシュ……こんな時だからこそ、貴方やサウセに寄り添わないとならないのに……」


 身を起こそうとするお母様の目元は真っ赤に腫れていて、痛々しい。


「サウセは私が見てますから、お母様は休んでてください」


 心を締め付けられるような痛みを覚えながらサウセの部屋に向かうと、丁度サウセも部屋に入ろうとしていた所だった。


「……ごめんね、サウセ。こんな事になって」

「……リウシュ姉様もお父様もお母様も、何で皆僕に謝るの? サリーチェ姉様は病気で死んだんでしょ?」

「……私が耐えてれば、お姉ちゃん、家を追い出されずに酷い目に合わずに済んだから……死ななかったかも知れないから」


 私が黙ってれば良かった。そうしたらお父様はお姉ちゃんを勘当しなかった。お姉ちゃんは我儘言いながら生きてた。

 私だけが耐えて学校に通い続けていれば、こんな事にならなかったのに。


「サリー姉様が追い出されたのは、追い出されるような事してたからでしょ? 僕だってサリー姉様の事で周りから嫌な事言われたりしてるけど、リウシュ姉様のせいだなんて思った事一度も無いよ」


 私の言葉をサウセは真正面から否定する。皆そう。皆私のせいじゃないって言ってくれる。

 それがありがたくもあり――苦しかった。


「これあげるから、元気だしてよ。サリーチェ姉様だって暗いの嫌だったじゃん」


 中々元気を出せない私を見かねたサウセがポケットから飴玉を取り出して、私の手に乗せてくれた。


 確かに。お姉ちゃんは辛気臭い空気を一際嫌った。

 ずっと前に私が失恋して泣いてる時も『ウッザ!! あんな男さっさと吹っ切って次行きなさいよ、次!』って――デリカシーの欠片もない言葉をかけられた事もあったっけ。


 嫌な想い出のはずなのに、何故かちょっと元気が出た。

 もらった飴玉を口に含んで、サウセの勉強を見てあげて一時間程経った頃――ノック音が響く。


 応じると我が家の家事の大半を担ってくれる、恰幅のいい女中さんが一冊の本を抱えて入ってきた。


「リウシュお嬢様、先程フリュニエ様という方がお出でになりまして、これをお嬢様に渡してほしいと託されました」

「プ、プラムさんが……!? よ、呼んでくれればよかったのに!」

「ええ。呼ぼうとしたんですが、『負担をかけたくないから』と断られたんですよ。大分思い詰めた顔をしておいででしたので、無理にお引き止めするのも悪いと思いまして……」


 困った顔で言いながら差し出された本には<実らぬ愛>と書かれていた。

 その焦げ茶色の革表紙と黄緑に輝くタイトルは作家名の部分を確認しなくても求めていたものだと分かる。

 そして本には二通の封筒が添えられていた。二通の封筒の片方に<読後に読んでください>と書いてある。


 何が書いてあるのか気になって自室に戻り、何も書かれていない方の封を切る。


 中の手紙はお姉ちゃんが死んだと知った後に書いた物のようで、お姉ちゃんへのお悔やみの言葉と私の事を心配する言葉、そして本はけして無理せず、読む気力が出た時に読んでくださいと短く綴られていた。


(今は、本を読む気分にはなれないけど……)


 でも、悪魔と対峙した王は、どうしたのか――気になる。読後に読んで欲しい、と綴られたプラムさんの言葉があるなら尚更、こんな状態でも読みたい、と思ってしまう。


 ベッドに横になり、そっと本を開き――私はまた物語の世界に引き込まれた。


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