第42話 2つの罪・3
静まり返ったホールでデイジーはその場に泣き崩れる。
「私……私がプラトリーナ家の後継ぎとして、ソール様がいなくなった貴族学校で生徒達を導くのは、私達の役目だったのに……ウィロー……いいえ、サリーチェ様、本当に申し訳ありません……!!」
元々正義感も強く、冷静な女性が表情を崩して涙を流して謝罪する姿に同級生達は皆驚いた。
特に今まで自分が人前で何を叫んでも全く聞き入れてもらえず、呆れた目で、あるいは嘲笑の視線で、あるいは加害者を見るような目で睨まれていたサリーチェは、初めて自分に向けられた本気の謝罪に一層動揺した。
「で……デイジー嬢、別に、そこまで深刻に謝らなくてもいいわよぉ! 私だってパクレットの甘ーい言葉に騙されたし、貴方もパクレットの甘ーい演出に騙されただけ! 頭良い人でも恋をしたら私と同レベルになっちゃうって事でしょぉ? お互い騙されてたんならしょうがないわよぉ!」
「貴様……!!」
動揺しながら圧倒的上から目線で励ますサリーチェを睨むパクレットの表情はもはや悪魔のように歪んでいた。
デイジーに駆け寄ろうとするサリーチェをソールが肩を抱いて引き寄せ、剣の持ち手を握るパクレットをスリジエが
「パクレット、落ち着いて……この場でソール侯と、彼の婚約者であるウィロー嬢に剣を向ける事がどういう意味を持つか、分かってるだろう?」
「しかし……!!」
スリジエの諌めに対してパクレットは歯を割れんばかりに噛みしめる。決闘の場でもないのに侯爵相手に剣を抜けば死刑になりかねない。
「ソール様……確かに、ウィロー嬢の日頃の素行の悪さから彼女を犯人だと思い込んでしまった僕達にも非があります……ですが、それはこの各領の有力貴族が集まるパーティーを台無しにしてまで糾弾されなければならないほどの事なのでしょうか? これでは私達ペリドット領の貴族はおろか、ソール様自身も愚かだと知らしめているようなものではありませんか。次代を背負う侯爵として、この行いはあまりに短絡的ではありませんか?」
熱くなった人間を諫めるような穏やかなスリジエの声はホールに響き、小声での会話や念話が交錯する。
スリジエの言う通り、このパーティーに何も知らずに参加した者からすれば突然糾弾劇が始まり、交流どころではなくなってしまった。
祝いの場を弱い物いじめに使うソールに対して、サリーチェの態度も含めて、不快に感じているのか冷めた視線を送る貴族もいる。
スリジエの言葉でまたホールの空気が代わり始めた所で、ソールが表情一つ変えずに告げる。
「私は君達の真似事をしただけだ。君達がどれだけ愚かな事をしたのか、知らしめるのも主の務めだからな……と言いたい所だが、卒業生達の祝いの場を利用した弱い者いじめと私個人の祝いの席を利用した犯罪者の摘発を一緒にしないでもらいたい」
ソールはそこで一度言葉を途切らせると、周囲でざわめいている貴族達にむけて一礼する。
「皆様……私の行いは一見短絡的に見えるかも知れませんが、犯罪者どもを確実に捕らえる為にはこの場が最適だったのです。勿論、公侯爵の方々が不快にならないように招待状に<この祝いの場で自領の犯罪者を摘発するので事の成り行きを見守り、有事の際には力をお貸し頂きたい>と記載させて頂いております」
その言葉にホールが静まり返る。
皇族がいない場で貴族の頂点に位置するのは公爵であり、この場にいる有力貴族の中には公爵や侯爵を主とする者も多い。
その公侯爵達が事前にこの事を知っていて今もなお口を出さない以上、迂闊にソールの行動を批判すれば、自分が公侯爵の不快を買う――ヒソヒソとした声も、念話もピタリと止まった。
そんな有力貴族達が作り出す重い沈黙を破ったのはスリジエであった。
パクレットの剣を握る手が、ヴァルヌスの足が震える中、スリジエは堂々と立って見せる。
「犯罪者、とは……? まさか、ウィロー嬢を犯人と思いこんで粗雑な扱いをしてしまった事を糾弾するに留まらず、僕達に罰まで与えるおつもりですか?」
3人の中でもっとも華奢で、少女のような顔立ちの青年の堂々とした姿は(あの方が犯罪者なんて……ソール侯は誤解されているのでは?)と思うほどに清廉なオーラを放っていた。
パクレットがソールと渡り合える剣術を持っているのと同様、人を惹き付ける態度や風貌、話術において、ソールとスリジエは全くの対等――いや、スリジエの爵位がソールより下という点を鑑みれば、スリジエが少し勝っているとすら言える。
大丈夫なの? と不安に駆られたとサリーチェはソールを見上げるが、ソールは一切臆する無く真っ直ぐにスリジエを見据える。
彼は相手が自分より場の空気を取り込む事に長けているからと言って臆するような男ではなかった。
「スリジエ卿……私はお前達にとても幻滅している。お前達のせいで私が密やかに想い続けてきた女性が男に騙されて乱雑に扱われ、女に告白する為の踏み台にされ、弱者が騒ぐ姿が面白いと感じる趣味の悪い生徒達の玩具にされ、挙げ句誘拐され嬲られ私の馬車の前に捨て置かれた末に殺されかけたのだからな……!」
シンと静まり返るホールの中にソールの怒りを孕んだ声が響き、サリーチェ悲しげに視線を伏せる中、2人の女性――デイジーとカリディアが声を上げる。
「そ……ソール様、落ち着いてください……!! 私達は確かに彼女に悪意を抱き、勝手な思い込みでサリーチェ様を糾弾しました。ですが誰も彼女を痛めつけてなどおりません……サリーチェ様が暴行を受けた事と私達は無関係です……!!」
「そ、そうですわ……! 卒業パーティーの後ウィロー嬢が暴行を受けている事は聞いておりますが、そんな、女性の未来を奪い、尊厳を貶めるような恐ろしい行いなど私達は企てておりません……!!」
必死に無実を訴える令嬢達にソールは冷めた視線を向けて、感情の籠もらない声で告げた。
「私が疑っているのは君達のパートナーの方だ。彼らも関わってないと思うなら逃げないようにしっかり捕まえていてくれ。ただ、少しでも疑っているのならばすぐにパートナーから離れてくれ」
ソールの言葉にキョトンとしたカリディアであったが言葉の意味を理解するとヴァルヌスにより一層強くしがみつく。
セレジェイラも少し眉を潜め不安げな表情をしながらもスリジエの手に自分の手を絡める。スリジエはそれに微笑みで応えた。
デイジーの心情は複雑であったが、それでもパクレットが女性を嬲って道端に捨て置くような人間ではないと信じているのだろう。そっと、パクレットの腕に手を絡めた。
そんなデイジーにパクレットは今にも泣きそうな笑みを浮かべる。けしてパクレットの所業が許された訳ではないのだが。
令嬢達が3者3様の気持ちを抱きながらそれでも彼らを信じているから――愛しているからの行動に戸惑い、狼狽え、強い不安の感情を抱いたのはヴァルヌスだった。
「おっ、俺達がウィロー嬢を殺害しようとしたっていう証拠はあるんですか……!? 証拠もないのに、俺達を犯人だって決めつけて糾弾して、3貴族の名を貶めるような事をして……タダで済むと思っているんですか!?」
カリディアにしっかりしがみつかれたヴァルヌスの叫びにソールの口元が微かに緩む。
「お前達こそ、3貴族を利用してペリドット家の名を貶めるような真似をしてタダで済むと思っているのか?」
怒りを押し殺したような声で呟いたソールの眼差しは目を合わせた者の身が竦んでしまうほど恐ろしく、とても冷ややかなものだった。
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