第43話 2つの罪・4


「……とは言っても、お前達を即刻牢に押し込めるような証拠はない。ただ、お前達が犯人だと示す状況証拠がいくつもある……お前達が今この場で自ら罪を認めるのであればここから場所を移し、命はともかくお前達やお前達が大切にしている者の名誉は守ると約束しよう」


 眼の前の若侯爵は自分達が企てた殺害計画にまで気づき、犯人である事が推測できる証拠を持っている――その状況にヴァルヌスの表情が凍りつき、悲鳴を紡ぐ前にスリジエが進言した。


「ウィロー嬢をこの場で登場させて僕達を動揺させ、言葉巧みに責めればボロを出す、と思ったのでしょうが……そもそも僕達は犯人じゃありません。やってもいない事を認めるも認めないもない。状況証拠だけで僕達を吊るし上げて処刑するなんて、それこそ僕達がウィロー嬢を追い詰めたのと同様、愚かな行為に他ならない」


 自分達が取るべき態度を示されたヴァルヌスとパクレットは大きく取り乱す事無く平静を装う。


 ソールの『命はともかく』という言葉――何をどう守るつもりなのかは定かでないが、暗に自分達の命は守らないと言っている。

 誘拐、強姦、2度の殺人未遂にペリドット家への侵入及び敵対行為――それら考えれば死刑は免れない。


 つまり、ここで罪を認めてしまえば自分達の処刑は免れない――ならば最後までシラを切り通し、ソールの誤解であるという方向に持っていくしか生き延びる方法はない――パクレットも、ヴァルヌスも、言葉をかわさずともスリジエと同じ結論を出した。


 限りなく怪しいと思われたとしても、この国で生きていけない程に名誉を傷つけられたとしても、この場さえ切り抜ければ――イサ・ケイオスに戻り証拠となりえる物を処分した後、異国に逃げる事が出来る。


 パクレットやスリジエと違い、婚約者カリディアにそこまで愛情を抱いている訳では無いヴァルヌスがこの場を乗り切る流れを組み立てる。


「お……俺は卒業してすぐユーグランス家に入りましたので、ウィロー嬢が帰ったというイサ・アルパインはおろか、ここにも今日まで足を踏み入れていません。この状況で何故俺が犯人にされなければならないのです?」


 そう。彼らは実行犯ではない。誘拐にも、引き渡しにも連れ戻しにも間接的に指示しただけで関与していない――喋れば喋るほど自分が優位な状況にあると悟り、自身を帯びてきたヴァルヌスの言葉にパクレットが続く。

 

「私もイサ・アルパインは縁がない。着いたのはウィロー嬢が踏まれた翌日、貴方に挨拶したが都に着いたのは朝だ。その前の晩は途中の街の宿でデイジーと同じ部屋で過ごした」


 ソールは彼らの言葉を受け止めた後、再び言葉を紡いだ。

 

「それでは順を追って説明しよう。まず……サリーチェから聞きとった情報によると、イサ・アルパインで新聞記者を追い払おうと入った酒場で混色眼の人間に酒を飲まされ、酷い酩酊状態に陥った。その後、イサ・ケイオスまで馬車で運ばれ、馬車をを乗り継いでブリアード王国で娼婦として無理やり働かされたようだ。シャンフと呼ばれた事が記憶にあると言っている」

「そうよ! ユシェンダシャンフって何回も呼ばれた事は覚えてるんだから!」


 ユシェンダが馬鹿、という意味だを知っているヴァルヌスが鼻で笑う。


「ブリアード王国では2年前の女王即位を機に性商売が禁止された結果、闇業者を仲介した娼婦を期間限定で館に囲う出張娼婦シャンフという商売が成り立っている……これはお前達も知っているだろう?」


 出張娼婦の保護は3貴族が連携して行われる。令嬢達が小さく頷く中、ソールはヴァルヌスを見据えて言葉を続ける。


「ヴァルヌス……聞けばイサ・ケイオスに逃げ込んだ出張娼婦を探しに来る闇業者の扱いはユーグランス家に一任されているそうだな? お前がもし闇業者と繋がっていれば彼らの為に馬車を手配し、サリーチェを誘拐させる事など造作もない事だろう。お前達がイサ・アルパインやここに来なくても、彼女を運び、指示通りに置いていく実行犯が別にいれば何の問題もない訳だ」

「せっ……接点が無い、とは言いません。実際に俺もユーグランス家で業者の対応をした事がありますから。ですが、俺がそんな事をする必要がどこに? そんな、女性を無理やり娼婦にするような酷い事を」

「精神的に未熟な生徒達や後ろめたいものがある生徒、彼女に悪印象を抱いている教師達で囲われた狭い学校内で、サリーチェがどんなに騒いでも誰も聞く耳を持たなかった。だが、彼女が卒業すると状況は変わってくる」


 男達がソールを睨み令嬢達が顔を伏せる中、ソールは一つ息を吸って言葉を続けた。


「これは私の憶測だが……お前達は私が彼女に想いを寄せている事に気づいていたな? だから皇都から戻ってきた私がサリーチェに接触して彼女の身に起きた事を知り、3貴族の令嬢達の管理責任を問う前にサリーチェを始末する必要があった……令嬢達が目を覚ませば、おのずとサリーチェを悪女に仕立て上げていた本当の悪党達が見えてくるからな」


 婚約者を悪女に仕立て上げられ痛めつけられた若公爵と、頭があまりよろしくなさそうな可愛らしい婚約者、無実だと訴える美男達と彼らと信じる美女――周囲の貴族達も、交流よりも興味深い展開に耳を済ませて聞き入る。


 男女の痴話喧嘩は一部の人間しか食いつかないが、そこに事件が関わってくるとなると真実を知りたい探究心を掻き立てられた多くの人間が食いつく。


「サリーチェを放置すると後々問題が起きる可能性が高い……しかし国の中で殺せば、私はおろか彼女の親や新聞社も動きだす……とすれば、異国で死んでもらうのが手っ取り早い。そんな事を考えているうちに出張娼婦について知ったのだろうな。闇業者はタダで上質な商品を手にいれる事が出来るし、異国に行ってくれれば生きようが死のうが、この地で再び彼女の名が出る事はなくなる。双方にとって利点しかない」

「……ヴァルヌスが闇業者に接点があるからと言って、ヴァルヌスが手引したと決めつけるのは強引すぎる」


 見事に言い当てられて返す言葉を失ったヴァルヌスを見て、即座にスリジエが口を挟んだ。

 その疑問が投げかけられるのが分かっていたかのようにソールは肩をすくめる。


「ああ。それだけで犯人だと決めつけるのは強引だ。だからこれはあくまで状況証拠の1つに過ぎない。この状況を踏まえた上で次の状況証拠について語ろう。サリーチェがこの館で保護されて一週間後、ペキニーズ連合国に生息する毒蛇に噛まれて殺されかけた。赤の玉模様が青く縁取られた黒い蛇なんだが、この毒蛇はある特徴を持っていてな……その特徴を知っている者であれば暗殺に利用する事も可能だ。スリジエ、君は知っているか?」


 ソールの問いかけにスリジエは沈黙する。少し視線を上に上げて思い出す風を装ってどうするかを考えた。

 ソールに死毒蛇の柄、特徴まで知られている――何年も前にイサ・ケイオスで見かけた蛇使いと死毒蛇の芸を見たスリジエに死毒蛇の特性を教えたのはスリジエの父親だった。


 ここは知らないと言うより、知ってる事を認めた方がいい――そう判断したスリジエは笑顔で答える。


「……1つの紫色を見ると興奮し、複数の紫色を見ると迷って硬直してしまうという哀れな特性を持った蛇です。この特性を知っている者であれば確かに暗殺も可能でしょうね」

「ああ……ちなみに暗殺者はお前のように美しい女性のように見えるメイドだったそうだ。学生時代、お前の足は女性と見間違ってもおかしくない位に細かったからな。この件に関しては私はお前を疑っている」


 貴族学校の生徒の男子制服は長いズボンだが、武術の時間だけは動きやすいようにとふくらはぎを覆う位のズボンに履き替えられる。

 15を超えた青年の足にしてはスリジエの足の細さと美しさは異常――そうソールは思った記憶があった。


「あっはは……! まさか、僕がメイドの姿をして忍び込んでウィロー嬢を暗殺しようとしたと言うのですか? 馬鹿馬鹿しい事を……! いくら僕が女性のように見えるからってこじつけが過ぎる!!」

「セレジェイラ、2週間程前にスリジエは2日ほど家を開けなかったか?」


 スリジエの怒声をスルーしたソールはセレジェイラに問いかける。


「……申し訳ありません。私もスリジエもイサ・ケイオスの中央区を管理し、交易も兼ねる家として多忙を極めておりまして……今そのように聞かれてもはっきりとした答えは申し上げられません」


 小さく首を横に振った後、眉と頭を下げて謝罪するセレジェイラの内心を測りかねる中、ソールは再びスリジエに視線を戻す。


「お前達……どうあっても自らの罪を認めないつもりか?」

「犯人でもないのに認める認めないもない、と言ったはずですが!? その上僕が気にしている、足の細さまで暴露されるなんて……僕はここまで貶められなければならない事をしたのでしょうか!?」


 自分が気にしている事をこんな多くの人間がいる場で暴露された上にスルーされた事もあって流石にスリジエも激高しているのか、語調を乱して言い返す。


「……サリーチェが娼婦として働かされていた際に飲まされた液体が我が家の大魔導具……マテリアルサーチによって君達の家でそれぞれ検出されていると言っても?」


 ペリドット家が誇る大魔導具の名に3人の顔が強ばる中、セレジェイラが穏やかに言葉を紡ぐ。


「ソール様……お言葉ですが、区を管理する3貴族の家ではトラブルを起こした異国人が持ち込んだ得体のしれない物体や液体を一時的に保管しております。想い人を傷つけられた心中はお察ししますが、僅かな証拠でスリジエ達を犯人だと断定するのはどうかと思いますわ」

「……私もそう思ったのだがな。先程マテリアルサーチを確認した所、この場にその液体を持ってきている者が2人ほどいるようなんだ。ちょうど私も今、それを持っているのだが……令嬢方、この香りに覚えはないか?」


 ソールがポケットから出した小瓶をスッと開ければ、周囲一帯に猛烈に甘ったるい濃厚な匂いが漂う。


「それは……」


 セレジェイラから笑みが消え、デイジーの顔が強張る中、カリディアが嬉しそうに微笑む。


「あ……この香り、ヴァルヌス様も夜だけその匂いを纏ってらっしゃいますわ」


 ね? と言わんばかりにカリディアがヴァルヌスの顔を見上げると、ヴァルヌスは余計な事を、と言わんばかりに歯を食いしばってカリディアを睨みつけた。


 予想外の証言が得られた所でソールが躊躇いがちに言葉を重ねる。


「これは、大量に飲むと廃人と化すほどの神経毒になるが、元々は最近ウィペット王国で出回っている、とても強力な――」


 ソールが全てを言いかけた瞬間、パクレットがデイジーを突き飛ばして抜刀し、ソールに向けて切りかかった。


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