第38話 黒の女公爵
日が傾いて空を赤く染める頃、ペリドット邸の大きなホールには綺羅びやかな貴族服やドレスを身にまとった有力貴族達があちこちで会話に花を咲かせていた。
ホールの隣のサロンには様々な軽食や料理がズラリと並べられ、飲食ができるようになっているが、まだパーティーが始まったばかりという事もあり、殆どの貴族がホールに集まっている。
主催者であり主役であるソールもホールに立ち有力貴族達と言葉をかわすが、何せ2週間前に想い人を亡くしたと新聞に書かれているのだ。いくら祝いの場とは言え、そこをスルーできる貴族は少ない。
悲劇の若侯爵に祝福の眼差しと共に哀愁の眼差しが向けられる中、当の本人は全く気にせず、友の姿が見えない事を残念に思う事で表情に陰りをもたせ、想い人を失いながらも気丈に振る舞う姿を演出していた。
サリーチェを死んだ事にしようと考えた際、ソールには一つ懸念があった。
彼女が死んだと誤解したクライシスが(自分が持病を見落としたから?)と気に病むかもしれない、という点だ。
流石にそれを放置するのは良心が咎めたのでクライシスにサリーチェが生きている旨を記した手紙を送ると、安堵の言葉と共に今回の襲爵パーティーには出られそうにない、という謝罪が綴られていた。
<先日あった公爵達の会合で父が黒の女公爵と言い争い、酷く険悪な状態になってしまったみたいで、『顔も見たくないから女公爵が来るだろうパーティーには行かない』と頑なになっているという状況で……私一人だけでも行きたいと言ってみたんですが、先日勝手にペリドット邸に行った件が尾を引いていて行かせてもらえなくて……すみません、ソール。また会える日を楽しみにしています――>という文言と共に。
大の大人が言い争いで全く関係ないパーティーに出ないと言うのは酷く大人げない――と、言えないのがこのレオンベルガー皇国である。
魔力の色が性格や魔法の得手不得手に影響する中、最も強い影響を及ぼすのが、人と人との相性なのだ。
色が相反している者にはどうしようもない嫌悪感がつきまとう。その為、白の公爵家は黒の公爵家と仲が悪い事で知られている。
これは白黒に限った話ではない。赤と緑、青と黄、黄緑と紫――多くの色に相反する色が存在する。
ソールも自身の色と相反する紫の侯爵家にはパーティーの招待状を送らなかったし、その色に近い侯爵家と公爵家には一応送ったが、来ないだろうと思っている。
例え公侯爵家と言えど相性の悪い色の家にパーティーの招待状を送らない事も、送って一切反応がない事に対しても何も言わないのも暗黙の了解である。
この国においてその事に不快感を持つ人間はいない。ただ――
(……ダンビュライト公と喧嘩したのであれば先生も来ないか)
挨拶がてらあたりを見回しても黒色の服をまとう女性の姿はない。
ソールにとって、漆黒の魔力を持つダンジェ女公爵は魔導学院の恩師であった。
彼女は公務の傍らヴァイセ魔導学院の非常勤講師として週に1度魔導学院を訪れ、武術科と魔法学科の生徒相手に武術や魔法に関する特別授業を行った。
戦闘訓練でソールは何度か彼女と刃を交え、何度か言葉をかわした結果気に入られている。
白と黒の対立に関係ないソールからすればサリーチェの命の恩人である友に直接礼を言えない事も、魔導学院時代の恩師との再会が叶わなかった事も素直に残念に思っていた。
そんなソールの背中が、ポン、と軽く叩かれる。
「やぁソール、襲爵おめでとう!」
「ダンジェ先生! お元気そうで何よりで……」
恩師の明るい声に直ぐ様振り返ると、30を超えているとは思えない若々しく艶めかしい印象を受ける黒髪黒眼のポニーテールの美魔女が微笑んでいた。
「なぁソール、この間会合でダンビュライトのオッサンに服装について煩く言われてさぁー。流石に初めて受け持った生徒の晴れ舞台で生徒に恥かかせる訳にもいかないなーと思って露出を抑えてみたんだけど、どうかな?」
どうかな? と言われてもこの場に似つかわしくない実に不謹慎な姿である、とソールは思った。
パーティーにふさわしい黒銀と黒水晶のネックレスやイヤリング、髪留めを付けているのは良いのだが、ただ――首から下を透けるような黒のタイツでピッチリ覆い、胸元が空いた黒いレオタードとあっては一言物申したくもなるだろう。後ろや横からは黒いマントに遮られて分からないが、正面から見たインパクトが強すぎる。
一見若々しい女公爵が見せたくなるような魅惑のボディを持っているのは確かだが、若くてボンキュッボンなスタイルだから際どい服装が許される、という話ではない。
しかし、肩下まで覆う、金糸や銀糸で刺繍が施された長手袋や膝上まで覆うロングブーツを履いている。腕も太腿もふくらはぎも丸出しで授業している時と比べれば大分マシであった。
ただ、脇や太腿、胸の谷間など本来隠すべき部分を出しているからだろうか? タイツが薄く透けている事もあり、一見露出していないのに露出が凄いと錯覚してしまう状況である。
しかし、ここで『よくありませんね』と言うほどソールは空気が読めない男ではない。公爵の怒りを買えば侯爵と言えど待っているのは死である。
「とても良くお似合いです」
「ありがとう、あんたならそう言ってくれると思ってたよ」
露出しているように見えるだけで露出はしていない。似合っているのも間違いない。無難な言葉を述べるとダンジェは満足そうに笑う。
「ああ、そうだ、前にあんたと話してた呪術がやっと組み上がったんだよ。だから対人で使ってみたいんだけど、こういう時に限って使う機会がなくてさぁ。ソール、使ってみたい相手はいないかい? 可愛い生徒の襲爵祝いも兼ねて、一人だけならタダで使ってあげるよ」
「良いのですか? 今丁度その呪術の事をお聞き……」
呪術の話に興味を示したソールの元に、ビルケが近づき念話を送る。
『坊っちゃま、キルシュバオム家、プラトリーナ家、ユーグランス家……全て入場を確認しました。婚約者も同行しています』
『……分かった』
何を話したのかは分からずとも、念話がかわされた、というのは魔導に長けた者であれば分かる。
2人のやり取りを黙って見守っていたダンジェにソールは小さく頭を下げた。
「すみません、ダンジェ先生、その話はまた後ほど」
「ああ、今日はあんたが主役なんだ。アタシの事なんて気にしなくていい。さーて、ダンビュライトのオッサンはいないみたいだし、雑魚貴族の歓談にも興味ないし。ひとまずサロンでのんびり異国の美味しい物でも頂いてようかねぇ」
ダンジェはマントを翻して颯爽とサロンの方に向かう。彼女の姿を正面から見たペリドット領の貴族達はビックリしたり男性陣は感嘆に近い表情を浮かべたりするが、他領の貴族は彼女が露出を抑えた事に感心しているのか不思議そうな目で彼女を見つめている。
『流石、ダンジェ女公爵……戦闘民族の血を引くだけあって30を超えても若々しいですな。実に眼福です』
『……あれを性的な目で見ようものなら即刻教室から追い出されるからな……全く恐ろしい話だ』
そのお陰で無意識に表情が歪んだり、視線を動かしたりなど本能的な癖などを大分抑える事が出来るようになったのだから、けして悪い事ばかりではなかったが。
実はダンジェがソールを気に入っているのは2回目の授業からしっかり教室に残れた数少ない男子生徒だったから、というのもある。
ちなみに1回目の授業では男子生徒全員が教室から追い出されている。
『では私はサリーチェを迎えに行く。義兄上にも動くように伝えてくれ』
『かしこまりました』
ソールが過去を懐かしみながらホールから離れる際、キルシュバオム家の一団が遠くの視界に入った。
向こうは元からこちらを見ていたらしい。美しく綺羅びやかなドレスに身を包み、とても悲しげな表情を浮かべるセレジェイラはソールに向かってカーテシーをした。
しかしソールはそれに近づくどころか一切反応する事無く――その背にヒシヒシと敵意を感じながら――執務室の方へと颯爽と歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます