第35話 踏み台令嬢、裏切られる?・2(※サリーチェ視点)
「よし……完成~!!」
薄黄緑色のハンカチを刺繍枠から外し、4隅に縫われた花と蔦の刺繍を確認する。
時間が有り余ってるからってのもあるんだけど、丁寧に最後まで刺繍できたそれは4隅の刺繍に差が無く、自分で大絶賛しても良い位見事な出来栄えだった。
(あたしだってやればできるのよ。やる気が続けば、ちゃんと出来るの)
刺繍って最初のうちはいいんだけど段々面倒臭くなってくるのよね。それで荒くなっちゃうと手を抜いたなって分かっちゃうからテンション下がるし。
皆も『最初はいいのに』って言うから、そんな風に言われるなら最初からやらない! って自然と刺繍から遠ざかってた。
でもこの部屋に来てからあまりにも暇で、バールドさんが持ってきてくれた中に刺繍セットを見つけた時、守護刺繍の事を思い出したの。
魔力に魔除けや相手の幸せを願った念を込めて、それを糸に送って縫い付ける――と言っても、特殊な糸や生地を使わないと込めた魔力の殆どは1年もしないうちに消えちゃうのよね。
これも侯爵家が使う糸や生地だけあって上質ではあるんだけど、守護刺繍には向かない。
だから魔除けの念を込めた所で大した効果は期待できないんだけど――自然と私の手は刺繍用のペンに手が伸びてて。
そしていつの間にか(ソールが危険な目に合わないように)って願いと魔力を糸に込めて、生地に針を刺してた。
刺繍なんて久々だから何回か指に針が刺さっちゃったりもしたけど、そんな事どうても良いくらいにもう没頭して――今、完成した。
『サリーチェ、守護刺繍は糸や生地、魔力や技術よりも、想いが大切なのよ。刺繍そのものより、それを贈りたいと想う気持ちが大切なの。その気持ちを受け取ってあげなさい!』
11歳の頃に妹のリウシュが私の誕生日プレゼントで下手な刺繍が入ったハンカチを持ってきた時に「いらない」って言った時にお母様にそう諭された事を思い出す。
その時は『だから何よ、リウシュが一生懸命縫ったからって何で私が恥かかなきゃいけないのよ!』って言い返したけど――今ならお母様が言ってる事の意味が分かる気がする。
それでも、あの押し付けがましい言い方は嫌だし、恥かかなきゃいけない物を持ってなきゃいけないのも嫌だからそこは謝らない!
って言うか、あれで怒ったお父様が私の誕生日だからって用意してくれてたアイスクリームを泣きじゃくるリウシュにあげたのよ!?
むしろ泣きたいのはいらないもの押し付けられた挙げ句、欲しい物を奪われた私じゃない!? 私の誕生日なのに! アイスクリームなんて滅多に食べられないのに!!
(でも……)
もしこれをソールがあの時のあたしみたいに『いらない』って突き返してきたら、あたしもリウシュみたいに泣いちゃうと思う。
まあ、あたしの刺繍はいらないなんて言われるものじゃないんだけど!
お父様の事を聞いた時、リウシュが学校を休んでいる事も聞いた。
ソールは事が済んで踏み台令嬢の言葉の本当の意味が広がれば、かつ侯爵の愛妾の妹って立場になれば妹はまた学校に復学できるだろうって言ってくれてたけど――
(……あの子が休学してるのは私のせいじゃない。私のせいだけじゃ、ないもん)
私が学校で男に騙されて怒る度にあの子が「あんな姉嫌だ、嫌いだ」って周りに言って回ってる事、私知ってるんだから。
私の話なんて信じる事はおろか、そもそも聞いてくれやしない。みーんな悪いの。皆。
ソールみたいにちゃんと私の話を聞いてくれる人がいたら、信じてくれる人がいたら、あたしだって――って、何だか、物凄くソールの顔が見たくなってきた。
時計を見るとまだ14時。夕食の時間までまだまだ遠い。刺繍も終わってやる事無くなってソワソワしてくる。
(刺繍できたの、ソールに早く見て欲しいなぁ……)
でも勝手に部屋を出たら怒られないかなぁ、って葛藤もありつつ、ソールが私に怒る事なんて絶対ない! って自信もありつつ――結局、10分後、小部屋を出て執務室の方に向かう。
ちなみに裏庭に繋がってるっていう道は鍵がかかった扉で塞がってるから抜け出したりは出来ない。入っても来れないって事だからそれはいいんだけど、もしここにいる間に火事とか、クーデターとか起きたらどうするんだろう――なんて、ゾッとするような事を考えてたら行き止まりに着いた。
行き止まりと言っても、行く手を阻んでるのは背を向けた本棚。
(ノックしたらソールかビルケさんが気づいてくれるはず……でも、お客さんが来てたらマズいわよね……?)
そう思ってまずは聞き耳を立てる。本棚と壁の間にはちょっと隙間があるから、誰かと話してるなら聞こえてくるはず。
「サリーチェ様のご様子はいかがですか?」
ちょうどビルケさんの声が聞こえてきた。あたしの名前が出てきた事にちょっと驚きつつ、より一層耳に集中する。
ソールは他の人に対してあたしの事なんて言ってるんだろう? って胸が一層ドキドキしてきた。
「顔色や髪の毛の艶も大分良くなって元の状態に戻ってきている。明日のパーティーで私の横に立っても全く問題ないだろう」
わぁ、何かいつも私と話す時のソールより声がかなり低い感じがする。悪い感じじゃなくて、こう、威厳? そう、威厳がある感じ。
「左様でございますか。しかし……本当に宜しいのですか? 襲爵パーティーはその名の通り、国中の有力貴族に襲爵を知らせ、祝って頂く為に開かれるものです。そこを自領の貴族の断罪の場にするのは……」
そうなのよね。少し前に襲爵パーティーで私に婚約者として出てほしいって言われた時はそれで頭いっぱいになっちゃったけど、ソール、そのパーティーであいつら吊るし上げるつもりなのよね。
元々はソールが侯爵になったのを祝うパーティーなのに、そんな事をしちゃっても良いのか、あたしでも気になるんだもん。ビルケさんが気にするのも当然だわ。
「サリーチェは卒業を祝う為のパーティーで糾弾されている……糾弾し返すにはそれ相応の場所ですべきだろう。それに彼らもまさか私がサリーチェの為に自分の晴れ舞台を捨てて吊るし上げようとしてくるとは思っていないだろう」
(どうしよう……カッコ良すぎるんだけど!?)
あたしの為に晴れ舞台を捨てる男なんて、今までいなかった。やっぱり、ソールは他の男と違う。自分の事より、あたしの事を何より考えて――
「それにああいう場で公表すれば……彼女を陥れた奴等より上の身分である私がエスコートすれば彼女は物凄く調子に乗ってくれそうだからな。きっと最高の顔を見せてくれるに違いない」
な、なんだかドキドキしちゃう。確かに最高に調子に乗っちゃいそう――って、なんか調子に乗ってくれそう、って嫌な感じね。
「悪女が他人を見下すあくどい顔……爺も何となくですが坊っちゃまの気持ちが分かってまいりましたぞ。愚者が愚者を見下す光景は確かに滑稽でございますからな」
え? 今、ビルケさん私の事悪女って言った? 聞き間違い、かな? でも、愚者が愚者を見下す光景って――
「……ビルケ、言葉がすぎるぞ。サリーチェは愚者ではない」
ほら、ソールはやっぱり――
「サリーチェは愛すべきお馬鹿さんだ」
――――は?
何よ――お馬鹿さんって。
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