第34話 踏み台令嬢、裏切られる?・1(※サリーチェ視点)


 最初この部屋に入った時は埃臭くて殺風景で、何か大きな羽が所々に落ちてて気持ち悪かったけど、ソールやバールドさんが少しずつ雑貨とか照明とか持ってきてくれて、そこそこ快適な部屋になってきた。


 部屋の隅まで見えるほど明るくなった部屋で、ソールがテーブルに夕食を並べながらお父様があたしの遺体を引き取りに来た事を話してくれた。


 執務室に棺を保管し続けると色々都合が悪いから、お父様に事情を話した上で棺を持って行ってもらったって――確かに、遺体を放置してたら腐っちゃう訳で、執務室から全然臭いがしてこなかったら疑問に思われちゃうわよね。

 だから、それはいいんだけど――


「ウィロー男爵は君が生きていると分かると喜んでいた」

「……本当に?」


 あたしを追い出した時のお父様、物凄く怒ってたからどうにも信じられない。


(でも、あたしだって、お父様が死んだらショックだし、生きてるって分かったら良かったって思うか……)


 本当に、お父様とは取り立てて仲が良かった訳じゃないけど、悪くもなかった。

 貴族学校に入る前は何だかんだと口うるさかったけど、少なくともソールが言うんならあたしが生きてる事を喜んでるのは嘘じゃないんだろう――そう思うと心がくすぐったくなってくる。けど、悪い気分じゃなかった。


「ただ、『娘が生きているのは本当に嬉しいが、娘を養える程の財力はないから帰ってこられると困る』とも言われてな」


 ああ、それでこそお父様だわ――何かホッとして並べ終えられた食事の中で真っ先に温かいポタージュを一口含んだ時、


「それなら娘さんを私にくださいと伝えたら『どうぞどうぞ、ふつつかな娘ですがよろしくお願いします。妻もさぞ喜ぶ事でしょう』と承諾を貰った」

「ぶっ……!?」


 ソールの唐突な発言に思いっきりポタージュを吹き出してしまった。


「えっ、なっ……何勝手にそんな話してるの……!?」

「相手に聞くんじゃなくて、自らで考えて行動や態度で示せと言ったのは君だ」


 ソールに差し出されたハンカチで口を拭いつつ、そんな事言っちゃった過去のあたしを呪う。


「でっ……でも、あたしを落とす前にお父様を落とすって、順番が違うでしょ!?」

「君には既に求婚しているだろう?」

「そっ……それは、そうなん、だけどぉ……!!」


 言葉を詰まらせるあたしにソールがリボンを差し出してきた。

 受け取ってみると、あたしが前に使ってた深緑のリボンより一回り細い、黄緑色の生地に金の刺繍が施されたリボン――


「蛇使いを探した日に装飾品の店にも行ってな。結婚指輪のデザインは好みがあるだろうから落ち着いてからにしようと思ったが、婚約リボンのデザインは大体似たような物だから私が決めてもいいだろうと思って買っておいた。君の髪を飾っていたリボンと同じ幅には程遠いが、婚約リボンとしてはこれが一番幅が大きいものだそうだ」


 そう――ソールの言う通り、金の刺繍が施されたリボンは婚約を意味する特別な物だ。そして、生地の色は婚約者の魔力の色を示す。

 このリボンの色は、ソールの魔力の色と全く同じだった。


 女の子なら一度はこのリボンを好きな人から差し出される事を夢見る、憧れの一品、なん、だけど――


「こっ……婚約とか、は……話が、早すぎるわよぉ!! それに、今あたし死んでる事になってるんでしょお!? まずはそっちを解決してから」

「いや、先にこっちを解決したい。襲爵パーティーで君を陥れた奴らを吊し上げた上で君の過剰な悪評を一蹴するつもりだが、その際に君を婚約者として紹介したいと思っている」

「えっ……ほっ、本気だったの? あたしを、愛妾として公爵様や他の領地の偉い貴族達に紹介するって……」


 ソールは小さく頷き、真剣な目であたしを見つめる。

 力強い眼差しは熱に浮かされてる様子もなくて、ただただ、真っ直ぐなだけなのに――頭がどんどん熱くなってくる。


「サリーチェ……どうか、私の求婚に対する返事を聞かせて欲しい。私としては受けてほしいのだが、無理強いはしない。ただ、断るなら今しかない」

「な……なんで?」

「婚約者として紹介するならパーティーの際に私の服と対になるドレスを用意しないといけない。君が私の求婚を受けてくれるなら一週間かけて自分のドレスを君用に手直しするから体の採寸を測っておけ、と姉上から言われている」


 姉上って、前侯爵のドレスをあたしに? それなら確かに対にしやすいだろうけど――いいの? そんなドレスを、あたしの為に?


「……あ、あたしみたいな女がいたら、正妻なんて来ないかも知れないわよ?」

「その時はその時だな……正妻がいてくれた方が助かるが、絶対に正妻がいなければならない、という事もない。何とかしてみせるさ」


 だったら、あたしだけをお嫁さんにしてよ――とは、言えなくて。

 だって、ソールが色々大変になっちゃうし、何もしない侯爵夫人だなんて言われるのも嫌だし。


 正妻がソールに興味持たない人だったら、いいかなって――今みたいに楽してソールの傍にいられるなら、それでいいのかなって、思っちゃったの。


「あ、あたし、面倒臭い公務とか絶対しないからね……!?」

「ああ。君は私の傍にいてくれるだけでいい。それだけで私は癒やされるし、頑張れるんだ」

「じゃ、じゃあ……」


 受け取ったリボンはバレッタのように髪留めが着いていて、お気に入りだったリボンの時と同じ様に後ろで留めて、ソールに見えるように後ろを向く。


「……ど、どう?」

「ああ、とても……とても似合う。ありがとう、サリーチェ」


 ソールのホッとしたような、嬉しそうな笑顔に全身が熱くなってくる。


 ああ、やっと――やっと素敵な人に出会えた。絵本や小説に出てくるような王子様に出会えた。


 何度も裏切られてきたけど、この人は裏切らない。何度もあたしを助けてくれた。あたしが生きている事を喜んでくれて、あたしを大切にしてくれた。


 だから、この人は本当にあたしの事を愛してくれてるって――



 ――そう、思ってたのにな。



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