第31話 幻のメイド(※パルマ視点)


 お昼休みの大食堂はいつものように大勢の人がいたけれど、賑わいがなかった。

 あちらこちらでボソボソとした会話は聞こえて来る程度で、窓の向こうの薄曇りの空も相まって大食堂内全体に暗い雰囲気が漂っている。


 理由は明らかだ――サリーチェが、死んだから。


 昨日はサリーチェが亡くなった事で皆驚き、今朝は新聞でソール様がサリーチェに慕情を抱いていた事がハッキリ書かれていて驚き――そして今、この館で働く皆がソール様に同情し、表情を陰らせて静かに食事を取っている。


 新聞にはサリーチェの死因は事件でも事故でもなく、心因性のストレスか持病みたいに書かれてた。


 でもサリーチェは喜怒哀楽をそのまま体いっぱいに表す、元気がありあまってる子で、持病なんて抱えてたようには見えなかった。だから物凄く違和感がある。

 良いも悪いも好き勝手言い散らかすあの子が命に関わる程のストレスを溜め込むとも思えない。


「……ソール様、可哀想」


 同じテーブルで昼食を取っている先輩達の一人がポツリと呟く。


「……あの方、噂や新聞では物凄い悪女みたいに言われてるけど、実際見たら何かちょっと捻くれた我儘なお嬢さんって感じで、悪女とまで言われるほどのイメージはないのよねぇ……」

「でもあの方、こっちが何気なく言った事を変な風に受け取るから……パルマも一緒のクラスで大変だったでしょう?」

「は、はい……」


 メイドの中にはサリーチェより位が高い人もいるけれどソール様が想いを寄せた人、という事もあってか目上の人のように皆気遣って喋ってる。


 それぞれサリーチェに不満は持ってそうだけど、ここで『一見馬鹿っぽく見えてもちゃっかりソール様の心を奪ってるんだから、悪女じゃないですか』――なんて言おうものなら、即座に私が悪者にされそうな雰囲気だ。


「でも……卒業パーティーで糾弾されて親に勘当された後に暴行でしょ? いくら嫌な思いをさせられたとしてもそこまでの被害にあったら気の毒にならない?」

「そうですね……確かに彼女には困らされましたけど、そんな目にあって欲しいとは思ってなかったので……本当に気の毒です」


 悪者にならないよう、無難に答える。本当に、卒業パーティーで彼女が糾弾された時はいい加減これで懲りてくれればいいと思っていたから、嘘じゃない。


 いなくなってほしいと思っても、死んでほしいだなんて思った事、一度も――


『……君にとっては嫌いな人間が調子に乗ってて面白くないかもしれないが、彼女は己の行い以上の天罰が下って酷く辛い目にあっている。どうか寛大な心で受け止めてやってほしい』


 ソール様の言葉が頭を過り、凄くモヤモヤする。


 色んな人の物を壊したり隠したり、婚約者や恋人がいる人にもちょっかいかけたりしてるサリーチェの事を信じてるソール様には行い以上の天罰に見えたかもしれないけど――


 どんな酷い目にあっても結局後遺症もなく助かってるじゃない、って思ってたけど――本当に死なれると、こんな風に考えていた自分が酷く醜い存在のように思えてくる。


「ソール様とダンビュライトの公子様に助けられて一気に幸せを手に入れたかと思ったら死んじゃうなんて……ソール様もサリーチェ様も、可哀想ねぇ……」


 そうだ。サリーチェがここに運び込まれた時だって、たまたまダンビュライトの公子様がいたから助かったってだけで――いなかったらサリーチェは死んでいたんだ。


 酷い目にあってても助かったんだからいいじゃない、って思った自分の浅ましさを他人からも突きつけられたようで、心がギュッと締め付けられる。


「あ、あの……そう言えば最近新しいメイドが入ったんですよね……? サリーチェを見つけたメイドって、もしかしてその子ですか……?」


 少しでも話題が変わってくれれば――という願いを込めて2日前に会ったメイドの話を持ち出すと、そのテーブルにいたメイド達が皆きょとんとした表情になる。


「新しいメイド……? ねぇ、最近新しく誰か入ったの?」


 隣に座る先輩が向かいの先輩に呼びかけると、その人は小さな冊子を取り出してパラパラとめくる。


 この人は噂好きで、誰がどんな理由で辞めたとか入ってくる人はどんな人かを色々書き留めてて、私もここに入ってすぐにこの人から質問攻めにされた。

 質問してくる代わりに色々教えてくれるから悪い人ではないんだけど、この人の前で迂闊な事喋れない。


「えーっと……パルマちゃんがここに来てからは誰も入ってないわね。辞めた人もいない」

「え……でも私、2日前に……」


 そこまで言って1つ不安がよぎって、最後まで言えない内に別の言葉が重ねられる。


「新しく入ったメイドにはすぐ指南役のメイドが着くはずだし、新しい子が入ってきたらすぐ話題になるはずなんだけどなぁ」

「そうねぇ。私達とつるまないメイドでもお供連れてたらすぐに分かるし……」


「あ……じゃ、じゃあ私の勘違いだったのかも知れません……!」


 話題が変わってくれたのに、それ以上話が進むのが怖くて自分で話を遮った。その後、別の話題になったけれど全く頭に入ってこない。


 怖い。


 だって、もし、あのシーツを持ってた娘がメイドじゃなかったなら、何だったっていうの?


『あ、あの……すみません、私、サリーチェ様のお部屋のシーツを交換してくるように言われたんですけど、私、入ったばかりでサリーチェ様のお部屋がどこか分からなくて……』


 何でメイドじゃない人がサリーチェの所に行こうとしてたの?

 私、その時、なんて言った?


『あそこの部屋よ。右から3番目の、少し濃い目の緑のカーテンの部屋。でも今はソール様と食事をされてると思うから、シーツ交換は食事を終えられた後にした方がいいと思う』


 サリーチェの部屋を知らない人にサリーチェの部屋を教えた。

 教えた日の夜に、サリーチェが死んだ。


 その2つの事実が頭の中で結びついた瞬間急に血の気が引いて、気が遠くなるような感覚を覚える。


 どうしよう――でも、暗殺じゃないって、事件性はないって――だから、私の勘違いかもしれない、けど――


「……パルマ、どうしたの?顔色が悪いわ」

「あ……だ、大丈夫です……!」


 先輩の心配そうな呼びかけにハッと顔を上げて慌てて笑顔を作り出すと、厨房の方でワゴンにクローシュを被せた料理を乗せているビルケさんの姿が見えた。


「あ、ビルケさんだ……食事、ソール様の所に運ぶのかな」

「あれ……あの量、多くない? 2人分位ない?」

「ビルケさんも執務室で食事するんじゃない? バールド様の分かもしれないし」


 先輩達が話す中、私は今目の前の食事を食べる事に集中する。心の中は不安でいっぱいで食欲なんて全然ないけど――ちゃんと確認、しなくちゃ。


 私が見たメイドは、幻なのか、それとも――


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