第28話 厳しい国と緩い国


 泣き疲れたサリーチェをベッドに寝かせて眠るまで手を繋いだ後、執務室に戻ったソールはビルケにバールドを呼ぶように頼む。

 夕食の食器を乗せたワゴンと共に執務室を出たビルケは20分と経たない内にバールドを連れて戻ってきた。


「義兄上、夜分遅くにすみません。義兄上の方言メモに記載されていたブリアード王国のシャンフについてお聞きしたいのです」


 今が非常事態である事を理解しているバールドはビルケの到来によってまた妻から部屋を追い出された事に対して恨み言を言う事なく、ソファに座ってソールの質問に答える。


「シャンフ……ああ、出張娼婦の事だね。確か、事の発端は半年ほど前だったかな? ブリアード王国の女性がイサ・ケイオスに駆け込んできてね。その時に今のブリアード王国には出張娼婦とそれを扱う闇業者がいると知って書き留めたんだ」

「出張娼婦は通常の娼婦とどう違うのですか? 出張というからには娼婦側から出向くのは分かりますが、わざわざ館に娼婦を招く理由が分からない」

「えっとね……2年前にブリアード王国が代替わりした事は以前伝えたよね? 後継者の女王は性に対して大分潔癖でね……性商売を全面的に禁止したんだよ。結果、娼館は廃業に追い込まれ、宿や空き家を使えば何処から密告されるか分からない……だから自分の館に闇業者が斡旋する娼婦を囲い入れる出張娼婦シャンフや性商売を禁じていない国への買春旅行が流行りだしたんだ」


 他国が口出す事ではないとは言え、女王の暴挙に物申せる臣下は一人もいなかったのだろうか――という疑問をソールとビルケが抱いているのを表情から察したバールドは苦笑いする。


「王位継承の式典に呼ばれて行った事があるんだけど、まだ14歳でとても可愛らしい少女でね……何度も説得を試みているがどうしても少女相手に男の性について語ると中途半端に照れが入ってしまい、余計嫌悪感を抱かれるという悪循環に陥っているという話だよ」


 とても可愛らしい少女に男の性や性商売について説明せねばならない状況を想像したソールとビルケが苦い表情をした所でバールドは説明を続ける。


「確か1日、1週間、1節……予めかわした契約期間が過ぎたら業者が娼婦を回収しに来るんだったかな? 専用の人間を雇うとコストがかかるし密告されるリスクも有る。後始末も簡単じゃない……その辺の面倒を業者が一手に引き受けてくれる出張娼婦はお手軽なんだそうだよ。本当に、痛々しい話だ」

「しかし……その状況ですと、娼婦は相手からかなり乱暴な扱いを受ける事もあるのでは? もし娼婦が殺されたり使いものにならないように壊されたら商売が成り立たなそうな気がしますが……」

「いや、娼館が無くなった事で職を失った女性は少なくないだろう……恐らく業者側は使い捨て感覚で使っている。代わりがある物を壊されれば金で弁償してもらえばいいだけの話だからな」


 ビルケの疑問に冷静に商売人側の観点で答えながら、ソール自身も1つ疑問を抱く。


「しかし、そんな状況であれば今現在も娼婦がイサ・ケイオスに逃げ込んでいるのでは? 闇業者も当然逃げた娼婦を追いかけるでしょうし……その割にはこれまでシャンフの話を聞いた事がありませんが」

「イサ・ケイオスに逃げ込んだシャンフを探しに来た闇業者の対応はユーグランス家に一任してるからね。その間シャンフはキルシュバオム家で一時保護、落ち着いたらプラトリーナ家の仲介を経てウィペット王国に避難させるって流れが組み上がっているから、ソール君にすぐに言う事ではないと思ってたんだよ」


 ウィペット王国は性に関してゆるい分、性商売に対する差別もあまりない。それはそれでリスクがあるのでけして褒められた事ではないのだが。


 性にゆるいからこそ理性が働き、超えてはならない一線を超えない。逆に厳しいからこそ機会が訪れると度を超した行為に及んでしまう――性欲とはなかなか難しいものである。


「……という事はイサ・ケイオスの3貴族はブリアード王国に出張娼婦シャンフという物が存在する事を知っているのですね」

「ああ、シャンフについては3家関わる事になるからね」


(ユーグランス家が闇業者の対応を任されているなら、カリディア嬢の婚約者であるヴァルヌス卿が闇業者と繋がっている可能性がある……サリーチェを廃人同然にした神経毒はウィペット王国の物だが、パクレットの家はウィペット王国と薬や薬の原材料の交易を生業にしているからそのツテで媚薬の事を知り、手配するのも容易い……同様にスリジエ卿はペキニーズ連合国と交易している子爵家の出だ。死毒蛇の特性について知っていてもおかしくはない……貴族学校の上級クラスで3人と3令嬢達が語らっている姿をよくパルマが目撃している……)


 これまで集めた情報を元にソールの中で組み立てていく。貴族学校の同級生には表立った聞き込みが出来ない分、有力な情報で確実に向こうのやり方を把握し、彼らを捕まえて裁きたい。


 しかしいくら確信に近い推測ができても、それを証明する証拠がなければそれは推測でしかない。

 多くの貴族を納得させるには証拠、あるいは証拠に匹敵する物を得られなければ――


「ところでソール君……明日からどうするつもりだい? 今日は君がショックで執務室から出られないという事にしたけれど、この状態を数日続けると士気に関わる」


 考え込んでいるソールにバールドが問いかける。


「明日からは公務も行います。ただ、今のサリーチェはとても心細い思いをしているので、できる限り傍にいたい……サリーチェの安全が保証されるまで食事と睡眠は執務室で取るつもりです」

「確かに、あの部屋にずっと一人ぼっちは辛いだろうね……僕とビルケが午前と午後、交代で執務室にいるようにしてソール君が小部屋に行きやすいようにしようか」

「かしこまりました」


 バールドとビルケは視線を合わせて、主の想いを尊重した。


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